戦う相手として不足はない
迷宮のようだとドドリゴは説明したが、地図を見た限りでは、たしかに無駄と思われる通路や行き止まりの箇所がいくつもあって地下迷宮を連想させたが、入り口から道なりに沿って歩けば迷うことのないような、いたって簡単な構造だった。ドドリゴに案内されて実際に潜ってみると通路は大人が3,4人並んで歩けるほどの道幅で、アオルタの下町にある裏路地よりも広く感じられた。
「奴は……、いないな」
通路の曲がり角の陰から、慎重に奥をのぞき込みながらドドリゴが言った。よほど強い緊張感に襲われているのか、それだけの動作をしただけで汗をぬぐう仕草をした。
「あの通路を3つ曲がった先に広間にでて、奥に祭壇のようなものがある。そこに奴がいたのだ」
壁沿いに並んで設置された照明が弱弱しく光り、見据える先には薄暗い闇が広がっている。曲がり角になっているその先には、静寂に満ちる地下通路が映るだけだった。ドドリゴの傍でトウマ・ライナスも様子をうかがっていたが、確かに魔物や人といった気配は感じられない。
トウマとドドリゴの二人が遺跡内に入ってから、さほど苦も無く地下二階へと到着していた。ゼオギニスがどこかで潜んでいるかと警戒していたが、これまでそれらしき気配はない。
壁沿いに設置された照明は、ドドリゴたち探検隊が設置したものだ。ゼオギニスとの戦闘によるものか、かなりの数が破壊されてぼんやりと通路を照らす程度ではあるが、それでも行動するには十分の光量ではある。
闇の中で灯りなど点ければ、ゼオギニスに先手を取られかねない。ゼオギニスにしてみれば有利となるはずだが、破壊しなかった理由はわからない。トウマが以前に戦った人工生物も、特定の領域に入ってから行動を始めていたので、侵入者を排除すれば、それで役目を済ませてしまうのかもしれない。
「……しかし、我々二人で大丈夫かね」
「たしかに心配でしょうが、任せてください。俺が前に立ちますから、ドドリゴさんは後方から援護をお願いします。あとは作戦通りに」
不安げなドドリゴの声に思考が中断され、トウマは励ますように努めて明るく答えた。しかし、照明に照らされたドドリゴの表情は、なおも影が差している。作戦かと口にした言葉も、心なしか掠れていた。
「うまくいくかな」
「1階も2階では既に“黄の国”の軍が配置を済ませている。ドドリゴさんの説明の通りなら、ゼオギニスも俺が前に戦った人工生物と似た性質があるようです。おそらく、こちらが逃げれば、また追ってくるでしょうから、絶対にうまくいきますよ」
「……そうだな」
断言するトウマに、ドドリゴはようやく落ち着きを取り戻したかのように見えた。
戦いでは不測の事態が起きやすいもので、絶対というものは無い。ドドリゴも百戦錬磨の探検家で、長年の経験からそのくらいはわかっているはずだが、不安を抱えたまま死地へと再び向かう相手に曖昧な言葉を掛けても、余計な不安や恐怖を煽るだけである。
――絶対にうまくいくさ。
トウマは自身にも言い聞かせ、刀の鯉口をゆるめたまま慎重に奥へと足を進めた。
地下2階フロアの中央付近に広めの空間があるのを見つけたトウマは、ドドリゴから現場の説明を受けると、ドドリゴと自分がおとりとなってゼオギニスをおびき出すという作戦を軍に提案していた。四方から攻撃が可能な場所で、魔法が得意とする兵や銃を装備した兵を4名ずつ配置している。アリサ・サーバンスもその中に加わっていた。
ただ、ゼオギニスをいかにおびき出すかが問題で、できれば3、4人で行動したいところではあったのだが、義足のアリサ・サーバンスではおとりとなるには向かない。ドドリゴの他のメンバーも怪我や死傷者がでた影響で怯えてしまい、結局はトウマとドドリゴの二人で実行するしかなかったのだ。
強い緊張感に押し包まれながら、トウマとドドリゴが3つめの曲がり角に差し掛かってきた時、大広間と思われる奥から、ほんのりと明るい光が闇の中に差し込んできた。と、同時にトウマの体が一瞬震えて足が止まった。
大広間からトウマを襲ってくるのは、強烈な殺気だった。体の全神経が思わず反応し、咄嗟に剣を抜いていた。急に足をとめたトウマに、ドドリゴが不審な顔をした。
「どうした」
「ドドリゴさん。あんな奴を相手に、よく生きていられたね」
「……」
「とにかく、計画通りに。俺が引きつけますから、援護を頼みます」
「わ、わかった」
トウマの剣幕に気圧されたように、ドドリゴは急いで頷いた。
――前に戦った人工生物でも、こんな圧迫感はなかったのにな。
難敵。
トウマは正眼に構えたまま明かりを注視しながら、刀を体に寄せた恰好のまま慎重に足を進めていた。不気味な静寂に包まれ、やがて大広間に入る角に差し掛かるとトウマはドドリゴに合図して素早く身を潜めた。そこから広間の気配を窺おうとすると、室内から大きな声が響いた。
「そこの人間。隠れてないでここまで来い。今度は懲りずに多数を忍び込ませ、おびき出して待ち伏せなどと小細工か」
「……なんだと?」
「俺が手出ししないと思って、ぬけぬけとここまで来たようだが、見誤ったようだな。俺はこの墓を護るために存在する人工生物だぞ」
おびき出すといってもただ逃げるのではなく、一撃を与えて相手の怒りを誘って冷静さを奪う。
トウマはそう考えていたが相手が既に察知していたのなら、先手を取って優位に立つのはまず不可能となるだろう。加えて、こちらの動きや意図も、ゼオギニスに察知されているようだった。
失敗だなとトウマは唇を噛んでいた。
「ドドリゴさん、こちらの計画は、とっくに向こうにもばれているようですけど、ここは引き返して計画を練り直した方が良くないですか」
「シーリングさんが“黄の国”に頼み込んで軍を動かしてもらったんだ。ここで引き返したら、シーリングさんは失敗と見なして、この探検から手を引いてしまうかもしれん。それに闘神ラムザまであとわずか。頼みは人工生物を倒したというあんたしかいないんだ。何とかしてくれんか」
「……なんとかって」
身勝手なことを言うと呆れていたが、再びゼオギニスの声が大広間から響いた。
「早くしろ。貴様たちの動きを察知していたのだぞ。その他に何もできないと思っているのか」
言うなり、どこからか重苦しい地鳴りと激震が地下迷宮を襲った。立っていられないほどの振動で、ちりちりと埃や細かい石片が天井から落ちてくる。ドドリゴとトウマは壁や床にしがみつくようにするしか他に手がなく、そのままの体勢でいると、ゼオギニスの哄笑とともに揺れが治まっていった。
「どうだ。この俺の力がわかったろう。潰されたくなければ、ここまでくることだな」
「……しょうがねえな。やるしかないか」
床に伏せていたトウマは、立ち上がるとぴしゃりと自分の頬を張った。
このまま引き上げれば遺跡を崩壊させるか、おそらく何らかの手段で遺跡にいるアリサを始めとした“黄の国”の兵士たちの皆殺しにかかるだろう。戦って勝つしか道がないと悟ると、瞬時に気持ちも切り替わっている。歴戦の探検家ではあっても、ゼオギニスを前にしてすっかり怯えてしまい、戦力としてはさほど期待ができない。戦いが始まったら、アリサちゃんたちに報せてくださいと言い残し、トウマはドドリゴを通路に置いて、ひとりで大広間に向かった。
トウマが大広間に入ると視界が拓き、急に周囲が明るくなったが目がくらむほどではない。広間の状況とその奥に佇むひとつの影が、ありありと映し出されているのがトウマの目にも確認できた。
いかにも分厚い四方の壁には無数のろうそくが何段にも掲げられ、昼間のように明るく室内を照らしていた。電気や魔法によって火が維持されているようでもない。いそいで点けるには数が多すぎ、普段、湖の底にあるはずの遺跡にろうそくなど燃やし続けていたら酸素が足りなくなりそうなものだが、ろうそくの火は煌々と大広間を鮮やかに照らし続けている。どこからか空気を取り込んでいるか、何か工夫をしている。どちらにせよ、これも失われた古代技術のひとつなのだろうとトウマは思うことにした。
広間の奥、佇む影の背後には修道院のものと同じ造りをした祭壇が設置されている。修道院のそれとの違いは、祭壇の前に墓石のようなものがあることくらいだった。その祭壇を護るようにして、紅い甲冑を身にまとった男がじっとトウマ達を眺めていた。報告では“ザリガニ”と称されたように、兜に装飾された球体は目のようで、顔が前髪に隠れて判然としない分、たしかにザリガニのようにも見える。
「あんたが、ゼオギニスか」
「そうだ」
トウマの問いに、ゼオギニスは意外と若い声で返した。
「この俺が、人工生物ゼオギニス。よく覚えておくがいい」
「……」
「ここは闘神ラムザが眠る墓。懲りずに来たか、墓荒らしめ。ここには財宝と呼べるようなものなど何もないぞ」
「財宝なんぞが目的じゃねえよ、……といっても通用する相手じゃなさそうだな」
「わしらもそう言ったのだが、問答無用だった」
通路の陰からドドリゴが声を潜めていった。よほど恐怖を感じたのだろう。その声が震えていた。
「当然だ。俺はこの墓を護るために存在する。誰であろうと目的がなんであろうと排除するのみ」
「……頭の固い野郎だな」
「だが、たった二人でここまで来たからには相当、腕に自信があるのだろう。長い間、ひとりで退屈していたところだ。貴様の勇気を讃えて、俺が存分に相手をしてやろう」
ゼオギニスは不気味な冷笑を浮かべた。トウマの総身に寒気がはしったと感じた刹那、背後から耳障りで重い音が響いた。振り返ると巨大な石の壁が降りてきて、トウマが入ってきた通路を遮断している。
「さあ、これで存分に戦える」
「そんなに戦うのが好きか」
トウマは足を横に運びながら、八双に剣を変化させて、ゼオギニスを注視した。
ゼオギニスもトウマの動きを冷笑しながら見守っていたのだが、不意に足の配りと構えに驚いた表情をしてトウマを見直すと、急いだ様子で両手をだらりと下げるような恰好で腰を落とした。前回の人工生物も徒手空拳で向かってきた。手刀に魔力を纏い恐ろしい切れ味を示したが、おそらく同じだろうとトウマは推測した。
人間、と笑みを消したゼオギニスが低い声で言った。
「貴様の名を聞いておきたい」
「トウマ・ライナス」
短く答えると、ゼオギニスは小さく頷いた。
「トウマ・ライナス、か。いい名前だ」
それだけ言うと、後は長い沈黙と対峙が続いた。
やがて、ろうそくの光群に照らされた二人は、じりじりと互いの間合いを詰めていった。




