2-8. それぞれの戦い➀
大内軍最後方。
喧々諤々の戦場を眺める人物が一人いた。
顔色があまり優れていないが、それでも瞳には強い意志が宿っている。
ジッと真っ直ぐに戦場を見る目。
それは何かを待っているようでもあった。
彼女の名前は『陶晴賢』。
周防を含む数か国を支配し、現在西国一の勢力を誇る大内家の重臣、陶興房が娘だ。
肩口にかかるクセッ毛が風に煽られる。
普段から多忙を極めた母、興房を支えようと必死で努力してきた晴賢。
元服を済ませる前から雑務等の手伝いをしていたが、母を取り巻く環境は変わらなかった。
御家の当主である大内義隆が政務をほっぽり、遊興にどんどん金をつぎ込むためである。
家臣同士の折衝や、配下の地方豪族への伝達、兵の教練に物資の管理。
兵の俸禄に徴兵の準備。寺社や帝、将軍への献上品と挨拶。
城下町の治安維持に、民からの要望へ耳を傾ける必要もあった。
一人に任せる量ではない。
明らかなオーバーワークである。
大内家の諸将もそんな興房を気にかけ、なにかと便宜を図ってはくれた。
しかし、諸将にしても自身の仕事を持っている。
常日頃からサポートをするにも限界があった。
さらに、ご当主様の我儘や思いつきは全て興房に投げられるのである。
ブラック企業も真っ青の職場環境だろう。
そんな母、興房を常日頃から見ていた晴賢は当主である大内義隆に決して良い感情を持っていなかった。
いや、むしろその感情は嫌悪に近い。
そのため、この『戦』を早く終わらせ国の母の下へさっさと帰りたいというのが本音だ。
幸いにも、大内家は強国。
団体戦は将の数が決まっているが、兵数は決まっていない。
国の地力がものを言うのもそのためだ。
相手の将が如何に強かろうと、いざという時の押しの強さは大内軍に軍配が上がる。
また、敵である大友家には一騎当千の武将『立花道雪』がいるが、晴賢には秘策とも呼べる対抗策があった。
戦況は大内軍の劣勢。
開幕初っ端から将を三人も討ち取られたのは予想外だったが、まだ慌てる程ではない。
晴賢は冷静に状況を見定める。
すると、騒がしかった戦場の一部が急に静まる。
途端、眩い光が迸った。
「晴賢様!」
晴賢の隣に控えた彼女の副将が声を上げる。
「出ますです!」
この時を待っていた。
今の光は道雪の”雷切”であるはずだ。
それを知りながらも、晴賢は光の根本へと駆け出した。
△▼△
「来な、”雷切”」
道雪が一言を詠む。
途端、日の光に隠れ見えない程であった光の糸が、グンッとその勢いを増す。
まるで蛇から龍へ変貌を遂げるかのよう。
唸り、逆巻き、荒れ狂う濁流。
けれども、周りの者には一切の目もくれず。
龍は道雪を目掛けて、空気を掻きむしるように進む。
そして、直撃。
その光景は正しく、雷をその身に浴びる雷神の誕生。
木刀『千鳥』を肩に担ぎ、道雪は苦し気な顔の中に愉悦を滲ませた。
「わりぃな。これ、そんな長く保たねえんだわ」
そう言うな否や、道雪は軽く千鳥を一閃。
「つーわけだから、瞬殺されても文句言うなよ?」
刃に纏わりつくのは、黄金の爪が如き雷光。
道雪を討ち取ろうと彼女の間合いに踏み込んでいた者は、その一瞬を目に刻まれる。
雷を纏った道雪が、武神と言われる、その由縁を。
「”雷切”、解放」
道雪は己の”業:避雷針”によって留めていた暴威を解き放った。
「止めっ――」
誰かが、叫ぶ。
「――『召天万雷』」
天の怒りを示す幾万の爪が、大地を砕き、掻きむしった。




