パウラ・ラウラという女
竜神を祀る町ファルトマは山の中腹部にあって、シエンタを出発してから3日ばかり掛かってしまった。距離はそれほどでもないはずなのに、アオルタからシエンタまでの日数とほぼ同じくらい掛かったのは登り下りが幾つも続いたことと、山が麓からではわからないほどに複雑に入り組んだ地形で、トウマたちは森の中を予想以上に遠回りをさせられたからでもあった。
ファルトマは独自の警備隊が結成されており、その警備隊が粘り強く取り締まりを行ってきた成果か、野盗や魔物の気配もなく、旅は順調に進んでいる。しかし、その分、危険な任務ばかりこなしていたトウマには、退屈極まりない日々が続いていた。旅が初めてのルークの手前、口にはしなかったものの、欠伸を噛み殺しながら馬を進めていたのだった。
危険もない旅はさぞ楽しいだろうと、トウマは担当のスタイナーを羨んものだが、一方で別の懸念も生まれている。
――でも、こんなのいつまでも続かないだろうな。
危険があるから遠方に旅立つ“配達士”には、高い給料が支払われる。腕の立つ剣士が重宝される。しかし、その危険が去ったらどうなるのだろう。存在価値がアオルタ内を配達する“配達士”と大差なくなくなれば、給料もぐっと下がることになるだろう。
戦争はまっぴらだったし、軍に戻るつもりなど毛頭もなかったが、剣以外の他に自分に合う職も考えにくかった。
重苦しい気分が胸を浸し、いつしかトウマの表情には暗い影が差していた。
「トウマさん、城門ですよ」
ルークの驚いた声に我に返って顔を上げると、目の前には行く手を阻むかのように分厚く堅牢な石造りの城壁や、鉄製の門がトウマたちの前にそびえ立っていた。
“そこの者!”
頭上から声が響き、見上げると城門の見張り台に人の影が複数ある。
“このファルトマは、竜神ファルトマ様を祀る神聖な場所。ただの人間が立ち寄る場ではない。用がないなら立ち去りたまえ!”
「俺たちはアオルタから来た“配達士”です。手紙の配達に参りましたあ!」
人影に向かって叫ぶとトウマは、ルークに荷物から白い布切れを取り出させ、布を大きく左右に振り回した。
これがファルトマに入るための合図だと、担当のスタイナーから教えられている。それで一応の警戒は解いたはずなのだが、不審な点があるのだろう。城門から再び詰問する声が響いた。
“前回の配達からまだ半月も経っていない。それほど早く手紙がたまるものなのか”
「その通りです。今回は1通だけですから」
“たった1通だと!?”
「政府からファルトマ様宛の親書です!」
“……”
「内容はよく知らないけど、挨拶状らしいです。うちらとしたらただの挨拶状だし、たった1通。だけど他の手紙とは一緒に扱えないてのは、俺たちもわかっているつもりです。だから1通でも運んできたんですよ!」
“政府の親書と言えば公文書に等しいものだろう。何故、そんなものを配達士風情が運んでくるんだ”
「風情だろうが、俺たちはプロですよ!」
トウマは語気を強めて言った。もっともらしく見せるための演出も多少あったが、風情と言われて腹が立っていたのも事実だった。
「この地域は比較的安全てだけで、まだ危険が残っているから俺たちがいるんでしょ。馬鹿にするなら良いですよ。帰って侮辱されたと報告しますから!」
“わかった。そこで待ちたまえ”
城門からの声が消えると、そのまま門の奥がしずかになった。誰もいなくなった城門を見上げながら、ルークが口を開いた。
「……シエンタやアオルタと比べると随分とものものしい警備な感じしますけど、他の町もああなんですか?」
「魔物の出現や盗賊と戦っているような町は、どこもあんなんだけど、ここはちょっと大袈裟かなあ」
「僕たちの格好でわかりそうなものなのに」
「まあ、竜神様を守るための警備上の問題を考えると、しょうがないかもな」
話をしている間に扉の奥から人の気配がし、やがて鉄製の扉がきしみを立てて開かれていった。それが決まりなのだろう。いずれもフードつき白いのローブを身にまとった5名のものがトウマたちに近づいてきた。中には女性もいたが、彼らは兵士らしく槍を手にしている。ローブの下には防具らしき小手や鎧らしきものがローブの隙間からチラチラと見えた。
「私の名はパウラ・ラウラ。警備隊の隊長であります」
最初に口を開いたのは女だった。おそらく、この部隊の長なのだろう。褐色肌で動きに無駄の無さから、相当な使い手だとトウマは思った。トウマとルークは馬から降りて、それぞれ名を名乗った。
女は相当の美人ではあったが、険のある目つきに凛々しい顔立ちには近寄り難い雰囲気を醸し出している。ちょっと前のアリサに似ているなとトウマは思った。
名乗りを終えると、パウラはルークに目を向けた。不審そうに目を細めている。
「子どもを連れているのは、どういうわけです」
「見習いでね。こういう機会でもないと、こいつに外の経験を積ませられない」
「……」
「やはり一番の経験は実戦です。パウラ警備隊長殿も、そこはよくわかっていると思いますがね」
「たしかに」
パウラは小さく笑った。
苦笑いとはいえ、わずかだがほころんだ笑顔はルーク少年が見ても魅力的で、きっと素敵な女性なんだろうなと直感的にそう思った。
「ファルトマ様への挨拶状と言いましたね」
「ええ、政府首脳陣からファルトマ様に、交通が復旧したとかで祝いの手紙らしいです」
「今更ですか」
パウラは疑惑の目をトウマに向けた。
「これまで一度も寄越さなかったのに、なぜ急に」
「そりゃあ5年前まで戦争やってましたからね。アオルタから一歩外に出たら、クソみたいな連中が暴れまわっている状況で、それどころじゃなかったでしょ」
「……」
「一部分とはいっても、ようやく安定してきたのはここ1、2年。手紙が定期的に配達されるようになったのも、去年からとスタイナーから聞いています」
「……」
「俺にとっちゃただの手紙ですが、ものがものだ。お返事を聞かなきゃいけないし、直接お渡ししたいんですが構いませんかね」
トウマの質問に、パウラは無言のまま、厳しい目つきでじっと注視している。トウマはパウラの視線を正面から受け止め、むっつりと口を閉ざしている。張り詰めた空気に、ルークや周りの兵士が息を呑んで見守っていた。
「良いでしょう」
不意に丸みを帯びたパウラの声に、周りの重い空気も消え、ルークや兵士たちは思わずため息をついていた。
「直接、ファルトマ様にお渡しするようにしましょう」
「ホントスか。助かります」
「ですが、あなたはあまり口を開かないようにしていただきたい」
「どうして」
「君は端々に粗野な言動が目立つ。不快な言葉でファルトマ様の耳を汚すわけにはいきませんから」
「そりゃどうも……」
頭を下げるトウマを無視するかのように、パウラは身を翻して奥の建物に向かって歩き出した。玉ねぎに似たドーム状の屋根がある建物で、雰囲気から寺院や神殿なのだろうとトウマは思った。
「一応は政府の使いだ。客として寺院の応接間で待たせろ。私は先にファルトマ様への報告にいく」
近くの兵に指示すると、素早い足取りで正面の建物へと入っていった。ルークもパウラの後ろ姿を見送っていたが、声をひそめて話し掛けてきた。
「なんか、おっかなさそうな人ですね」
「その分、腕は立ちそうだ」
「なんだか、レフリムさんを思い出します」
「ああ、君はそっちかあ」
「どういうことですか?」
「俺はアリサちゃんだったからさ」
「ああ……」
言われて共感できる部分があったのだろう。ルークはやけに神妙な面持ちでパウラの後ろ姿を追っていたが、やがてトウマと顔を合わせると、男二人は互いに肩をすくめて苦笑いを浮かべるのだった。




