やってやろうじゃねえか
執事のパルネ・ドーロに案内されたサンタクロース屋敷は、大きな建物だったが静かで人気もない。壁にランプが一定の間隔で灯されていたが無い場所もあって、そんなところは他より一層、暗く思えた。
各部屋の木製扉には“庶務課”、“企画課”などプレートがされているところから職場としても使われているようで、家族が住む場所は他にあって、社員が既に帰宅しているのもあるのかもしれない。
3人は2階に上がると、そこがサンタクロースの書斎らしい。鞄を手にした背広姿の男たちが2人ほど部屋から現れ、室内に何度も頭を下げてから扉を丁重に閉めていた。
ジオの姿に気がつくと、ひとりが挨拶をしてきた。
「ジオさん。これから出発ですか」
「ああ、代役がこいつなんだが、その前に、ジジイに会わせて説明もしておかないとな」
「あなたが代役ですか」
「今夜は冷えそうですからね。気をつけてくださいよ」
「あ、どうも……」
ミラルカ局長からは、空から雪を降らすだけさと聞いている。堅い握手をしてくる男に、少し大袈裟じゃないかとトウマは戸惑いを感じていた。
「良いクリスマスになることを期待してますよ」
「お前らも良いクリスマスをな」
男たちが去っていくと、ジオは男たちを見送っているトウマを促して書斎に入っていった。
「ジジイ、テメエの代役を連れてきたぜ」
「来たか。おう、入れ入れ」
書斎から響いた声は野獣が吼えたようで、ジオに負けず劣らずガラもかなり悪く感じた。あれがサンタクロースの声なのかとパルネに問い質す視線を向けると、パルネは微笑を湛えたまま黙っている。どうやらこの屋敷の人間はサンタクロースとジオに慣れきってしまっているようだった。まごついても仕方なく、檻に飛び込む気分になりながら書斎に入った。
「おめえが代役の“配達士”か」
室内では、真っ赤なスーツに身を固めた老人が椅子に座っていた。老人といっても真っ白な髪や豊かな髭がそう思わせるだけで、体つきは樽を連想させる。しかし、トウマが見たところ上腕や大腿部もパンパンに膨れ上がり、贅肉ではなく筋肉のようだった。岩よりも岩といった巨体で、まともな力比べだと敵わないだろうなとトウマは感じた。
「……あなたがサンタクロース?」
「まあな。ま、本名は別にあるんだが、これやっているうちにその名称が定着しちまったからな。今はサンタクロースで通している」
「はあ……」
「しかし、なかなかの腕前のようだな」
「ああ、“配達士”は元軍人が多いからな。テメエの代役も充分果たせるだろうさ」
ジオの言葉に、サンタクロースはトウマを観察するように目を細めた。
「そういや、名前を聞いてなかったな」
「トウマ・ライナスと言います」
「おめえかあ」
トウマがびっくりして仰け反るほど、パンと高い音が室内に鳴り響いた。
サンタクロースが、自分の丸太のような太ももを手のひらで強く叩いた音だ。
「俺ぁ知ってるぜ。元抜刀隊の三番隊隊長。ベガルシアでならず者どもや、人食い蜘蛛を倒した“配達士”てな」
サンタクロースはほっほと愉快そうに笑った。しかし、その笑みは不気味で悪党が獲物を見つけて笑っているようにも見える。
「おめえが代役なら頼もしい。“氷竜”キャロルの相手も問題なさそうだな」
「え?」
氷竜とはいったい何の話なのか。トウマは自分の耳を疑って呆気に取られていた。
「何ですか。“氷竜”キャロルて」
「何だ、知らねえのか。上空だけに棲みつく氷の竜で雲の上で寝る。竜としちゃ小型だが、口から吐く“氷炎弾”は……」
「いや、キャロルは知ってますよ。それよりも何ですか、相手て。雪を降らすだけとミラルカ局長からは聞いてませんよ」
「キャロルを橇に積んだ“餌”で、空におびき寄せるんだよ。去年も“氷炎弾”をジジイが鉄のような拳で打ち砕いたもんだ」
ジオは前足の蹄でボクシングする真似をしている。
「あの雪はな、キャロルが吐いた“氷炎弾”を、ジジイの拳で砕いて降らしたもんなんだ」
「……」
「キャロルの氷の煌めきが一番美しくて評判が良いんだ。倒すてわけじゃないといっても油断はできない相手だから、お前みたいな腕の立つ奴に頼んだんだよ」
「……」
「そんなの、みんな知っていると思ったんだがな。本当に知らなかったのか」
「初耳ですよ」
トウマが言うと、ジオは首を傾げて空高いから、地上からじゃ見えないかなと他人事のように言っている。
「ま、秘密にするものでもなきゃ、ことさら自慢する話でもねえからなあ」
「だったら、ルーク君やアリサちゃ……うちの若い職員が代役に手を挙げた時に説明してくれれば」
「知っているとばかり思ったもんだからよ。舐めてんなコイツらくらいしか思わなかったなあ。そう考えると、あいつらにも言い過ぎたかな」
「……」
「こんな話はいちいち説明しねえと、意外と世間には出回らねえのかもなあ」
ジオがあっけらかんとした口ぶりで話している間、サンタクロースが髭を弄りながら天井を見上げている。姿勢を正すと、まっすぐにトウマに視線を向けた。
「……で、どうすんだい。逃げるつもりかい?」
「逃げる?」
サンタクロースの言葉に、トウマの眉がピクリと動いた。
「アンタの腕を買っていたつもりだったが、どうも二の足気味だ。人気イベントと言っても、俺が勝手に始めたことが何となく今も続いているだけだ。今夜は中止としてもがっかりする奴はいても、損害賠償まで発生するわけじゃねえからな。逃げるてならしょうがねえ。俺も歳だし、今年は諦めるよ」
「何言っているんですか。逃げるなんてしませんよ」
トウマは沸いた怒りの感情そのままに、口走ってしまっていた。普段なら挑発に乗るようなトウマではないが、ためらいや迷いに不満があったのは事実で、そこをサンタクロースに見抜かれたことと、サンタクロースの挑発が自然だったので思わず乗ってしまっていた。
「キャロルの“氷炎弾”ぐらい、なんてことないさ。俺の刀で粉砕してやりますよ」
「やれんのか?無理しなくても良いぜ」
「やってやりますよ」
トウマがきっぱりと言うと、サンタクロースは大きく頷いて、再び自分の太ももを叩いた。力が増したのか、前よりも大きく響いた。
「よし。良く言った。お前、“漢”だよ」
「……」
「衣装や装備品は用意させる。裏庭に覆いがしてある橇が置いてある。その中にキャロルを誘き寄せる“餌”があるんだ」
「中身は」
「拡声器だ」
「拡声器?」
「あれを使う」
サンタクロースは顎をしゃくり、部屋の一角を指示した。部屋の隅には重量感のある木箱の上にラッパのようなものが備え付けられている。軍では何度も見たからトウマには珍しくもないものだが、最近になって一般にも普及し始めた。
「あれは……蓄音機?」
「こいつを拡声器に繋げて大音量を流す。すると、奴は音楽に誘われてやってくるんだ。ま、俺たちに襲いかかってくるから、実際に好きか嫌いか知らんがね」
「何の曲です」
サンタクロースが口の端を歪めた。
「ジングルベルだよ」
※ ※ ※
「……寒いですね」
荷台の中から、ルークがわずかに顔を覗かし周囲を見渡した。周りには物置小屋や馬小屋が建ち並び、空から照らす月明かりが煌々(こうこう)と大地を照らしている。夜空の星ぼしも賑やかに輝きを見せていたが、ルークの心の中は虚しさで荒涼とした風が吹いている。寒さは外の冷気のせいだけではなかった。
「我慢しなさい」
ぼやくルークを傍らのアリサ・サーバンスが鋭く叱った。
「おそらくトウマさんたちは、この大きな橇を使うはず。ここに身を潜め出発を待ちましょう」
「でも、サンタクロースて贈り物を配るはずでしょ。なんでこうごてごてした機材ばかりなんです」
「拡声器のようです」
「拡声器?何に使うんです」
「私にもわかりません。わからないものを、あれこれ考えても無駄」
「まあ、そうですね」
反論するのも面倒になって、適当に相槌を打った。しかし、覆いの隙間から忍び寄る冷気がルークの体を震わせる。いよいよ寒さは本格的になってきたようだった。
「そんなに寒いのですか。私は東部戦線のある任務で、荒野に潜んで三日三晩耐えた経験ありますが、刺すような寒さに比べれば何ともありませんよ」
「僕はアリサさんと違って、そんな経験してないんですよ」
「そうですか」
言うなり、アリサはルークをぎゅっと抱き寄せてきた。唐突な行動にルークは声を挙げることすらできなかったが、アリサの衣服を通して伝わる奇妙に柔らかで温かな感触が、ルークの意識は飽和状態となり反応を奪っていた。どこにあったのか、アリサはシーツで体を覆うと更に暖かさが増していく。
「少し古いですが、ちょうど良いシーツがありました。これで互いの体温で暖めあえば寒さも和らぐでしょう。どうですか、ルーク」
「は、はい。あったかいです……」
「そうですか。実を言うと、私も暖かく感じます」
「……」
「出発までそろそろ時間といったとこでしょう。あと少しですから、頑張りましょう」
「は、はひ……」
クリスマスもレフリムのパーティーも、これまでの不満もどうでも良くなっていた。ルークはアリサの体の感触と温もりに、すっかりと身を委ねて幸福感に浸っている。
――トウマさん、怒るかな。
こんなところをトウマに見られたらどうなるか。情けない表情を浮かべているだろうトウマ・ライナスを考えるだけで気の毒な気持ちになっていたが、その一方で、ルークはアリサの豊かな胸の感触と体温を存分に感じていたのだった。




