あるがままで良い。
手先や駆逐などと威勢の良い言葉を放ったリイサに対し、ラムザは心の中で小娘がと罵った。
怒りによって頭に熱は帯びたものの、周囲の状況を見定めるほどの冷静さは十分残っていて、激怒や逆上というほどではない。
ただ、リイサの指摘が思ったよりも的を射ていたようで、ほんのわずかに苦しみや後ろめたさを感じてしまった自分や、指摘してきたリイサに対する不愉快さが残った。
ラムザは鋭い舌打ちをすると、まだ周囲に残っている兵士たちに眼光を浴びせた。
「貴様らと、これ以上は戦っても意味がない。大人しく仲間の面倒でも見ていろ」
しかし、ラムザの眼光を浴びても兵士たちは退く様子は無く、じりじりと足を横に移動させて、むしろ機をうかがう気配さえあった。先ほどまでの怯えきった表情は消え、瞳には強い光が戻っている。重火器類は通用しないと覚ったのか、兵士たちは皆、剣を構えていた。
——ここまでとはな。
これがあの小娘の力かと、ラムザは目を細めた。
剣を構える兵士たちの体から、白い光の粒子がゆらゆらと立ち昇っている。彼らだけではなく、パウラやルーク、斃れた兵士たちの肉体からも似たような光が生じていた。リイサの“鼓心彩音奏”が再び発現したことを示す光だった。
生きている者に力と勇気を与え、瀕死の人間を全快、死を免れない者には安らぎを与える。
生存者だけではなく死者にも何らかの影響があるのか、遺体から立ち上る光の粒子は宙で拡散し、生きている兵士たちに舞い降りて光が増幅されていく。
人の心に影響を及ぼし、術者が定める目的へと向かわせる。
その部分だけ切り抜けば、シーリングから話に聞いていたホルソ・コードの“隷我屍心”と似ているのかもしれなかったが、共通点はそれぐらいだった。ホルソのそれは対象の意思を強制的に奪い操り人形と化すのに対し、“鼓心彩音奏”はリイサの無意識下で発現する自動魔法である。共感する者に力と勇気を与え、言葉に虚心や誠実さが籠っていなければ効果は無い点などまるで違っている。
その“鼓心彩音奏”が発現したということは、先ほどの威勢の良い台詞も虚勢ではなく、相当の覚悟を以て口にした本心なのだろう。
「貴様らの強い意志には感心するが、既に兵を半数近く失っている。戦車部隊も全滅して鉄の棺桶だ。それでも、まだ死体を増やすつもりか」
「さっきのリイサとの話をもう忘れたのか」
ルークが言った。
「“彩花衆”は信用できないと言ったはずだよ」
「……仕方ないな」
無造作に佇むラムザがわずかに腰を沈めたのを見て、パウラとルークもそれぞれ身構えた。重い沈黙が両者の間に流れた。
先に動いたのはラムザだった。
周囲にいた兵士たちを吹き飛ばし、砂塵を巻き上げて爆進するラムザに対し、パウラとルークも臆することなく前へと出た。先行してパウラの左腕から“蛇甲連鎖”が放たれたが、ラムザは地面に軽々と叩き落とした。しかし、それは囮だったようで“蛇甲連鎖”の尖端が地面に突き立てられると、魔法の鎖は一気にパウラを上空へと躍り上がらせ、懸河の勢いでラムザに迫った。地上では、脇構えに剣を構えたルークが疾駆してくる。
ただの直進するのではなく、挟み撃ちの恰好でパウラとやや反対側——ラムザの左手側——からだ。2人にとって得意とする連携攻撃で、勢いに呑まれてほとんどの相手は後手となる。カラウスリア州を荒らす数々の盗賊をも倒してきたが、ラムザは冷静だった。
ラムザは地面に突き立てられた“蛇甲連鎖”を掴むと、地面に向かってぐっと引き落とした。パウラの体を引き寄せていた“蛇甲連鎖”が大きく弛んで、パウラの体勢が崩れた。その間に、ルークが既に接近して剣を振るいかけていたが、ラムザが掴んでいた“蛇甲連鎖”に弾かれ、同時に反転して放った後ろ蹴りで、ルークの体は宙に軽々と飛ばされていた。間髪入れずに、数人の兵士たちが斬りかかってきたが、拳と蹴りで一蹴した。
だが、そこに隙が生じた。体勢を崩されたパウラは、直接の攻撃から切り替えて雷撃の魔法で応戦することができたが、ラムザには攻撃魔法を無効化させる力が備わっている。パウラの雷撃はラムザには到達する直前に拡散されてしまい、突進してきたラムザの連撃によって、地面に叩きつけられてしまっていた。
「貴様も相当な使い手なようだが、魔法に関してはアリサという女ほどではないな」
ようやく笑みを浮かべる余裕が持てたと思えた刹那、尋常ではない圧力が間近に迫っていることを察知し、ラムザの口が固く閉じられた。
弾き飛ばしたはずのルーク・ターレスが、右肩に剣を担ぎ、猛然と疾駆してくる。
姿を認める間にも、ラムザは自分の間合いまで潜り込んでくるほどに近接していた。
「こいつ……!」
「ずあっっっっ!!!」
ルークは踏み込むと、咆哮しながら横殴りに剣を振るった。その刃は鋭く、ラムザは避けられないと感じた。ラムザも前に出て、眼前のルークに目掛けて炎の魔法を放った。猛烈な爆風が巻き起こる中、互いにすれ違う恰好となった。一瞬、2人の姿は濃い土煙に隠れてしまったが、逃れるようにラムザとルークが現れ、土煙を間にして2人は離れた。
「くそ、あと一歩のどころで……!」
「……」
ルークは悔しそうに歯ぎしりをし、ラムザはルークを睨みながら右の脇腹を抑えている。
抑えた手の下から、ぬらりと赤い血が流れ落ちていく。
ルークの一撃は、間隙を見事に突いたもので、致命傷になりかねないものだった。だが、ラムザは違和感を覚えた。脇腹を斬られたと言っても傷は浅傷である。間合い、踏み込むタイミング。剣の鋭さ。薄い脇腹という位置。本来なら絶命しかねないものだったのに、受けた傷はラムザの回復力なら、瞬時に修復できるものだった。
悔しがるルークの様子からけっして、手加減などしたわけではないだろう。しかし、避けたという感覚がラムザには薄い。理由はどうあれ助かったという言葉が脳裏を過ると、違和感の他に子供相手に手を焼いている自分に苛立ち、次第に腹も立ち始めていた。
——いい加減、面倒になってきた。
埒が明かない。
闘神と畏れられた自分が、何故、何のためにここまで力を抑え込み、気を遣わなければならないのかと思い始めている。
かつての宿敵の末裔と竜族の娘は、まだ疲労も見せず、一旦は士気を落とした兵士たちも、リイサの“鼓心彩音奏”によって体力と戦意を取り戻し、機を窺っている。そして、リイサ・ペンシル。
リイサからは、王たる資質を確かに感じる。
天空城に王として連れて行くためにも、リイサを傷つけてはならない。
自身が頭では理解していても、ラムザは納得しがたい感情までは処理できないでいた。
リイサは“彩花衆”に与することを拒否している。トランスはお飾り程度に考えているのだろうが、人物を過小評価し過ぎている。大人しくするどころか、このまま連れて行っても将来、“彩花衆”に害を成す。
そんなリイサ・ペンシルは、自分の身など考えずに戦えと言う。
相手がその気なら、それで良いのではないか。
そちらが望む通りに、こちらも存分に戦ってやろうではないか。
トランスが何か文句を言ってくるだろうが、相手は覚悟を決めて戦っていたとぶん殴れば黙り込む。他の閣僚も学や弁は立つだろうが、トランスを八掛けした程度の人物で、どれもこれも鼻紙より軽く薄っぺらい。
天下のことなど知ったことか。
——どうせ、長くは付き合えん連中だ。
ただ1人、シーリングに対しては申し訳なさがちょっぴりあったが、何事か成したいと野望があるなら、良い試練になると思い込むことして後ろめたさを無理矢理封じ込めた。
ラムザは傷が修復されたのを認めると態勢を立て直し、行く手を阻む形で身構えるパウラとルークを飛び越えて、リイサへと視線を向けた。
リイサは累々と横たわる死体の山の中で、ひとり佇んでいる。
ラムザがカッと赤い口を開いた。
「リイサ・ペンシル。貴様の覚悟というものは、どうやら本物のようだ。褒めてやる。子供の身ながら大したものだ。だが、こうした戦いも長引かせるだけで、そろそろ飽きてきた。もう決着をつけたい」
「……」
「先ほど、貴様はこいつらに、自分の身を考えずに戦えと言ったな」
「……」
「たしかに、縛られていては十分に働けん。私もそうすることにした」
言い終わると同時に、ラムザは全身から自身の魔力を解放させていた。
ドンという重苦しい音とともに、ラムザから生じた膨大な魔力の波動が大地や空を揺るがした。
「パウラさん……」
呼び掛けた声に強張りがあるのが、ルークは自分でもわかった。
ラムザはわずか百メートルほど先にいる。
ラムザの闘気とも言うべき魔力を浴び、ルークとパウラの体を今までよりも、凄まじい緊張感が縛りつけようとしていた。ラムザが魔力を発する場面はこれまでに何度かあったが、今度の力はそれまでとは質がまるで違うと直感した。
「このまま押し返せるかと思いましたが、なかなか厳しいかもしれませんね」
パウラはラムザを注視しながら、レモネを呼んだ。
レモネは戦いの最中、パウラの鎧と背中の間に隠れてしがみついていたのだが、呼ばれるとおそるおそる顔を出してきた。
「女王陛下はバカだから、自分の身を考えずに戦えと言ってくれたが、やはり無理な話だ。レモネはリイサの傍にいてくれ」
「でも、ウチの魔力なんて、たかが知れとるで」
「お前も“鼓心彩音奏”の影響で力がかなり増している。これから火山の噴火や災害クラスの事態が起きるだろうが、それでも、きっとリイサを守れる」
「……」
「“鼓心彩音奏”の影響があるとしても、親衛隊がどうなったかわからん。何よりお前が傍にいてくれたら、私たちもリイサが求めるように存分に戦える。頼む」
「……わかった」
レモネは強く頷くと、リイサの下へと飛んでいった。




