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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
食人鬼

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31/203

きっと、大丈夫

“うわああああっっっ!”


 顔面から地面に叩きつけられ、ギンタは顔から火が出るような衝撃と鼻から生温いものが流れでる感触があった。身体中は傷だらけで肩で息するありさまだったが、それでもギンタは立ち上がって蜘蛛にしがみついていく。最初は軽く相手にしていた蜘蛛もギンタのしつこさにうんざりしたらしい。標的をギンタに変え、今度は自分から体当たりを仕掛けてきて、ギンタの巨体を軽々とはね飛ばした。


“……!”


 大気を揺るがすほどの凄まじい衝撃に、ギンタが地面に叩きつけられると、ギンタの体の周りにポンと煙が噴き上がり、次には子狸の姿に戻っていた。


「ギンタ!」

「おい、終わったのか!?」


 トウマが語気を強めた。


「う、うん!」

「すぐに離れろ。吹き飛ばされるぞ!」


 言うが早いか、トウマの指先が円を描いて魔法の印を結ぶと、手の内に凄まじいエネルギーを蓄えた火球が生じていく。トウマがやろうとすることに子狸たちの顔からみるみる青ざめていく。


「そんな威力を間近で使うなんて、無茶だよ!」

「うっせえ、時間がねえんだよ。早く離れろ!」


 刹那、カッと強烈な光が広がったかと思うと轟音とともに、灼熱の爆風が四散していった。

 ブスブスとした黒煙が空にあがり、村人や狸たち蜘蛛でさえも突然の事態に動きが止まっている。やがて、煙の奥から人影が浮かび上がると低い声がした。


「……今度こそ」


 乾いた声だったが地上にいる者は、それが誰の声かははっきりとわかった。


「今度こそ、ケリをつけるぜ。この野郎」


 自身の魔法で全身黒焦げとなっていたが、目はギラギラと異様な光を帯びている。再び刃に炎をまとわせると、蜘蛛へと目掛けて跳躍した。


 ――キィヤアアアアッッッッ!!


 巨大蜘蛛は“音”を発すると、リサの肉体が頭上から突進してくる。リサの体には両手がなくなっていた。

 いかに強大な爆発に巻き込まれたといっても、自身が無事なくらいには制御している。にもかかわらず、リサの負傷の仕方がトウマには異常に映った。皮膚ば焼けただれ、体から強烈な腐臭がトウマの鼻腔を刺激した。


「アハハハハッッッッ!!」

「畜生が!」


 トウマが身を反転させると、振り向き様にリサの頭上を存分に薙ぎ払った。

 リサをつなぐ蜘蛛の糸がぷつりと切れるとリサは急に無言となり、飛び火した炎によって一瞬にして包まれ、そのまま地上に落下していった。トウマはそのまま身を(ひるがえ)し、八双に刀を構えた。


「この俺に、2度も通用するか!」


 トウマは思いっきり刀を振るうと、刃は蜘蛛の頭部を深々と切り裂いた。刀身の炎が蜘蛛の体を焼き、やがて大量の血を噴き上げならが倒れていった。

 炎は瞬く間に蜘蛛を侵食し、血煙も炎の熱によって蒸発していく。


「す、すげえ……」


 村人たちは蜘蛛の死骸を前に佇むトウマの背を目を見張っていたが、突然膝から崩れるのを見て急いで駆け寄った。


「おい、大丈夫かよ!」

「問題ない。疲れただけだ」

「問題ないって……、ひでえ火傷してるじゃねえか」

「俺の傷は自分の魔法で治せる。それよりあの子狸……、ギンタの面倒と応援を呼んでこの火の始末を頼む」

「お、おう、わかった」


 村人たちはそれぞれに散って、後にはハクが一人残っていた。魔法で治癒するトウマの隣に立ち、炎に焼かれるリサをじっと見つめている。


「申し訳ない、ハクさん。ああするしかなかった」

「いえ……」


 ハクは沈んだ声で言った。


「トウマさんが正しかった。謝るのは私です。感情に任せて、あなたを恨んだことを深く恥じております。申し訳ない」

「……」


 トウマも慰めの言葉が見つからず、焼かれるリサを眺めるしかできないでいた。やがてハクはトウマに一礼すると、背を向けてどこかに去っていった。


「ご苦労でしたな」


 タイミングを見計らっていたのか、入れ替わるようにして狸の長老が(ねぎら)いの言葉を掛けてきた。


「おたくのギンタや子狸たちのおかげで助かったよ」

「これで調子に乗らなければ良いのですが……」


 老人らしい余計な懸念を示しながら嘆息をすると、長老は思い出したように蜘蛛へと目を向けた。


「しかし、あの蜘蛛は我々とは反対に、少数で動く人間を狙っていたんでしょうな。我々は隠れ蓑にされたということですか」

「リサを食って、人間の味を覚えたのかもしれない」


 思いついたことを口にしてみると不快さしかわいてこず、トウマは自分の発言にチクリと胸に痛みをおぼえた。


「やはり、戦争による魔法の影響でしょうか」

「だろうな。棲みやすい場所を求めてハクさんの馬車に紛れ込み、この森に来て正体を現したわけだ」

「あの娘も蜘蛛に操られ、哀れなものですな」

「ああ……」


 操られているというのは確かだが、体から腐臭を漂わせ、支離滅裂かつ機械的な言動を繰り返していたリサを思い出すと、もっと禍々しいもののようにトウマは感じていた。

 おそらく蜘蛛は利用できるリサの外皮や脳に骨といった部分を残し、中身は蜘蛛の糸のような蜘蛛の体液を詰めていたのだとトウマは推測した。

 脳を操り、決まった言葉を言わせることで旅人たちの警戒心を解く。死んだ後も擬餌として利用されたリサが哀れだったが、忌まわしい蜘蛛から解放されたことで、せめて魂が安らいでくれればいい。

 トウマとしては願うしか他なく、リサから立ち昇る煙をずっと追い続けていた。


  ※  ※  ※


 巨大蜘蛛との激闘から一夜明け、村の外までアルルカ村の村長とハクがトウマを見送りに来た。東の尾根から顔を出したばかりの朝の太陽が、トウマたちや村の家屋を鮮やかに照らしている。


「簡単には言い表せないが、君のおかげで我々は救われた。感謝する」

「みんなの協力があってですよ」

「それにしても、もう1日くらいは休んでもいいのではないかな。しかもこんな朝早くに。ここの村には私からも言っておくから」


 村長が気の毒そうに顔をしかめた。

 トウマたちがいる場所は、アルルカ村ではなく麓の村である。蜘蛛を倒した直後、村人たちはそれぞれアルルカ村や麓の村に応援を呼び、火の始末にあたっていたのだった。そのおかげで火は森の一部を焼いただけで済んだ。その後、麓の村に降りて久闊を叙す祝杯を挙げたのだった。

 現在、ほとんどの村人は酔いつぶれて寝入った状態で、見送りに出てこられたのも村長とハクだけだった。もっとも、村長は下戸でハクは一滴も酒を飲まなかったからだが。


「こう見えて、見た目よりは良いんですよ」

「旅に慣れている君がそう言うなら、無理に引き止めはしないが……」

「それより、狸たちとうまくやって下さいよ」

「狸なあ」


 村長は苦笑いした。


「昨晩も村の者とも話していたが、狸鍋はもうできないよ」

「俺もですよ」


 トウマは軽く笑い返すと、ハクに視線を移した。昨晩は、ひとり村の片隅で悄然(しょうぜん)としていたが、今朝はどこか明るく、肌の艶も戻っている。


「ハクさん、お元気で。他に何と言ったらいいか……」

「大丈夫ですよ。私にはやることがありますから」

「そうですね。奥さんのこともありますし……」

「それだけじゃありません」


 ハクは微笑んだ。リサとどこか似ている笑顔だと思った。


「今回の事件は我々だけの問題ではありません。私たちのように、知らないところで今も犠牲になっているかもしれない」

「……」

「私はリサや犠牲になった者の死を無駄にしないためにも、町や村をまわり団結してあたれるよう、世間に訴えていくつもりです。……先は長く、妻のこともあるので、もう少し落ち着いたらですが」


 ハクの瞳が輝いて見えるのは、朝日に反射しただけではないだろう。強い意志を言葉の端々からも感じることができた。


「頼みます。俺も報告書にまとめますから」


 そう言って、トウマはコレルに(また)がった。

配達士(ポストマン)”は遠方地への配達後、報告書を書くことが定められているが情報収集の一環ともなっていて内容次第では、政府まで報告書があげられることがある。今回の件は腰の重い政府でも見過ごせないだろうと思っている。


「じゃあ、お元気で」


 トウマが手綱をコレルを走らせた。少ししてから振り返るとまだ2人が見送っている。

 トウマが手を振ると、ハクは大きく手を振り返してきた。


「お元気でーーー!!」


 相当な距離があるはずなのに、精一杯に叫ぶハクの声がトウマのところまで気持ちよく響いた。





“食人鬼”編・完

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