2-20. 『二階崩れの変』がこれだ
石宗の頭上でモクモクと雲が形成されていく。
始めから黒ずんだ色。
部屋に差し込む穏やかな日差しとは対照的。
とぐろを巻く黒蛇が生まれた。
塩市丸を神輿として担ごうとする人々へ睨みを利かす。
「石宗! 貴女、正気!?」
鑑理が悲鳴のような声で叫ぶ。
いかに宗麟派と言えども、ここまでの強行は看過できない鑑理だ。
また、一歩引いて物事を眺める事の多い石宗。
彼女がこんな事に協力するとは、とても信じられない思いだった。
鑑理の目では非難と疑問が交わっている。
その疑問は、
「石宗には軍師として兄様の補佐があるからね」
「「「石宗、お前もか……!!」」」
塩市丸の言葉であっさり解明する。
石宗もただの女性であった。
何を考えているか分からない人は、もうそこにはいない。
単純な思考回路。
一途な愛。
望むは宗麟の隣、ただ一つ!
塩市丸派、宗麟派に拘わらず。
ここでの話し合いの大前提には『宗麟は皆の偶像』というスローガンがあった。
しかし。
石宗は、それを打ち破る。
彼女が欲するはただ一つ!
宗麟の隣の独占権!
軍師として常に側へ。
塩市丸が当主では、それは叶わぬ願いだ。
ならば、
「……最適解」
石宗はニヤリ。
珍しく分かりやすい。
「て、てめえ……裏切ったな、石宗!?」
道雪の慟哭が轟く。
彼女だけではない。
諸将は怒りで顔を歪ませた。
本題は空の向こうへ飛んで消える。
「こんな形で私たちの縁が切れるとは思ってませ……いえ、すみません。割と想像できましたね」
「鑑速。貴女のその本音が駄々洩れなところ、お姉さん結構好きよ」
「長増殿に言われても、そこまで嬉しくないのはなんでですかね」
「あら、失礼しちゃう。お姉さん悲しい」
こんな時でも相変わらずなのは二人だけ。
「あははー」、「ふふふ」と笑う彼女たちへ諸将の視線が突き刺さる。
「なんでこいつらこんなに呑気なんだよ」と怒りの矛先が増えた。
「どうしてどうして、お二人は平然としているのですか!?」
一触即発の雰囲気に耐え切れなくなったのか。
紹運が長増と鑑速の下へ転がり込む。
十二歳の少女は涙目だ。
「母ーー! 市姉いてこましたれー!」
「おうよ!」
「誾千代!? ウチの妹をどうするつもりと!」
「乙姉はどうして当主になれないんだろね」
「確かに!? 何でウチ、候補にすら上がっとらんの!?」
塩乙丸は驚愕の事実に震える。
華麗に話題を逸らされていた。
彼女は顔を巡らし、答えを知っていそうな人物を見つけ、
「塩乙丸様は……今のままで十分に素敵です」
「鑑理ぁ! 何で目線逸らしながら言うとるがぁ!?」
「大丈夫ですよ、お姉さんは塩乙丸様の役割を知っています」
「な、何と? ウチの役目って何と、長増!?」
「宗麟様とは別の癒し枠ですよね、塩乙丸様って」
「それは愛玩動物と何が違うとね、鑑速ぃぃぃ!?」
塩乙丸は鑑速の襟元を掴みガックンガックンと揺する。
「鑑速は本当に余計な事しか言わないわねー。ふふっ」
「長増様! どうかどうか止めて下さいー!?」
「どれを?」
紹運は振り返る。
睨み合う石宗と道雪がいた。
誾千代がその後ろで「母ー、石宗じゃなくて市姉ー!」と声を上げている。
顔を戻す。
ギャースカ言っている塩乙丸に振り回されている鑑速がいた。
横を見る。
義鑑と鑑理が猛獣に対するように、手をチッチッチ。
塩市丸は警戒心MAXの猫のようだが。
「どれもこれも! ほんとにもう、ほんとにもぉ!?」
紹運はムキーと腕を上下に振り始めた。
色々と処理が追い付かなくなったようである。
「若の隣にいるのは私だ! 異論は認めねえ!」
「何言ってる母! あたいがおにぃと一緒なの!」
「ウチやけん! 一緒におるべきなんはウチやけん!」
「……軍師」
「はい、はい! ワシ、ワシね、母! 母は一緒にいるべきじゃろ?」
「何言ってるの、優秀な妹が一番でしょ」
「自分で優秀言うとるのが嘘臭いと」
「姉様には言われたくない」
「どういう意味たい!?」
「あたいは今後成長しかしないよ、色々と!」
「それは私も同じだよ、誾千代」
「塩市丸、今ウチを除外せんかったか?」
「気のせい気のせい」
「……」
「石宗、おめえは諦めろや。まあ、私の溢れ出る母性? を若がどうしてもってなら」
「……失笑」
「今日一番のお怒り発言もらいやしたー。てめえ、覚悟はできてんだろな……?」
「……上等」
そう。
そこはカオス。
大友館の二階には、混沌が生まれていた。
これを止められるのはただ一人だけだろう。
そして、
「ぼ、僕は、僕は! そんな事頼まれないでも、皆と一緒にいるから!」
遂に、山が動く――!
徐に立ち上がった宗麟。
彼の言葉に場はシーンと水を打ったかのよう。
しかし、
「だから、もう! ……ごめん無理ーーー!!??」
宗麟の我慢が臨界点に達した!
臨界点に達するとどうなるのか。
感情の高ぶりに応じて、彼の周りでパチパチと火花が舞う!
「宗麟様! ごめんなさい、お姉さんたち少し調子に乗ってました!」
「私たちも落ち着きますから、ね!?」
長増と鑑速が顔を青ざめさせる。
火気厳禁の現場だ。
これには正気へ戻らざるを得ない。
「あ」
塩市丸の呟きが妙に響いた。
――シュッ!
△▼△
――ヒュゥゥン……パァァァアアアアアン!!
「おっかぁ、見てみてー! そーりん様のとこ、すっごい綺麗なの出てるー!」
「あら、何かしらね」
「おお、流石は宗麟様。ありがたやー」
「何か燃えてるような気もするけど……」
「ありゃ虹じゃないか?」
「やっぱり御仏なんだねえ」
城下町のどこからでも見える。
それはそれは色鮮やかな炎の花。
宗麟が改良した花火たちだ。
いくら可愛い妹のお願いでも、火薬をポンと渡す宗麟ではない。
塩市丸へあげたのは、地面に置いて打ち上げる”設置型花火”である。
ただ、自分が原因で点火する事になるとは予想もしていなかっただろうが。
大友館の二階は、吹き抜けの半焼となった。




