2-19. 宗麟にして欲しいこと百選
「ご報告しますです」
ところ変わって。
ここは周防、大内氏館。
周防大内家が拠点である。
「晴賢か……。何よ」
そこでは不機嫌かつ尊大な態度の女性に、大内家臣『陶晴賢』が面会していた。
大友家との『戦』に敗れた晴賢。
当然、周防へと戻ってからは肩身の狭い思いをしていた。
それは彼女の眼前に座る当主『大内義隆』の様子を見ても分かる。
相手を見下すように踏ん反り返り、目には冷たい色。
大友家とは全く異なる雰囲気での対面だった。
「戦に負けた癖に、よくそんな堂々としていられるわね」
義隆が吐き捨てる。
おどおどしていたら、それはそれで不興を買うのだ。
晴賢は内心でゲンナリする。
どうして大内家の当主はこんななのだ、と。
「申し訳ありませんです」
言葉にしても得はない。
恭しく頭を垂れる。
義隆はハッと鼻で笑った。
「名門武家の娘が、嘆かわしい」
日本の武家は「源平藤橘」――すなわち、「源氏」、「平氏」、「藤原氏」、「橘氏」の四氏や、その他の中央の貴族の末裔を称することが多い。
しかし、大内氏は百済の聖王の第3王子の後裔を称している。
つまり、
「大内家臣としての自覚が足りないんじゃない?」
無駄にプライドが高い。
「申し訳ありませんです」
晴賢は視線を合わせないように頭を下げ続けている。
目を見られたら不味い。
十五歳の少女は嫌悪を隠すのに慣れていなかった。
流石にバレたら厄介だ。
それでも、口は平坦な声色で回る。
そんな慣れなど、晴賢にとって全く嬉しくはなかったが。
「ふんっ」
晴賢の態度が面白くなかったのか。
義隆はつまらなそうに息を吐く。
「それで? 報告って何よ?」
「はい」
晴賢は逸れる思考を叱咤。
ここからだ。
ここで、義隆をその気にさせなければならない。
既に晴賢は宗麟と共にある事を心に決めている。
義隆をハメる事に、些かの罪悪感も感じていなかった。
むしろ自業自得、いい気味だとすら思っている。
その辺りの感情は、やはり十五歳の少女だろう。
腕がたっていても、彼女は決して老獪な性格にはなれなさそうだった。
「豊後大友家にて――御家騒動です」
一瞬だけ義隆は呆けた顔。
そして。
厭らしい笑みをその口元に浮かべた。
△▼△
ところは戻って、豊後大友家、大友館。
御世継に関する意見が分かれた話し合いから数日後のこと。
「一度冷静になって各々で吟味しよう」と先日はそのまま解散していた。
そして、本日。
二回目の御世継会議が幕を開ける。
「議題は『次期当主に関して』。意見のある者はいますか?」
鑑理が開会の声を上げる。
その顔は彼女にしては珍しく、どこか緊張した様子だ。
「私は塩市丸様を推すぜ」
始まりは道雪。
『戦』ではいつもの事だが、会議にて口火を切るのは珍しい。
彼女も彼女で緊張していたのかもしれない。
そんな道雪に釣られるように、何人かも塩市丸派を公言する。
「……宗麟様」
「私も宗麟様が当主になるべきだと考えるわ」
これに真っ向から対抗するのは石宗と鑑理だ。
彼女たちに続くように、やはり何人かが口を開く。
意見は相変わらずの平行線状態だった。
「うーん。お姉さん、どうしよう」
長増他、日和見もチラホラと見受けられる。
一度時間を置いたからだろう。
前回とは派閥に属する人物にも変化が生じていた。
それだけ、宗麟タイムが皆の心を揺るがしたという事である。
会議は紛糾する事が、この時点でも予測できた。
「良く考えたらワシは隠居するんじゃから、宗麟と常に一緒でも問題ないんじゃ……。ワシ、天才!?」
言い出しっぺの義鑑は選択権を放棄した。
そんな彼女を放っておいても会議は踊る。
「宗麟様と一緒にいる時間が増えんだぞ? 極楽じゃねえか」
「……視察」
「そうよ。城下町の視察等、宗麟様と過ごす時間は当主であっても存在するわ」
「私は誾千代と遊ぶ宗麟様を愛でてぇ!」
「貴女は仕事してなさいよ!?」
「私は宗麟様に膝枕とかしてもらいたいですねえ」
「鑑速……! おまえ、それは、欲張りすぎじゃね……?」
道雪が恐れ慄く。
想像したのか少し赤い。
会議は謎の踊りを見せ始めてきた。
少なくとも、淑女の社交ダンスではない。
「お姉さんは逆に膝枕してあげたいなー」
「……耳かき」
「あ、それ良いですね!」
長増と石宗の呟きに鑑速はキャッキャと喜んだ。
幸せな想像が伝播していく。
皆が好き勝手な事を言い始めた。
もはや、本題そっちのけである。
「そうだ、私は『あーん』して欲しいです!」
「鑑速、お前の妄想逞し過ぎだろ、すげぇな!?」
「それ、褒めてないですよね!?」
「お姉さんは……添い寝、とか」
「長増も大胆かよ!?」
「お姉さんとしては、道雪が予想以上に初心でビックリなのだけれど」
「……お風呂」
「「「それも良いの!?」」」
「時々相談に乗ってもらったりとかも有りですよね!」
「お姉さんの愚痴とか優しく聞いてくれそう」
「おー、良いな! そんで、頭とかそっと撫でられちゃったり!?」
「「「キャーーーーっ!!」」」
「ど、道雪が乙女じゃ……似合わんぞ?」
「義鑑様ひでえ!? 私だって女なんすよ!」
ちなみに。
勿論、この場には宗麟もいる。
顔を真っ赤にして俯いているが。
「待ちなさい、貴女たち!」
鑑理がダンと片足を床へ打ち付け声を張り上げる。
流石に注意するのだろうか。
「私は宗麟様の肩へ頭を預けてお昼寝をしたいわ!!」
「「「 そ れ も 良 い !!」」」
ただ、欲望を垂れ流しているだけだった。
「それならそれなら、私は宗麟様に勉強を見て欲しいです!」
紹運がワクワクとした顔で言う。
「あたいは一緒にお風呂で遊びたーい!」
今度は誾千代だ。
子供勢もノリノリである。
「こ、ここ、子供扱いされる私なら宗麟さまとお風呂が一緒でも、何にも何にも問題ないのでは!?」
「紹運、助平心が丸出し過ぎて逆にすごか……」
「まままま全く全く違いますぅ!?」
紹運の言葉に塩乙丸はドン引きだった。
「あたいは七歳だから大丈夫!」
「大丈夫な訳なか!」
「乙姉は横暴だぁ!!」
「ふふーん! 兄者と一緒に風呂に入れるんは、妹であるウチだけたい!」
「塩乙丸様も人の事、絶対絶対言えないじゃないですかあ!」
「妹は正義やけん!」
ドドンッ! と胸を張る塩乙丸。
彼女の後ろにはシラーッとした顔の塩市丸だ。
「姉様、ここにもう一人妹がいるんだよ?」
「し、塩市丸の事を忘れてる訳ではなかとよ!?」
「いやあ、息子の背を流すのも母の務めじゃろ」
「母様、冗談は見た目だけにしようよ」
「娘がすんごい辛辣なんじゃが!? え、どういう意味じゃ!?」
宗麟は顔を手で覆いだした。
耳まで真っ赤だ。
「これも」
「あと」
「それに」
「あれは」
女性たちの話題は尽きない。
いつになったら本筋に戻るのだろうか。
「つまり、家督は塩市丸様が継ぐって事で良いか?」
道雪が満面の笑みで採決を取る。
「「「意義なーし!」」」
満場一致で笑みの花が咲いた。
まさかの展開。
皆が「良い仕事したぜっ!」って顔をしている。
充実感に満ち満ちた姿は御家が一致団結した証だ。
「え、嫌なんだけど」
ここで。
まさかの反論が上がる。
驚く諸将の先には、
「私が兄様といる時間が減るもん」
「えー」って顔をした塩市丸だ。
至極当然の言である。
末妹だって兄と一緒にいたい。
「そこを何とか!」
「良い子ですからー」
「ね、ご褒美あげます!」
十歳と侮ったのか。
諸将は適当な事を言っている。
塩市丸はより不機嫌になった。
「私は母様や姉様とは違うの。そんなのよりも兄様の方が良い」
流れ弾が義鑑と塩乙丸を貫く。
母娘は崩れ落ちた。
「ッハァ!? そうよ、いけないわ鑑理、しっかりしなさい!」
「……復帰」
ここで、鑑理と石宗が正気に戻った。
いや、鑑理に関しては自分で自分を呼んでいる。
まだ混乱しているのかもしれない。
道雪は「チッ!」と舌打ちだ。
「……塩市丸様」
「石宗、準備良い?」
「……問題無し」
ここで、石宗が塩市丸に声をかける。
一応は宗麟派である石宗だ。
塩市丸の順当な考えも予測済みである。
流石軍師。
内心を読み取りにくい者同士、何か感じ入るものがあるのかもしれない。
「私から兄様を奪うというのなら……こうだ!」
普段は静かな塩市丸だが、この時ばかりは鼻息フンス。
どこから取り出したのか、
「ここに大量の火薬があります。愛が込められた兄様お手製だよ」
「……”雷雲”」
「「「脅し、だと……!?」」」
塩市丸のクーデター(?)が始まる。
「恥ずか死ぬ……!」
そして宗麟は一人、縮こまっていた。




