2-7. 大友家の皆さんも、本気を出せば凄いんです。
犇めく人の壁を穿つ。
駆ける。
駆ける。
駆けるは二人の武将であった。
一人は大友家の切り込み隊長、立花道雪。
手に持つ木刀『千鳥』を振るい、並み居る兵を薙ぎ払う。
「きたきたきたきた、きたあぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
何が来たのか。
薬でもキメたかのように高笑う。
そこには飄々としているいつもの姿などなかった。
ただ眼前の敵を屠る。
鬼。
その表現は些かの誇張もなく、道雪を表す。
その後方。
彼女を守るように、そして寄り添うように一人の武将があった。
武将の名は吉弘鑑理。
大友三老に名を連ねる彼女に、特殊な能力は備わっていない。
ただ、前を愚直に突き進む鬼の後背を追従する。
しかし、
「相変わらず、後ろがなってないのよ」
呆れるように言葉を漏らすと、踊るように道雪へと間合いを半歩詰め、
「ふっ!」
大内方の兵が道雪へと繰り出した木刀の先端をなぞるように弾く。
防がれた側は顔に驚愕の色を浮かべた。
確かに、そこに鑑理がいる事は分かっていた。
しかし、道雪が濃すぎて一瞬意識を逸らしていたのだ。
瞬きの間の、その時を切り取るかのよう。
道雪の歩法に合わせ、敵の呼吸を読み、自身の刃を重ね合わせる。
それは卓越した技量と、
「こんなのでも一応、我が家の先鋒なのよ」
数え切れぬほどの、道雪と鍛錬した経験である。
刃なら常日頃から突き合わせている。
言葉、ド突き合い、説教、逃走、かくれんぼ、喧嘩。
刀を握らずとも、鑑理と道雪は己を賭けてぶつかってきた。
何年も、何年も。
それこそ、二人が知り合っての何十年。
彼女たちは、
「貴女たちに敵う奴じゃないわ。……出直してきなさい」
奴を倒すのは自分だと、そう信じて歩んできた。
鑑理の鋭い視線は前を見据える。
「はっははは! あーっはっはっはっはっは!!」
狂人の奇声を上げ、大内軍へ飛び込む矢、道雪。
「……なんでこんな奴の後ろにいなきゃいけないのよ」
ふふっと。
微かな笑みを漏らして鑑理は進む。
△▼△
「……完了」
石宗が呟く。
彼女の頭上には雲が立ち込めていた。
遥か上空の蒼天ではなく、傘を差しているようにだ。
元々ちんまい背丈の上に、もくもく渦巻く塊は一見すると可愛らしい。
しかし、その言葉は剛撃の狼煙だ。
「もう鑑理には伝令を出したから問題ないはずよ。お姉さんが保証する」
その隣。長増が兵に細かく指示を出しながら微笑む。
「私は将でもないですし、前に出ましょうか」
「ええ、鑑速。よろしくね」
「任されても無理なんで、程々に頑張ってきますね」
腑抜けな事を言っている。
それでも、表情は真剣だ。
鑑速なりの冗談だったのかもしれない。
「右翼の備えが薄いですね。石宗殿、長増殿、では行って参ります」
「いってらっしゃーい」
「……武運」
テッテケと走る鑑速を見送る二人。
石宗の頭上には未だにモコモコがあった。
「……飛ばす」
「ええ、お願いね」
しばらく戦況を見極めていた石宗が再び呟く。
普段から分かりづらい表情は、今この場においては戦意に溢れているように見えた。
機嫌の悪い子供に見えなくもないのだが、三白眼で目つきが悪いせいだろう。
「お姉さんも動きますね。鑑速が右翼なら、お姉さんは左翼かな」
おっとりとした声音と所作。
けれども、纏う空気は歴戦の武将だ。
長増は左手を振り上げ、
「吉岡長増、推して参ります! ついてきなさい!」
一喝。
普段の彼女からは想像もできない覇気をもって、兵を率いて前線へと押し進める。
「石宗、ワシは?」
「……待機」
「……いいもん、ワシ、総大将だもん」
いじける義鑑を石宗は放置。
頭上の雲の制御に神経を集中させる。
――”業持ち”。
それは、特異な体質を示す。
子に引き継がれる事もなければ、一般的な能力でもない。
他の人と被る事もなく、加えて大した脅威の出るものでもなかった。
例えば、
「……”雷雲”」
石宗の言葉と共に、白い塊は黒ずみ始める。
とぐろを巻き、より不定形の存在へ。
範囲は人一人程度だが、それは確かに嵐に見せる姿であった。
彼女の”業”は――気象再現。
それ単体では、大した威力も効果もない。
如雨露で撒くみたいな雨なら降らせる。その程度。
糸みたいな、か細い雷も起こせる。その程度。
しかし、大友家にはその力を何倍にも増幅できる能力を持った”業持ち”がいた。
「……目標」
ついと前方を指さす。
向かう先は、
「……道雪」
光の糸が生まれた。
△▼△
道雪はピクリと肩を震わせる。
何かを敏感に感じ取ったのだろう。
そして、今までよりもより凶悪な笑みを浮かべた。
そろそろ人として危ういレベルである。
「道雪を討ち取れ!」
「”雷切”を使われる前に退場させるのよ!」
どうにかして道雪を止めようと大内軍で怒号が飛び交う。
しかし、それは道雪にとって滑稽な姿でしかなかった。
道雪はピタリと足を止める。
勝機と見たのか、敵兵が一斉に木刀を繰り出してきた。
「おせえよ」
道雪が呻る。
今までの狂乱ぶりが嘘のよう。
静かに佇む姿には、知性すら感じられた。
いや、人なのだから知性はあるだろう。
しかし、先ほどまでの姿を見れば、人よりも獣の方が近かったはずだ。
とは言いつつも、大内軍は熊のように聳える威容を幻視した。
そして、道雪は呼ぶ。
己を武神と高める術を。
彼女は”業持ち”。
能力は――避雷針。
普通は死ぬ。
呪いだと言って喚く。
パッシブスキルではないのが救いだが、使う機会はなさそうな能力。
けれども、彼女は”業”へと昇華させた。
石宗の微弱な雷があればこそだが。
道雪は、雷となって切る。
「来な、”雷切”」




