誇りと使命とともに
ラムザが放出した魔力の波はリイサも呑み込み、狂暴な熱気がリイサの小さな体を圧していた。ラムザの瞳は遠目から見ても異様なぎらつきがあり、眼光がリイサを刺してくる。
凄まじい魔力というのは変わらないが、殺気というものだろうか、質がそれまでとまるで違う。精霊の力ではなく、自身の精神を具現化する現代魔法は、精神の力が源となる。精神の状態も大きく左右するが、闘いの神と名乗るラムザの場合は、魔力と言うよりも闘気と言い換えても違和感がない。
もう考えないと言ったラムザの言葉は、真実だろう。
だが、それでもとリイサは思う。
——それでも、負けない。
負けてたまるかとリイサ・ペンシルの握りしめた拳に、さらに力が籠められた。
兵士たちは各国の精鋭であり、パウラとルークもまだ疲れを見せてはいない。その中でも、ラムザに一太刀浴びせたルークの動きは尋常ではなかった。まだ、相手が力を加減していたという部分を考慮しても、ラムザを倒すのに、あと一歩のところまできていたのだ。
この勢いのまま一丸となれば、ラムザを撃退し、その後方で様子を窺っている“彩花衆”も、撤退せざるをえないだろう。
「あの2人がいるんや。安心しいや」
不意に聞こえたレモネの声に驚くリイサの表情を察して、あんたを守れとパウラに言われたんやと返した。
「守ると胸張って言えるほど大した力はあらへんけど、これ以上、リイサに余計な傷をつくらんくらいには頑張るで」
「ありがとう。ボクもレモネが近くにいてくれるだけで助かるよ」
リイサが言うと、それはウチも同じやと照れ臭そうにレモネが言った。
「正直言うとな。戦いについていけんくて、怖くてしょうがなかったんや。少しでも離れられてほっとしとる」
「……」
「でも、ウチは無理でも、ルークとパウラなら大丈夫や」
「そうだね。ルークとパウラなら、きっと……」
負けないと思いながらも、レモネのように口にまではできなかった。
根底にある想いは、確信ではなく祈りに等しい。“祈りは口にすると、寝言のように神が笑う”とは村に伝わる言い伝えだが、藁をも掴むような想いと覚悟が今のリイサを支えていた。
あまりに意識をラムザへと集中し過ぎていたのだろう。リイサは自分の名を呼ぶ声に、始めは気づかなかった。
次にはレモネを見たが、声にきづかなかったのか怪訝そうに見返してくる。次に周囲を見渡し、やがて、その声が足元から聞こえてきたとわかって視線を向けた時、驚愕を通り越して絶句していた。
「……女王陛下。……ご無事でなによりです」
「アウレッサ、生きて……いたんだ」
リイサは絞り出すように発したが、その声は掠れていた。
親衛隊のひとり、アウレッサは生きていた。
おそらく“鼓心彩音奏”の影響で息を吹き返したのだろうが、儀式で使用した仮面は砕かれ、下から覗く顔も半分はずたずたに切り裂かれてしまっていた。美しい容貌も見る影もないが、奥に宿る瞳の美しさだけは変わらず、それがリイサの心を一層苦しめた。手足も満足に動かせないのか地面に這いつくばったまま、右手の力のみでリイサに近づいてくる。
アウレッサが生きていた。
しかし、凄惨な姿を目の当たりにして、それを喜ぶべきなのかどうなのか、リイカにはすぐに判断できず、呻きに似た声を漏らすだけだった。
「もう1人、クラリヤも生きております」
アウレッサは親衛隊のひとりの名を挙げた。
見るとたしかに、クラリヤらしき者が無言のまま立ち上がって歩いてくる。普段から物静かな大男であったし、衣服はずたずたにされているものの仮面も破損していないせいか、一見、無傷のように映る。だが、足元はふらふらで喘鳴する呼吸音が風に乗って聞こえてくる。体の状態を確認するのが恐ろしく、リイサはクラリヤに頷いて応えることしかできなかった。
リイサは深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、微笑を無理矢理つくりだした。
「何にしても、良かった。少しでも体を休めて、2人はここから離れて。クラリヤには負担を掛けるけど……」
「いえ、私たちは戦います。戦わなければ」
語気鋭く、アウレッサが言った。
リイサはアウレッサの正気を疑ったが、見上げる瞳は普段の通りで、無理をしているわけでも、思考が乱れているわけでも無さそうだった。
「このままでは、我々の負けとなります」
「なんでや。もう少しやったやんか」
「レモネの言う通りだ。なんで負けるんだよ」
「私も見ておりました。子供が出来る動きではありません」
「そりゃ、あのルークがラムザ相手にあそこまでやれるなんて思わなかったけれど、もうちょっとだったんだ」
女王らしさも忘れて反論するリイサを、突然の猛風がその薄い背を押した。
振り返ると、ラムザとルークたちとの攻防が再び始まっている。雷撃がぶつかり合う、猛獣同士が牙を剥き出し喰らいつくようで、息を呑む想いで注視していたが、その中でもルークの動きは特出している。
本来なら、ルークはおまけのような存在でしかないはずだった。
優しいけれど、変に生真面目で平凡な子。
よく言えば強い要望という、パウラのわがままで呼んだだけ。
背伸びしたような生真面目さが妙に面白く、好意は抱いていたが、べた惚れして執心しているパウラと争う気にはなれなかった。
しかし、そんなルークがパウラや他の兵士を守りつつ、ラムザには渋面をつくらせ容易に進撃を許さない。
「ほら、見なよ。ルークはあんなに強いんだよ」
身内自慢に似た興奮もあって、リイサは熱く反論したが、アウレッサは静かに首を振った。リイサの目には哀しげに映った。
「ルークの動きは見事です。親衛隊どころか、パウラ隊長の動きをも凌駕しています。信じられない。ですが、そこまでのように思えます」
「どういうこと」
「うまく説明できないのですが……」
その時、リイサとアウレッサとのやりとりを、異様な衝撃音が遮断した。
魔法による攻撃を受けたのか、ルーク・ターレスが爆煙に紛れて弾き飛ばされている姿が映った。ルークは魔法を辛くも剣で防いでいたが、ラムザは爆煙を粉砕しながら猛追してきた。
「見えた。見えたぞ、ハハッ!!」
極度の興奮状態にあるのか、常に冷静さを残してきたラムザの形相もこれまでとは一変していた。瞳を異様にぎらつかせ、凶悪な笑みとともに哄笑を虚空に響かせながら、ルークを追撃している。まともな反撃も出来ず、ルークは防戦一方となっていた。突然の事態に、レモネがうろたえたように言った。
「なんや。さっきまでの勢いがどないしたん」
「ルーク。いったい、どうしたんだよ」
「ラムザは、ルークの弱点を見抜いたようです」
アウレッサが言った。
「弱点? 弱点って何さ」
「それは私にも、はっきりとはわかりません。ですが、ラムザの様子から見ると、そうとしか思えないのです」
「……」
リイサが唇を噛み締めながら、戦いの行方を追っていたが、どうしたという気持ちはルークも同様だった。
ラムザの動きは見えている。
毛ほどではあるが、わずかな隙も見える。だが、ラムザに刃は到達せず、それどころか防ぐことで精一杯となっていた。
ラムザの攻撃が増したとは思えなかった。どちらかというと攻撃方法が大胆、或いはなりふり構わないと評した方が良いかもしれない。
ラムザの笑みと哄笑は勝利に繋がる何かを確信したようだが、ルークは自分にある何かを掴めないままでいる。相手の隙を見つけ、なんとかルークも反撃しようとしたが、剣よりも先に闘気に包まれた拳が迫り、結局は幅広い剣身を盾として使うしかなかった。
だが、体格と力でははるかに勝るラムザの凄まじい圧力に押され、ルークは地面に叩きつけられた。
叩き伏せられたルークを見て、リイサが悲鳴をあげたが、その中に不味いというアウレッサの声が紛れていた。
「女王陛下、私たちも行かねばなりません」
「ばかっ、そんな体で何を……」
立ち上がることすらできないアウレッサに配慮する余裕もなき、リイサはきっと睨みつけようとしたが、言葉が途切れた。
地面に伏せているアウレッサの体が、小刻みに震えている。
それだけでなく、体が膨張し始めていた。それは後ろに控えていたクラリヤも同じだった。女王陛下とアウレッサが言った。
「これでお別れとなります」
「アウレッサ、クラリヤ。二人とも何をするつもりなんだ」
「我々は竜族。竜に変身ができる獣人族の一種。ですが、他の獣人族と異なる点があります」
アウレッサが語る間も、アウレッサたちの体は膨れ上がり、ついには衣服も破かれた。そしてその下から現れたのは、人間の肌ではなく、粟立って硬質性を感じさせる緑色の皮膚だった。
アウレッサの顔も変形していき、とかげや歴史の本で読んだ恐竜のような顔面と変わっていく。
「竜……」
変化するアウレッサとクラリヤの肉体から、凄まじい圧力がリイサの体を襲ってくる。
戦いに関しては素人ではあるが、ラムザの闘気よりも凄まじいものを感じていた。頭の中が飽和状態で事態をよく飲み込めず、リイサとレモネは呆然と、ふたりの変化を見上げるだけだった。
「なんだ? この圧力は」
異変はラムザも気がつき、動きがとまった。ルークにパウラや他の兵士たちの視線も、アウレッサたちに注がれている。
パウラは、バカなとうめいた。
だが、一方でどうしようもないという事態であることはわかっていて、怒りのやり場がないまま、膨張していく竜族の2人を見つめていた。
「我々、竜族が変身できるのは一度のみ。人間の姿を捨てることによって、強大な力を得ることができるのです」
体の変化とともに、アウレッサの声も次第に変わっていって、ほら穴の底から響いてくるような声となっている。
「ただし、その力には耐えることができず、竜に変化した者は、やがて生命を失う」
「……」
「ファルトマ様が神の竜と崇められる所以は、奇跡的に生き延びた上に膨大なる知識を蓄えて長命であるからなのです」
悲しげに語り終えた後、リイサの目の前にいたのは、かつてアウレッサとクラリヤと呼ばれていた2匹の巨大な竜だった。




