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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“陽炎”ゼノ・クライブ

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島での暮らしはどうなのよ

 外見は崩れかけた廃屋にしか見えなかったが、損傷は内部にまで及んでいないようで、屋内はかつての教会の名残を残したままトウマ・ライナスを出迎えた。訪問者が腰掛けていただろう長椅子が撤去され代わりに事務机一台と、小さなテーブルを挟んで来客用とおぼしき明らかに安物のソファーが置かれている。奥の壇上部分には測量で使われるだろう専用の分度器や、コンパスなどといった測量器具が雑然と置かれている中で、右端にはピアノと並ぶようにして、この島の風景を描いたものらしい、描きかけのキャンパスが置かれていた。


「ピアノも絵も続けてんだな」

「他にパブが一軒あるだけで、たいした娯楽もないからね。まあ、その分、集中できるよ」


 奥の一室からゼノ・クライブの声がした。そこは台所となっていて、ゼノはお茶を淹れる準備をしている。


「来る途中で、この島のじいさんに聞いたけれど、お前、ここらじゃ先生て呼ばれてんだって?」

「音楽や絵も基本的なことしか教えられないけどね。ありがたいことにそう呼んでくれるよ」

「お前らの部隊て、みんな詩だとか音楽や絵も得意だったよな。何人か賞をもらっていたろ」

「軍を離れてから、音楽に専念しているのもいるよ」

「お前もそっちの道も向いていたんじゃないの」

「いやあ、僕には……」

「なんでだよ、もったいない」

「僕の手は、血で汚れきっているから」

「……」

「それは皆同じだろうけど、やっぱり暗殺部隊てのはねえ」


 ゼノの声が次第にしぼみ、ため息に似た声となって途切れた。

抜刀隊は特殊任務を遂行するため、国内の精鋭中の精鋭を集めた部隊だったが、その中で六番隊はさらに特殊で、情報偵察活動や要人の誘拐や裏切り、時には暗殺を任務とする部隊だった。その部隊を統率していたのがゼノ・クライブである。細身で、常に微笑をたたえる優し気な風貌をしているが、尋常な人間なら、とっくに精神を病んでいるような陰惨な世界を、その瞳に焼きつけているはずだった。

 表情までは見えないものの、ゼノの声に沈痛な響きを感じて、トウマは急いで話題を変えた。触れてほしくない心の琴線に、トウマは触れかけてしまったようだった。


「しかし、この建物を外から最初に見た時、どういう暮らしをしてんだと不安になったけど、思ったより心配なさそうだな」


 小さな教会ではあるが、一人で居住し仕事をする分には、十分な広さだとトウマは思った。ソファーの近くにやかんの置かれたストーブが室内を温めている。森と呼べるもののないイハルタには、そのため燃料となる薪もないのだが、配給される灯油や魔石を代用しているので、冷たい強風によって屋内に閉じ込められることになっても困ることはない。もっとも、数百年前までは石灰岩や海藻などを燃料に利用していたらしいが、海藻をどのように燃料とするのかその技術も今は伝わっておらず、ゼノを始めとして、古くからいる島民もわからないらしかった。


「建物自体は古いけどね。設備は揃っていたからけっこう快適なんだよ。この時期は風が強すぎて、点検以外だとよほどの用がなければ、事務所に籠りきりなっちゃう日が多いから助かっている」

」


 お茶を淹れに台所へと入っていたゼノ・クライブが、お盆にインスタントコーヒーの入った瓶と、コーヒーカップを乗せて戻ってきた。


「ここに住んでから何年なんだ」

「派遣されて一年半くらいになるかなあ。部隊が離れてから、それまで訓練校で整備士の資格の勉強や訓練してたんだよ」

「しかし驚いたな。あの抜刀隊六番隊隊長が整備士か。しかもイハルタ島。手紙で名前見つけた時、正直驚いたぜ」

「それは僕も同じだよ。“疾風”のトウマ・ライナス三番隊隊長が、“配達士(ポストマン)”やっていたなんてね。まったく知らなかった」


 クスクス笑いながら、ゼノは優雅な手つきでお湯を注いでいた。インスタントといってもコーヒー独特の芳ばしい香りがトウマの鼻腔をくすぐった。

 ゼノの仕事はイハルタ島での道路や上下水の維持管理といったもので、月に一度点検を行い、故障や修理の必要があれば、村の人間に手伝ってもらってその修繕にあたる。来た時には見えなかったが裏の小屋には小型のトラックやローラー車、ショベルカーが一台ずつ置かれていて、それら工事車両の点検や整備もゼノの仕事なのだという。

 

「……ところで」


 コーヒーに一口つけた後、ゼノが遠慮がちに口を開いた。


「クロン・ステイシアがアオルタで事件を起こしたと聞いたけど、本当かい」

「新聞で読んだのか?」

「いや、事件後に軍の巡回船が来て、彼らから聞いたんだ。いくつか質問もされた」

「……」

「思い返してみると、巡回船が寄ることは前と変わらないけれど、事件後、見掛けるのは頻繁になった気がするなあ」


 ゼノは顎をつまみながら天井を見上げていた。抜刀隊六番隊の隊長、しかも暗殺まで行う部隊の隊長である。政府や軍は、クロンとの繋がりを警戒しているのかもしれなかった。クロンもゼノの腕前を見逃すはずもないが、辺境の島の生活で満足している男がクロンに協力するとは思えなかった。


「事件については本当だ。俺が偶然現場にいて、奴と剣を交えた」

「……」

「その後、“黒の国”でも遭遇した。今は“彩花衆(ラフレシア)”という連中とつるんでいる」


 目を見張っているゼノをまっすぐに見て、トウマがうなずいた。アオルタと“黒の国”で起きた事件の一連の流れと、彩王朝復興を掲げる彩花衆(ラフレシア)の説明を済ますと、ゼノは背もたれに身を預け、すっかり冷めてしまったカップの中の液体にじっと目を注いでいた。長い沈黙の時が流れた後、彩王朝復興かとぼそりとゼノが言った。


「クロンが反政府活動に加わっていたのは聞いていたけれど、今はそんなことになってたのか」

「あいつは兵士の救済を訴えるつもりで反政府活動に加わっていただけで、そこから彩花衆(ラフレシア)に入ったのは、アオルタで事件を起こすために、奴らに協力を頼んだからだ。滅びた王朝復興なんて、あいつの本意じゃないだろうな」

「だろうねえ」


 今は道が違えたとはいっても、トウマとクロンが親友であったように、ゼノとも戦友として深い繋がりがある。クロンの見た目とは裏腹に朴訥で不器用な性格を、ゼノも十分知っているはずだった。


「それで巡回船をよく見かけるようになったのか。僕の動向だけじゃなく、クロンが僕と接触してくるかもしれないと睨んで」

「そんなところだろうな」


 トウマが言うと、ゼノはなるほどと何度も小さく頷いた後、「関わる気はないのに」と苦笑いをして残りのコーヒーを飲み干した。ゼノはカップを置くと、急に表情が明るくなって話題を変えてきた。トウマはあえて追求しなかったが、さきほどの独白を聞けば十分だと思った。


「それで、この島にいつまでいられるんだい?」

「次の船が明後日だから、そこまではいさせてもらうよ。構わねえか」

「ああ、それはもちろん……」


 そこまで言い掛けた時、外の強風に紛れて戸を叩く音がした。ゼノはどうぞと答えると、女が一人入ってきた。歳はゼノやトウマと同い年くらいの若い娘である。大きなバケットを手に提げている。中には布で包んだものが入っている。娘はトウマを見ると、少し驚き混じりの戸惑った顔をした。


「すみません、お客さんでしたか」

「大丈夫、仕事の話じゃないから。どうしたんだい」

「あのお父さんから、シチューが余ったから先生にて……」


 ゼノが包みをあけて鍋を受け取ると、娘はそれではと会釈して帰っていった。こりゃうまそうだとゼノは蓋をあけて中身をあらためていたが、トウマとしては娘の方が気になっている。

 ゼノは今年23歳になるはずで、正確な年齢は不詳ではあってもトウマと歳は近い。娘は見た目からトウマたちと同い年くらいに思われた。


「おい、なんだいあの子」

「なんだいて、さっき話したこの島ただ一軒しかないパブの娘さんだよ。ツバキさんていうんだけど。3人娘の一番上なんだ」

「けっこうかわいいじゃないか。いつも来るのか」

「いつもてほどじゃないけれど、こうしておすそ分けしてくれたり、店の間に事務を手伝ってくれたり、掃除もしてもらうこともあるよ」

「へええ」


 ゼノとツバキという娘がふたりでいる光景を想像した途端に、トウマがニヤニヤと笑みを浮かべだす。


「お前、けっこうモテるもんなあ。軍の時も、町の女の子や居酒屋の娘たちから、手紙や花だとかもらっていただろ」

「そういや、そんなこともあったっけ」

「あの子といい関係になってないのか。お疲れなんて言って手を握ったりなんかして」

「僕はそんなことしないよ」

「そうかなあ。同じ時間をふたりきり。ひとつの部屋で過ごすんだろ。かわいらしい子なんだし。そのシチューもあまりものて割に、ひとりで食べるにはかなりの量じゃないか」

「……」

「もしかして、一緒に食べるつもりで今夜ちょっとどうですか、なんてさ」

「変な想像するなよ」


 ゼノはあきれ顔をしながら、ひとりではしゃいでいるトウマをひと睨みした。


「前から思っていたけれど、けっこう軽々しいところあるよね。トウマって」

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