2-18. 御家騒動は突然に
「おにぃの膝はあたいの席だー!」
「違う! 兄者はウチの席になると!」
誾千代と塩乙丸が騒いでいる。
大友館の二階。
『戦』から帰ってきて、ひと段落がついた後日。
大友家の諸将は広間へと集まっていた。
子供たちがいるのは宗麟が許したからである。
宗麟が言えば黒も白になる家風だ。
恐ろしい現実である。
「じゃあ私は宗麟様の、後ろに後ろに控えてますので」
「凄い後ろの方みたいだよ?」
「それはそれは、もっともっと近づいても良いって事ですか、塩市丸様!?」
「紹運でも調子に乗るんだね」
「えっ!?」
紹運と塩市丸も騒いでいる。
誾千代と塩乙丸に比べたら静かではあった。
しかし、何もここへ皆が集まったのは暇だからではない。
大切な会議のためだ。
保育所のような様相となっていても、一応は厳粛な空気が欲しいところ。
ただ、宗麟が笑顔であるために「ま、いっか」となっているだけだ。
宗麟の笑顔は何よりも優先される。
恐ろしい現実だ。
ちなみに、もう一人の男子である大内輝弘は別室だ。
大友家の議題に彼が参加するのはまだ早い。
「市姉ぇー! 乙姉がうるさい!」
「誾千代に言われたかなか!」
「おにぃの事が好きすぎて邪魔! あと声うるさい!」
「ちゃうねん!?」
誾千代と塩乙丸が更に騒ぎ始める。
宗麟は段々と困り始めていた。
その顔に付いている綺麗な眉が八の字を描き始める。
彼もここに集まった理由は分かっているのだ。
忙しい諸将の時間をこれ以上取らせるのも、申し訳なくなってきたのだろう。
「姉様は兄様の事が大好きだから仕方ないよ」
「塩市丸様も宗麟様の事、すっごいすっごい好きですよね?」
「紹運もね」
「えっ!?」
紹運と塩市丸は煽り始める。
紹運は何を言われても動じない塩市丸の反撃を食らっていたが。
「ち、ちがっ! ウチは、ウチは……!」
顔を真っ赤にして塩乙丸は立ち上がる。
「好きなんだろー?」
「好きでしょ?」
「好きなんですよね?」
「「「すーっき、すーっき、すーっき!!」」」
「す、す、すすすす好きで、悪いかーーー!!??」
「「「キャーーーー!!」」」
「ワシも!」
ドヤ顔で義鑑が何故か便乗する。
「うっっっっっる、さいっ!!!!」
遂に鑑理の雷が落ちた。
△▼△
「兄者ぁぁ、鑑理が苛めるぅ!」
「おにぃ~!」
「母様に殴られたのなんて、一体一体いつぶりだろう……」
「なんで私まで」
「それワシが言いたい」
「何か仰いましたか?」
ぶつくさと文句を言う塩市丸と義鑑へ鑑理の視線が刺さる。
少女は兄の後ろへそそくさと隠れた。
母はプルプル震え怖がっている。
「はあ……、全く」
毎度の如く眉間を揉む鑑理。
そろそろ皺も取れにくくなってきたお年頃だ。
気にしているのかもしれない。
「誾千代ー、若をあんま困らせんじゃねえぞー」
「母よ、おにぃは優しい」
「んなもん知ってるわ」
「宗麟はワシにも優しいからのー?」
「母様はもう少ししっかりして」
「母ぁ、兄者に見捨てられんようにな」
「娘たちよ、ワシの事なんじゃと思っとる……?」
「はいはい、そろそろお話始めませんか? お姉さんも忙しいので」
「……時間」
のほほんと提案した長増に、石宗は頷いた。
「本当です。私、これでも忙しいんですよ? 実は!」
ここぞばかりにドヤ顔で胸に手を当てる鑑速には誰も視線をよこさない。
不憫だった。
「それで、事の発端は義鑑様だったかしら?」
「また何か頓珍漢な事でも言ったんだろ」
「道雪! お主、少しは遠慮せい!」
「否定しない辺り自覚はあるのかもしれないわねえ。お姉さんもびっくり」
「な、長増殿? 少し言葉が黒いですよー……?」
「そう! 母ぁがまた変な事言い出したとよ!」
「塩乙丸! お主は少し黙っとれ!」
「母様が黙った方が早いの」
「塩市、丸……!?」
「母さんが言うには、家督は塩市丸が継いだ方が良いんじゃないかって」
宗麟がようやっと口を開く。
そうしないと場が収まらないと思ったのだろう。
事実、そうすれば簡単に場は纏まる。
「……馬鹿?」
石宗の訝し気な呟きが響く。
それくらい、広間はしんと静まり返っていた。
先ほどの喧噪が嘘のようである。
「義鑑様、遺言はどうされます?」
「鑑理、落ち着くのじゃ!? ワシが死ぬこと前提で話を進めるのはお勧めせんぞ!?」
途端、爆発のような姦しさが空気を突き破る。
座っているだけでは我慢できなかったのだろう。
諸将は詰め寄るように義鑑の下へと集まってきた。
「義鑑様、とうとう本当のおバカになってしまったのですか!」
「宗麟様をどうするつもりです!」
「独り占めするつもりですね!?」
「この鬼め! いや、その所業は餓鬼です!!」
「誰がガキじゃ! ワシは大人じゃ!」
「ややこしくなるから黙って下さい!」
「反論すら許されんの!?」
「義鑑様は赤ちゃんみたいなものじゃないですか!」
「上手い事言ったつもりか!? 誰が”ややこ”じゃ、大人じゃ!」
「まあ、落ち着けって」
台風のように吹き荒れる言葉の応酬。
そこに待ったをかけたのは、なんと道雪だった。
「……道雪?」
鑑理は怪訝な表情を浮かべる。
こういう時、道雪は真っ先に騒がしくする人物だ。
沈静化へと動くなど、彼女らしくない。
違和感しか感じない鑑理は道雪を静かに見つめる。
それに気づいた道雪は、
「……」
ニヤリ、と。
悪ガキのように、楽しそうに笑った。
「私は、義鑑様の意見に賛成だ」
「「「……はぁ?」」」
道雪の言葉に、諸将は間抜けな返答しか出来なかった。
「うーん、お姉さんも」
「「「えっ!?」」」
「あはは……。私も、実は良いんじゃないかなー、なんて」
「「「えっ!!??」」」
道雪に続き。
手を挙げて、塩市丸派へとついたのは長増と鑑速だった。
「……理由」
石宗が目を細め三者を順に見つめる。
諸将は混乱から立ち直っておらず動けない。
「簡単な事だよ」
道雪はふんっと笑うと壁にもたれかかるようにして座り直した。
「勢場ヶ原で若が戦場に出てきたからだ」
「そうそう。あれはお姉さんの心臓に悪いなあって」
「同意ですね。あんまり有名になりすぎるのは、ちょっと」
「貴方たち……本気?」
鑑理は視線を厳しくする。
しかし、道雪、長増、鑑速の三人に動じた様子は無かった。
つまり、それは――!
「宗麟様と四六時中一緒にいたいのは皆同じなのよ……!?」
……鑑理まで壊れ始めてきた。
「は、母? どうした、お腹でも痛い?」
「誾千代、若とずっと一緒にいたいだろ?」
「うん」
「じゃあ、塩市丸様が当主になった方が都合が良いぞ」
「なんで?」
「そらぁ当主の仕事がないからだ!」
誾千代はハッとして道雪を見つめる。
驚愕で目を見開き、わなわなと体まで震えだした。
「天才か……!?」
それだけ言うと、誾千代は宗麟の後ろへと隠れ彼の背に抱き着く。
感極まったのだろうか。
男性は神からの賜り物。
それは戦における建前だが、真理でもあった。
この世の男性は、基本的に働いていない。
預かる御家が養う規定があるためだ。
いるだけでご利益のある存在。
唯一の仕事は子種の生産。
これだけ聞くと酷い。
だが、それがこの世界の――『 男 』 !
しかし、当主となれば話は別だ。
御家の今後に関する様々な決定権を持ち、政務へと取り組まざるを得なくなる。
よって、宗麟との触れ合いタイムはその分短くなるはずなのだ。
とはいえ、男性が当主になるメリットも大きい。
それは、戦功を挙げる動機を意味する。
下剋上が横行し始めたこの時代。
どの身分の者でも、手柄を立てれば上へと昇り詰められる可能性がある。
ここで、当主が男性であればどうだろう。
そう。
論功行賞で直接褒めてもらえるのだ。
加えて。
覚えめでたく家臣となれれば、彼の側にいる事が容易い。
宗麟の特異さは先の戦で天下へと知れ渡った。
この事から、宗麟の下で働きたいという募集が殺到する可能性を秘めている。
にも関わらず、来てみれば当主が女性でした、となったらどうだろう。
下手をすれば一揆案件だ。
しかし、今ならばまだ間に合う。
今ならば、「あの噂はデマでしたー!」で誤魔化せる。
そう。
宗麟を当主と戴いて天下へと打って出るか!
それとも、大友家の面子で彼との楽園を築き上げるか!
二つに一つ!
なお、義鑑はそこまで考えてはいなかった。
ただ面倒事を娘に押し付け、宗麟とイチャコラしたかっただけである。
「え、え、え? ど、どうなったと、これ?」
「姉様が私の家来になるかも」
「嘘ぉ!?」
「嘘」
「なーんだ」
「嘘」
「……え、つまり、どっち?」
諸将も事を理解し始めたのか。
広間にはザワザワと喧騒が広がっていく。
「た、確かに……魅力的な案ね」
「毎日のように宗麟様のとこへ行って癒される事も、できる……!」
「でも、当主として宗麟様がいると兵の士気が上がるわ」
「徴兵だって楽よ!」
「それ、当主じゃなくて居るだけで良くない?」
「宗麟様が当主だから来るんじゃない!」
「それに、宗麟様の優秀さを見た後だと、義鑑様じゃ不安……」
「おぉぉぉい! 最後の誰じゃ!? 喧嘩売っとんのか!? 気持ちは分かるがのぉ!」
「困ったな、こりゃ」
道雪はヘラヘラと笑う。
「これじゃ御家が真っ二つ、だぜ?」
ゴングが鳴り響いた。




