こんな俺でもね、誰かの役に立ちたいから
トウマ・ライナスら5名の“配達士”が、仕事を完了させて北西部の村ラグナからアオルタへ帰還したのは、午後1時を少し過ぎた頃だった。
ミラルカ局長に全員で帰還報告を済ませた後、厩舎前に集まって、自分たちが扱ったバギーや馬の手入れをしている。アオルタ郵便局には車両の整備士や馬の世話係も何名か抱えているのだが、信頼をするパートナーを労うのは長旅をする者としての当然の役目と彼らは思っている。
トウマも皆と同じく、上半身裸で他の“配達士”らと談笑しながら、馬のコレルを洗っていた。
今回の仕事は村への金品、物資なども運ぶという大掛かりな仕事であったため、他4名の男たちとチームを組んでいたのだった。
「手入れ済んだら、帰りに一杯どうだ」
今回、リーダー役を務めた同僚のニッカ・ボッカが、ジョッキを煽る真似をしながらトウマに訊いた。堂々とした体格に似つかわしく酒好きで、腕も確かな“配達士”のひとりである。
「いいねえ。でも、開いている店あるかな」
たわしを動かす手を休め、トウマが空を見上げた。
陽はまだ高く、ほぼ真上にある。今から1、2時間後に作業が終わるにしても、平日のその時刻から飲ませる店をトウマは知らなかった。あってもバカ騒ぎをするにはほど遠い、品の良い店ばかりである。ぼんやりと思い出していると、俺知ってますよと、シロウというトウマよりひとつ年下の“配達士”が言った。
「三番街の裏通りにタンポポ亭て居酒屋があるんですけど、そこは昼からやってるんですよ」
「じゃあ、まずはそこへ行こうや」
いかにもはしご酒前提でニッカは表情を綻ばすと、いかにも待ちきれないといった様子で、いそいそと自分のバギーの整備をし始めた。トウマはニッカほど酒好きではないが、大仕事を終えた達成感から、同僚たちと祝杯をあげたい気分はある。
今回の仕事では、山賊と化した巨人族のサイクロプス10体がラグナまでの道中にある山を占拠していたため、その相手にしなければならなかったのだ。しかし、ラグナに駐屯する軍をはじめとしてラグナ村の自警団の協力もあって、治癒魔法で治せないような怪我人もなく、無事に帰還することができたのだった。
「ご苦労だったなあ、コレル」
水を浴びるコレルは気持ち良さそうに目を細めている。今は信頼できるパートナーとなったこともあってか、労う気持ちが馬にも伝わるらしい。トウマにすっかり身を委ねている。時々洩らすいななきも、鼻歌でも歌っているように聞こえた。
トウマは10体の内4体ものサイクロプスをひとりで倒しているが、トウマの意思に素早く反応したコレルの働きも大きい。
「ニッカさん、報告書は良いんですか」
トウマと一緒にコレルを洗っていた厩舎係のピミーが、ふと気づいた顔つきで、バギーを整備しているニッカに言った。部隊を編成した場合、報告書はリーダーが作成する決まりとなっている。今回の場合は、ニッカが書くことになる。
「特段、重い負傷者も死人もねえからな。そんな急ぐもんじゃないから、明日にするよ」
「そうですか」
厩舎係側としても、トウマたちが手伝ってくれれば時間が半分で済むから、ピミーもわずかな懸念を示しただけでそれ以上は何も言わなかった。
アオルタ郵便局では、帰還すれば報告書を提出する決まりとなっているが、今回は既に把握されている以外の事案はなかったので、報告内容も簡単なもので済むはずだった。
冬から春に移ろうするこの時期は、朝夕はまだ震えるほどの寒さが残るが、日中、高い陽射しでは作業をしているとじっとりと汗ばむほどになる。厩舎の傍に植えてある桜のつぼみの膨らみや、鳥のさえずりが本格的な春の訪れを予感させた。
「トウマさん、ちょっと良いですか」
事務室の裏口の戸が開いて、アリサ・サーバンスが杖をつきながら近づいてきた。左の義手には一通のA4サイズの封筒がある。随分と練習したたせいか、今は右腕と変わらない動きをしている。
「なに、デートの誘い」
「違います。トウマさん宛の封筒です。アオルタ初等学校からの」
「なんだあ。アリサちゃんからのラブレターじゃないのか」
「何故そんな手間の掛かる作業を、私がしなければならないのですか」
「書いていくうちに、自分の中で気持ちが高揚していくんだよ」
「トウマさんにもそんな経験が?」
「いや、無いんだけどね」
「では、意味がないじゃないですか」
トウマの軽口にアリサの素っ気ない反応。
2人の他愛のないやりとりを、“夫婦漫才”などと同僚からは陰で言われているなど2人はまったく知らないでいる。今もニッカら同僚らも内心、笑いを噛み殺しながらそれぞれの作業をすすめている。
トウマは封筒をアリサから受け取ると、太陽の光で透かすようにして封筒を空に掲げた。劇毒物や爆弾が入っていないか確かめる兵隊時代の習慣が、今も習い性となって残っている。
「トウマがアオルタ初等学校に何の用だ。あそこは12歳以下の子どもが通うとこだろう」
「もしかして、また初等生からやり直すつもりかあ」
「ちげーよ、ルークとリイサのだよ」
仲間のからかいにトウマが苦笑しながら、封筒を自分の荷物の上に置いた。
――何故、リイサは呼び捨てなんだろう。
アリサは自分をちゃん付けで、年下のリイサは呼び捨てするトウマを不思議に思ったが、話の本筋から逸れるし、大したことでもないようなので口を挟まないでいた。
「2人ともまだ11歳だ。頭も良いし、いつまでも“配達士”させといたってしょうがない」
「たしかにルークはともかく、リイサは“配達士”に向いてねえな」
「2人はどうしてるんだ」
トウマがアリサに訊ねた。アリサがその場にまだ残っていたのは、アオルタ初等校からの封筒に興味があったからだろう。
「2人はまだ戻ってきてません。配達の途中と思われます。特に問題ありません」
「そうか」
“黒の国”でルークが手助けしたリイサ・ベルシアことリイサ・ペンシルは、“紅の国”に戻らず、そのままトウマたちと“青の国”で暮らしていた。
家族友人も殺されて、天涯孤独の身になっていたからだ。リイサを拐った連中がまたやってくるとも限らない。一人にするわけにはいかないということで、アオルタまで連れてきたのだった。何よりも彩王朝の末裔という話は、トウマたちを驚愕させるのに充分な話だった。
「リイサ・ベルシア君てことで、しばらく過ごすしかないんじゃないの」
リイサから事情を聞き終え、ミラルカ局長らと相談の末、ミラルカはいつもの能天気な口振りで結論づけた。
見た目は頼りない親父であるが、政府や軍の上層部と繋がりを持つミラルカではあるから、何らかの手配をしているようだが、しばらくアオルタ郵便局で働きながらアリサの家で暮らすことになったのだが、単純な配達仕事は彼女の活発な性格には合わないようだった。
町の地理も家々も驚くほど早く覚えたのだが、単調な仕事は退屈に感じるらしく、仕事中に寄り道してさぼるようになり、ルークが彼女のフォローに奔走したというのも二度ほど耳にしている。活発で物怖じしない態度は生意気と受け取られるところもあるようで、特に一部の女性局員からは眉をひそめられている。
一方で、トウマのような冒険的な仕事に憧れている節があって、旅の話には目を輝かせて熱心に耳を傾けるのだった。
「アリサちゃんはさ、2人を学校に通わせるてどう思う?」
「私も学校に通った経験などありませんが」
「でも、旅で出る俺より、ルークやリイサの2人を君の方が見てるだろ。君の意見を聞きたい」
「でしたら……」
アリサはコホンと小さく咳をして、態度を改めた。
「私はトウマさんの考えに、賛同いたします」
アリサが言った。
少し、強い口調だった。
「ルークやリイサらを通して思うと、同学年の子どもたちと接する経験は大事であると考えます。大人たちや仕事に関わるとどうしても単純作業からしか頼めない。学ぶ道はひとつではないと思いますが、この環境では様々な障壁があり、そして限界があると感じます」
「だよな……」
手にしたたわしにじっと目を落としたまま、トウマは呟いた。
職場を基準にするとルークは当たり前となってしまうが、ルークのような生真面目な少年は稀で、リイサのような移り気な子どもが大半かも知れない。
思い返してみれば、トウマ自身も施設時代では退屈な作業に手を抜くことばかり考えていたし、授業より仲間と無駄話の方が大事だった。自身の子ども時代を振り返ると、ルークのような生真面目な勤務態度には敬意に似た感情がわいてくるのだった。
「いや、意見ありがとう」
「参考になりましたか」
「うん。ただ、本人たちの意思もあるからな。無理矢理てのも可哀想だ。帰ってきたら話をしてみるよ」
「そうですね」
感情を抑えなければならなかった戦場で過ごした成果もあって、アリサはその鉄面皮を崩さなかったが、優しい人だなと心のどこかが温まるのを感じていた。
「そうだ、トウマさん。お訊ねしたいことがあります」
一度は事務所に戻ろうとしたアリサだったが、ふと思うことが浮かんで再び戻ってきた。トウマが水を汲みに水道まで桶を運んできたところで、他の連中から少し離れている。
「どうした」
「肝心の学費はどうするつもりですか。アオルタの学校は高いとも聞いてますが」
「ああ、俺が出すよ」
トウマの返答はあっさりとしたもので、アリサは聞き間違えたのかと思ったほどだった。2度も訊ねたのだが返しは同じだった。
「どうして、トウマさんがお金を出すのですか」
「ルークの親父さんに、あいつ面倒を頼まれたからな。気を使わせたくないから、ルークたちにはこのこと内緒な」
トウマが言った。
「それに、一応は俺の弟子でもある。師匠らしいことはしてないけど、時には弟みたいな気持ちにもなるかな。これくらいはしてやらないとよ」
「……」
「リイサが来たのは予想外だったけれど、俺の貯金と給料なら充分な余裕があるから大丈夫だよ」
「どうして、そこまで……」
言い掛けて、アリサは口をつぐんだ。
自分もかつてはトウマが体を張って、元の上官を殴りに行き、決闘まで覚悟していた男ではないか。
普段のトウマは元抜刀隊とは思えないほどに軽々しい言動をするが、時には損得も考えないで大胆に突き進む。このトウマ・ライナスな美徳といえたが、この腹の太さは何だろうか。
「無理はしないでください。有志を募りますから」
「まあ、その時は頼むよ。心配かけさせて悪いね」
明るく手を振ると、水で溢れる桶を手にしてトウマは自分の仕事へと戻っていった。アリサは隆起したトウマの広い背中を、じっと見送っている。
服を着た時にはわからないが、傷だらけで広くたくましい背中が眩しく思えた。
外見では、そんな感情を一切表に出していないのだが、熱くなった感情のせいで、アリサはしばらくトウマのたくましい背中から目が話せなかった。




