2-17. 宗麟の妹たち
「兄者ぁぁぁあああーーーー!!」
小さな影が宗麟へと爆走してくる。
ここは豊後。
大友氏の拠点、大友館が見える城下町。
町の人々に迎えられ、宗麟は朗らかに笑い手を振っていた。
無事に男子が帰ってきて、中には涙を流す人もいる。
町を挙げてのお祭り状態だ。
然もあらん。
戻ってくるなり、すぐ『戦』へと赴いた宗麟だ。
これで負けていたら暴動が起こっても不思議ではない。
そんな中で、一際目立つ登場をした少女が冒頭のそれだ。
「あ、塩乙丸! ただいまー」
花が咲いたような笑みに周囲で幾人かが倒れたが、宗麟はそれに気づかない。
猪のように向かってくる妹の一人に視線が固定されている。
「兄者ーーー!!」
勢いそのまま。
宗麟は馬に乗っているにも拘わらず。
塩乙丸と呼ばれた少女は、兄へと豪快なダイブを決めた。
背格好は母である義鑑よりも少し小さいくらい。
そんな少女が驚きの跳躍を見せた。
愛の成せる業だろう。
「ふぎゅっ!?」
宗麟に抱えられる形で馬に跨っていた誾千代はサンドイッチされた。
馬から落ちないように抱きとめた宗麟。
今は妹の事で頭がいっぱいらしい。
もがもが言っている七歳児まで気を配れていなかった。
「兄者! どこも怪我しとらんか!?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、塩乙丸」
キラッキラした目で自分を見上げる妹のクセ毛頭を宗麟は撫でる。
彼はマザコンだけでなく、シスコンの気もあったようだ。
撫でられている塩乙丸は見えない尻尾を振っていた。
「乙姉、邪魔ー!」
「お? おぉ、誾千代、おったんか」
「いるわい、ボケェ!」
「ボケとはなんよ、ボケとは!」
ちんまい同士が馬上で暴れる。
宗麟は微笑ましいものを見る目だ。
「兄者、ウチ、ずっと待っとったんよ?」
一頻り暴れた後。
塩乙丸はハッとした顔で宗麟を見上げた。
どことなく不貞腐れているようにも見える。
宗麟は苦笑だ。
「ごめんね。でも、僕にとっても大事な用事だったから」
「だけど、ウチに何も言わんと行って……」
「会えるの楽しみにしとったのに」と俯いていく妹の頭を宗麟は再び撫でる。
可愛い妹を悲しませて申し訳ないという気持ちが、ありありとその顔には浮かんでいた。
本当に顔に出やすい御仁である。
「姉様、一人で行かないで」
そんな時、もう一人の妹も彼らの下へとやってきた。
塩乙丸に置いてけぼりにされた事を怒っているのか。
その声は冷ややかだ。
「あ」
馬上で「やっべ」といった顔をしている姉を、少女は黒目がちの瞳で見上げる。
「や、違うんよ、塩市丸?」
「何が?」
「だって、兄者が」
「兄様の事、好き過ぎでしょ」
「ちゃうねん!?」
何故か関西弁になった。
ちなみに、塩乙丸の標準言語は博多弁だ。
「ふふっ。塩市丸? あまりお姉ちゃんを苛めないであげて?」
馬上で三人はきつかったのだろう。
宗麟は一人馬から降りると、妹の塩市丸の頭を撫でる。
彼には人の頭を撫でる癖でもあるのだろうか。
「うん、兄様がそう言うなら」
「扱いの差ぁ!」
「だって、姉様だし」
「姉のことは敬うんがええよ? 姉ちゃん、その方が嬉しか!」
「えー」
「えー!?」
慌てて馬から降りてきた塩乙丸。
馬上には呆れた顔の誾千代ただ一人が残った。
少し寂しそうだ。
「ほら、館へ行こう。ここだと落ち着かないからね」
宗麟は苦笑したままチラリと周囲を見渡す。
野次馬で周囲を包囲されつつあった。
大友家当主の子供が勢ぞろいしているのだ。
目立たない訳がない。
「兄様」
「ん、なんだい?」
「お帰りなさい」
塩市丸は微笑む。
雪のように白い肌と相まって、さながら妖精のようだ。
まだ十歳という事もあり、美少年にも見える。
「あ、あ! ウチも! ウチもそれ言いたい!」
「言えば?」
「うん!」
塩市丸にしれっと流された塩乙丸。
それでも天真爛漫な笑顔は崩れない。
精神的にタフなのか、それとも少し残念な子なのか。
「兄者!」
「うん」
「お帰り!!」
「うん」
宗麟はニッコリ。
それを見た塩乙丸はニパー。
「私の姉様は可愛いなあ」
塩市丸は一人違う笑みを転がしていた。
△▼△
「ワシのとこには来てくれんかったんじゃ……母、寂しい」
「母様だもん」
「母ぁよ、兄者の方が大切なんはしょうがなかと」
「そ゛う゛り゛~~~ん゛!」
泣いて飛び込んでくる母の背中をポンポンポン。
これには宗麟も苦笑いだ。
大友館へと戻っても、中々静かには過ごせない。
「で、こん人が大内輝弘殿と?」
外でワーワーやっている時も縮こまっていた少年だったが、今はそうもいかない。
早速とばかりに面会を果たした彼に、塩乙丸は興味津々だ。
「は、はい……。大内輝弘、です」
始めて会うにしては距離感が近い。
大友家には宗麟という基準があるからだ。
特に、兄妹である彼女にしてみれば、輝弘に対して物怖じする事もなかった。
やはりタフである。
猪突猛進とも言う。
対して、塩市丸は静かだ。
けれども、どこか値踏みをするようにジロジロと遠巻きに輝弘を見る。
分かりやすい塩乙丸よりも質が悪いかもしれない。
「塩乙丸様ー!」
「ん? あ、紹運! 帰って来とったんな!」
「わ、私を私を何だと思っているんです!?」
戦が終わったのだから、帰ってきて当然である。
走り寄り、そのままズコーと転びそうになる紹運だ。
彼女たちは同い年の幼馴染であるため、その関係性も気安い。
宗麟と義鑑を除く大人たちは、戦後の処理がまだ終わっていないため、この場には子供たちばかりだ。
一応元服はしている紹運だったが、宗麟の側にいるよう指示されたのだろう。
「おにぃ、帰ってきたんだから遊ぼーよ!」
疲れを知らない子供らしい意見が誾千代から飛び出す。
「誾千代、宗麟様はとってもとっても忙しいの!」
「え、ウチも遊んでもらおうと思っとったのに!?」
「姉様で私が遊んであげる」
「兄者とがええ!」
「塩乙丸様。ちゃんとちゃんと弄ばれる発言を突っ込みましょうね?」
十歳前後の少女たちがキャーキャーしている。
宗麟にとってのみでなく、輝弘にとっても未知の世界だ。
男子はほぼ空気状態である。
「あ、そうじゃ」
そんな中、義鑑はポンと手を打った。
「大友の家督じゃが、塩市丸が継ぐことになったんじゃよ」
場を静寂が支配した。
「しっかり励むのじゃぞ、塩市丸」
母はどや顔で塩市丸へと視線を向ける。
しかし、塩市丸の黒目がちの瞳に宿る感情は平坦だ。
隣の姉は顎が外れそうな顔をしている。
「やっぱり阿保ぅだったんな、母ぁ!?」
「姉様、今更だから」
「誰が阿呆じゃ!? この娘どのがっ!!」




