やってみるか
探検家のリーダーを務めるドドリゴというドワーフ族の男は、身長こそトウマの胸元程度で自分の背丈ほどの大きなリュックを背負っていた。リュックの脇に紅い宝玉が装飾された杖が提げられている。ドドリゴは挨拶代わりの握手を交わしたのだが、トウマはすぐにドドリゴの握力が尋常ではないことを悟った。ドワーフ族の膂力を何度か経験しているものの、その中でもドドリゴの力は抜きん出ている。さすがは探検家のリーダーだと感心していると、ドドリゴはトウマの意を察してニヤリと笑った。
「体格で劣るドワーフ族は、せめて力くらい強くなければ生き残れないからな。これまでにも危険な探検と強大な魔物を相手してきて、腕には自信はあったんだ。しかし、ここまで痛手を負ったことはなかった」
「人工生物に、何人やられたんです」
「10名の内6名で向かったんだがそのうちの3人。2人が即死でひとりは息があったようだが助けられなかった。歩ける程度に大怪我しているのが1人いて、俺ともうひとりで抱えて逃げるのに必死でね」
ドドリゴは修道院の前に設けられたテントをちらりと一瞥した。
中は見えないが、そこにドドリゴの負傷した仲間二人がいるのだろう。他の仲間の姿をまだ見ていないからテントの中にいるのかもしれない。ドドリゴは苦しそうな表情を浮かべていたが、やがて視線をテントから逸らすと修道院の敷地内へと歩き出したので、トウマは後からついていった。
修道院周辺にも小さな町があり、軍は立入禁止禁止区域を設けて町の人間の出入りを規制している。修道院に居住していた修道僧たちも避難という体裁で町長たちや顔役の家々に移され、軍が占拠する恰好となっていた。軍の対策本部が修道院は真裏にあって、軍に顔が利くというシーリングと、軍を指揮する隊長が打ち合わせのためにそこにいるはずだった。ただ、トウマの隣で静かに控えていたアリサ・サーバンスの歩調に合わせているので、ドドリゴとは少し距離が空けて歩く恰好となっている。
トウマ達の横を“黄の国”の兵士たちが慌ただしく行き交う。
物々しい装備をした兵士たちの姿は、静かで美しい湖や修道院には似つかわしくなかったが、どこか懐かしさを感じるのは戦時中、トウマも修道院や学校などを、宿代わりに占拠した記憶からかもしれない。
「……ところで、10人もいるのに6名というのは何故ですか。全員なら戦い方も違ったでしょうに」
「我々が入った地下通路は広いのだが、やはり地下だ。行動には限界があって、6人までが限界だと我々が判断した」
「……」
「ただ、奴の動きと我々の動きを考えると、6人でも多かったかもしれない。だが……」
ドドリゴは言葉を切った。
犠牲も出したが、彼らのおかげで生きられた。
言葉の端に、複雑な想いと悔しさをドドリゴが滲ませているのをトウマは感じていた。アリサは無言のままでいたが、その視線は丸く寂し気なドドリゴの後ろ姿をじっと見つめながら歩いていた。やがて、修道院の角に差し掛かると、急に視界がひらいて眩しい光がトウマたちの正面に差し込んできた。
目の前にはイエハル湖を一望できる広い高台があり、展望台のようだが修道院の僧侶たちはここで祭礼を行う場所なのだという。今は軍の本部が置かれ、中央の机と多数の地図を取り囲むようにして軍服を着た男たちが並んでいた。その中で一人、背広姿のシーリングの姿は目立っていてすぐに見つけることが出来る。
シーリングはトウマたちの姿に気がつくと、やあと手を挙げた。
声に応じて一斉に将校たちが、トウマたちに目を向ける。
徽章から部隊を指揮する将校だと判断したが、今回の事件で兵の数や物々しさだけではなく、“青の国”で言えば少佐や中佐クラスの人間が多いことにトウマは驚いていた。端から見れば、ただの探検で起きたトラブルでしかないはずだが、それだけシーリングという男には、“黄の国”を動かすほどの影響力があるということなのだろう。
トウマたちがシーリングたちの前に来ると、シーリングはドドリゴさん、お疲れ様でしたとリーダーであるドドリゴに労いの言葉を掛けた。銀行勤めのおかげか、本心ではなくてもそれらしく演じられる技術をシーリングは持っている。優しさを籠めた言葉にドドリゴは肩をふるわせてしばらく言葉にならなかったが、やがて振り絞るように声を出した。
「……ご苦労を掛けて、申し訳ない。期待に応えられませんでした」
「いえ、“黄の国”の軍の方々が協力してくださいました。後はお任せください」
“快く“や“喜んで“、“我々にお任せ”など言わないだけマシかと思いながら、トウマはシーリングの話を聞いていた。普段はそこまででもないのだが、トウマは無責任に逃げたニーベル外交官への怒りを引きずっている。その3つの言葉を加えていたら、トウマは相当カチンときていただろう。無表情のままでいるからトウマの心情など当然気がつくわけもなく、シーリングは穏やかな笑みを浮かべながらトウマの紹介をし始めた。
「さきほど、ドドリゴさんには簡単に紹介しましたが、こちらはトウマ・ライナス君と言って……」
「知っているよ、シーリング君。抜刀隊三番隊隊長“疾風”のトウマ・ライナス。そちら若き女性が“戦乙女”アリサ・サーバンスだ」
「彼らをご存じですか」
目を丸くするシーリングに対して将校を代表するように、白髪混じりで太った大柄な将校が当然だろうと軽い笑い声をあげた。他の将校も同様の笑みを浮かべている。好意的な笑みだった。
「我々は長年“青の国”とは同盟関係だ。共同戦線も何度か張り、トウマ・ライナスとアリサ・サーバンス両名の活躍は何度も目の当たりにしている」
「……」
「戦時中は直接、顔を合わせる機会はなかったが、まさかこの場で会えるとはな」
「“配達士”としての活躍は、この国でも聞いている。腕は相変わらずのようだな。アリサ殿の負傷は気の毒なことではあるが……」
「とにかく、人工生物は、我々には未知の相手だ。頼りにしているぞ」
次々に将校たちはトウマやアリサに握手を求めてきたが、その力は強く、かたく結んだ口元と緊張した表情をしている。だがその瞳が安堵の光を帯びているのをトウマは見逃さなかった。未知の敵を相手に、異国のトウマたちが代わりに戦ってくれることで難を逃れたといったようにも映る。だが、トウマはそれを口には出さなかった。
自己保身も多少はあるだろうが、軍人は部下を無駄死にさせることを嫌う。
民間の探検隊の尻拭いで戦功にもならず、加えて人工生物という未知の魔物。トウマが同じ立場でも同様の考えを持ったであろうし、トウマも士気の低い軍の力には期待もしてない。
ただ、将校たちの好意を過ぎておもねりに近い態度から、軍を前面に出さなければ、こちらの要望通りに動いてくれる空気をトウマは素早く感じ取っていた。
ドドリゴの話からだと遺跡に入れるのはせいぜい4名から6名。
しかし、ゼオギニスという人工生物がいる。
士気が高いとはいえない軍をどう動かすか……。
「なんとかしますよ」
将校たちを安心させるように、トウマはさわやかに微笑した。
同僚として長い付き合いである。トウマの表情を見ながら、アリサはトウマに作戦の骨子ができたのだろうと悟った。
「でも、ここからその遺跡に入るにはどうするんです。景色は最高ですけど」
「ここの祭壇から向かうのだよ」
「祭壇から?」
訝しむトウマに、ドドリゴがリュックを下すと、紅い宝玉のついた杖を抜き出した。杖を手にすると、そのままドドリゴはよちよちとした足取りで祭壇と思われる場所へと向かっていった。竜や戦士を模した像が並べられ、その中に手を伸ばしたまま空手の魔導士の石像がある。ドドリゴは魔導士の手に杖を差し込むと、突然杖の紅玉が輝きだして地響きが起き、周囲は騒然となった。
「な、なんだ?」
「心配するな。遺跡との道を拓いているだけだ」
ドドリゴはじっと湖を注視している。
すると突然、水中から水しぶきが上がるとともに、直方体の石柱が次々と伸びあがっていく。i石柱は段差をつくり、階段のようなものを形成していく。やがて湖面が揺れたかと思うと水がどこかへと引いていき、湖面が割れて階段の下には一本の道がつくられていた。その先には金属製の扉を構えた石造りの建物がある。すげえと兵士の誰かが感嘆の声をあげるのが聞こえた。
「ファンタジーみたいっすね」
「紅玉の中に籠められた魔力を石像に差し込むことで、魔力を転化させて階段形成や水を引かせる仕組みをつくっているのまではわかるが、そこまでしかまだわかっておらん。近代化が進み、失われて久しい技術だな」
「あの建物の中に、ゼオギニスという人工生物がいるわけですか」
「建物は入り口で、中に入ると迷宮のような地下通路となっている。迷宮といってもせいぜい2層程度。工事を中断した形跡が途中にあって、おそらく建物の耐久性の問題でそうなったのだろう。まとめた地図から推測すると、構造的にはゼオギニスがいる先に、封印された闘神ラムザがいるはずなんだが……」
「ふうん」
トウマは腕を組んで、遺跡の建物を注視していた。
湖の水がすっかり引いて、闘神ラムザが封印されているはずの遺跡が、岩盤や泥が露となった湖底で無愛想に佇んでいる。失われた古代技術という手の込んだ仕掛けを目の当たりにしていると、伝説でしかなかったラムザがいよいよ身近な存在に感じられた。リイサのためだという気持ちはもちろんあるのだが、歴史的な発見に関われるのだと思うと、トウマ自身でも気がつかないうちに気分を高揚させていった。
ドドリゴさん、と遺跡を見据えたままトウマが口を開いた。
「その地図、見せてもらえますか」




