バカな大人
絵本や小説、演劇に広告などの世間で知られているイメージから、トウマも世間と同様にサンタクロースの家は、山奥の丸太小屋というイメージを持っていた。
だが、クリスマス当日の夜、トナカイのジオに案内された場所はアオルタの郊外で、徒歩でも行ける場所にある。着いた先は広大な庭がついた2階建ての屋敷だった。富裕層が住む地域で、似たような広い庭つき立派な屋敷が建ち並んでいる。月夜に照らされて家には手づくりのクリスマスの装飾品が煌めいていた。
「たしかに大昔は山奥にいたが、魔物が棲む山よりアオルタに居住していた方が気が休まる。それに他にもグッズやイベントを手掛けているから、ここの方が便利だ」
「イベント?」
「年に一回だけの雪降らしているだけで、こんな屋敷に住めるわけないだろ。クリスマスの他に、ハロー・ウィンのマラソン大会や祭り関連の会社立ち上げて、それが軌道に乗ったんだ」
「ハロー・ウィンのマラソン大会て、おたくらが関わってんだ」
ハロー・ウィンとは毎年10月の末日に行われるイベントで、クリスマスと同様海外から入ってきた祭りのひとつである。元は先祖の魂を鎮めるものらしいが、この大陸では形を変え“勝利の日”として定着し、様々な競技大会が開催されている。マラソン大会もそのひとつで、出場者はかぼちゃを模した被りものを被って走り、給水所では水の代わりにお菓子を食べるのがルールとなっている。
アオルタでは人気イベントだが、トウマは当日行われるプロレスイベント“A1GP決勝”と格闘技大会の観戦をはしごするのに忙しく、観に行ったことも参加したこともない。
ゆるやかな微風がトウマの体を拭い、運ばれてきたその冷気に思わず体が震えた。どこかでクリスマスパーティーをしているのだろう。風は賑やかな笑い声とクラシックな音楽も運んできていた。音楽や笑い声を聞いている内に、寒空の下で俺は何をやっているんだとトウマは物悲しくなってきた。
――今ごろ、アリサちゃんとルーク君もパーティーかな。
鼻をすすりながら、ぼんやりそんなことを考える。
アリサやルークだけでなく、アオルタ郵便局の連中も今頃はクリスマスパーティーの真っ最中なはずだった。
今回のパーティーはレフリムが主催したもので、ジオの暴言に憤慨したレフリムがクリスマス当日に急遽思いつき、「サンタが降らせる雪なんぞ忘れるほど楽しむ」と、ジオへの意趣返しも含まれているらしい。
レフリムの家は資産家で、アオルタ郵便局の職員を招くのにも支障のない屋敷と大広間などがある。どちらかというと、そんな金持ちの令嬢が何故に郵便局勤務なのかとレフリムに疑問を持つくらいなのだが、とにかく全員を誘ったというからアリサとルークもパーティーに参加しているはずだった。
「トウマよ。寒いのはわかるが、空にあがるともっと冷えるぜ。ジジイはそれを何十年もやってきたんだ」
「……」
「多くの連中がサンタクロースの登場を楽しみにしている。俺たちも誇りに思わなくっちゃな」
局の人間に嫌われたことを知らないトナカイのジオが言った。気を取り直して、トウマは小さく咳をして話題を少し変えた。
「しかし、俺もこの地区には配達に来たことあるが、アンタを見掛けたことがないな」
「そりゃ使用人がいるからな。雑用は彼らがやってくれている。それに配達仕事なんて、朝や夕のほんの一瞬だろ。出会える可能性のが低いぜ」
「……まあ、それもそうか」
「来な。ジジイに会わせるぜ」
トナカイのジオは、颯爽とした足取りで邸内に入っていく。トウマはその後ろをついて歩いた。庭に入ると蹄の音で気がついたのか、屋敷の玄関からタキシード姿の老紳士が表れて、トウマ達を出迎える形で微笑のまま静かに佇んで待っている。
「お帰りなさいませ、ジオ様」
「おう、パルネ、帰ったぜ。ジジイは書斎か」
「はい。役員の方々と今夜のクリスマスイベントの打ち合わせをしております」
「そうか。で、橇の調子は」
「はい。何ら問題もありません」
「よし」
ジオは大きく頷くとトウマの裾をつかんで、パルネという老紳士の前に押し出した。
「こいつがジジイの代役だ。“配達士”トウマ・ライナスという。大事な客人として丁重に扱っててくれ」
「ど、どうも。トウマ・ライナスです」
「この家の執事をしているパルネ・ドーロと申します」
パルネは執事らしく、恭しくお辞儀をして、2人を中へと導きいれた。屋敷の中へと入る3人の姿を、門の陰からじっと見つめる2つの影がある。
アリサ・サーバンスとルーク・ターレスの2人だった。二人とも出勤時の服装で、パーティーに出席したという様子はない。トウマが屋敷の中に消えたところで、ルークが白い息を吐くとともに口を開いた。
「こんなとこ、みんなに黙ってきちゃって良かったんですか」
「抜かりはありません。私とルークは明日、休みになっています。思う存分、我々の活動に集中できます」
「勝手に勤務いじって、いいんですか」
「私は事務員。勤務調整するのもわけはありません」
「こんなことより、レフリムさんのクリスマスパーティの方が良かったと思うけどなあ」
ぼやくようにルークが言った。
「レフリムさんの家てお金持ちなんでしょ。たしか、この近くだったはずですけど」
「ルーク・ターレス、情けない。それでもあなたは男ですか」
アリサがキッとルークを睨みつけた。
「あんな口汚いトナカイに、女性と子供は要らないと言われて悔しくないのですか。私はこれほど腹立たしく感じた記憶はありません」
「だから、レフリムさんがクリスマスパーティーにみんなを誘ってくれたんじゃないですか。せっかくのご厚意を直前で断るなんて」
「断った方は私以外にもいるではありませんか」
「そりゃ、家族や彼氏彼女持ちの人もいますからね。既にレストラン予約しちゃったとか、家族とゆっくり静かに過ごしたいという人もいるでしょ。僕らは特になにもないじゃないですか」
「私の性格をレフリムさんも周りもよく知っています。断ってもいつものことだと誰も気にもしないでしょう」
「……それ、自分で言っていて、さみしくないですか」
「……たしかに」
ルークに指摘されてはじめて気がついたのか、アリサは悄気てみせたが、それも一瞬のことで顔をあげると、義手の左腕で握り拳をぐっと突き上げてみせた。
「私もかつては“戦乙女”と呼ばれた魔女の末裔アリサ・サーバンス。こんなことで負けません、めげません」
「……心意気は良いと思いますが、結局アリサさんは、なにをするつもりなんですか」
「歩きながら考えますよ」
決然とした口調で立ち上がると、アリサは門を潜って庭へと入っていった。“魔族”の末裔であるルークは呆気にとられたままアリサの後ろ姿を追っていたが、ようやく出てきたものが重いため息だけだった。白い息がルークの顔を包んだ。
「意外とバカなのに、行動力だけはあるんだなあ……」
「誰がバカですか」
ただの呟きのつもりだったが、はっきりとした声となってアリサに聞こえてしまったらしい。憮然としてルークに強い視線を向けている。
ルークは慌てて手を振った。
「いや、あの、バカになれて言葉がありましてね。アリサさん、知ってます?」
「……いいえ」
「アリサのひたむきな行動力にそれを思い出していたんですよ」
「なるほど。バカになれ、ですか……」
「……」
「良い言葉ですね」
鋭かった語気が急にやわらいでアリサは再び歩き出した。表情にさほどの変化はないものの、これまでの付き合いで、アリサの機嫌の変化もわかるようになってきている。ルークの出鱈目な説明に納得しただけでなく、むしろ上機嫌になっているのもわかっていた。ほっとルークは安堵の息をついた。
――ホントにバカなんだなあ。
今度は口には出さなかったものの、そんな単純さが心配にもなってくる。世話の焼ける大人だなと思いながら、ルークはアリサの後を追いかけた。




