ボクは……、そして私は
ラムザが攻撃を仕掛ける直前、リイサは親衛隊の誰かが自分の前に立ったことまでは憶えている。また、誰かが強い力で自分をだきしめたのを感じた。しかし、その後は急に視界が真っ暗となり、恐怖を煽るような金属音と爆発音が聴覚を麻痺させた。自分を抱きすくめる腕にすがるようにして、身をぎゅと固くすることしかできなかった。
やがて、轟音が消えると不気味な静けさだけが残された。次第に五感が感覚を取り戻していく中で、自分に何か重いものが被さっていることに気がついた。風に乗って呻き声や泣き声も聞こえてくる。
不吉なものを感じながらも、リイサは恐る恐る目を開くと、目の前に大きな背中が映った。服装から親衛隊のひとりだろう。自分を抱きかかえている人間はアウレッサだった。アウレッサの装着する仮面の下からわずかな呻き声が聞こえてくるが、呼び掛けても反応はなく重い体をリイサに預けてくるだった。正面に立って守ってくれた者は即死していた。濃い血の匂いが、リイサの鼻腔を刺激してくる。代々王家に伝わるドレスも血や埃ですっかり汚れてしまっている。
頭の中は痺れたままで、悲しむ気持ちすら浮かばずリイサはアウレッサの体をのけてゆらゆらと立ち上がった。
飛び込んできた光景に愕然とするしかなかった。
先にラムザが直接攻撃を仕掛けてきた時も、死屍累々という表現が浮かんだが、まだ人としての形を保ち、凄惨さは視界に映る光景に比べれば生易しい表現だったと思う。
顎が消し飛ばされた者がいた。
両足を失い地べたを這いずり回る者がいた。
腹を切り裂かれて、泣き叫ぶ者がいた。頭部がなくなり佇立したままの者がいた。
何倍もの力を増した銃弾や砲弾の破片は、戦車の分厚い装甲にも無数の穴を開けられ、置物のように沈黙してしまっている。操縦者たちがどうなったのか、リイサにも容易に想像がついた。親衛隊もほとんどが即死し、アウレッサの他、数名も瀕死の状態で横たわっている。
各国の兵士たちも幸運にも五体満足に生き残った者もいるが、それは仲間が盾代わりなってくれたためで、戦意はすっかり失われていた。
一応、剣を構えてはいるものの、腰も引けてラムザを見守るだけとなっている。
そんな中、パウラとルークだけがラムザと対峙している。頼もしさとともに別次元にいる存在という言葉が脳裏を過ぎると、どういうわけか体が震えた。
「さすがトウマの仲間といったところか。あの銃弾の嵐を凌ぐとはな」
ラムザは戦意を失った兵士たちに目もくれず、ゆっくりと進んでくる。
余裕を見せているわけではなく、パウラを警戒してのものだろう。ラムザの厳しい顔つきからも油断をしていないのは明らかだった。
おい鎖の女と、ラムザが大きな声でパウラに呼びかけた。
「これ以上、戦いを続けるつもりか」
「私には、女王陛下を護る使命がある」
「まあ、貴様はそう言うしか無いだろうが、後ろのリイサ女王陛下はどうするつもりだ」
視線はルークやパウラを通り過ぎて、背後にいるリイサへと向けられている。
「私の後ろにはグリフォン部隊がまだ控えている。これ以上、無駄な争いをして死者を増やすことが望みか」
「……」
「ここで、大人しく我々についてくれば。多くの命が救われるだろう。まだ息のある兵士も多い。人の心があるなら、自身の面子よりも大切なことがあるのだとわかるだろう」
ラムザの言葉に、固くしていた体が震えを覚えた。
頭の中の痺れがとれないまま、ぼんやりとそうかもしれないという考えが過った。
こんな世界を見せられて、何をこだわっているのだろう。
悲鳴と慟哭、誰かの名を呼ぶ呻き声が満ちる大地。
自分が意固地になる必要なんてない。自分が降参すれば……。
「ボクは……」
「耳を貸すな、リイサ!」
ラムザと対峙したまま、ルークが怒鳴った。
「頼まれもしないのにやってきて、力ずくで無理矢理押しつけようとする奴らの話なんて聞くな」
「……ルーク」
ルーク様の言う通りだと、パウラが言った。
「連中の話など、ゴミ溜めのカスに等しい。“彩花衆”の姑息なやり方など、お前も良くわかっているだろう」
故郷の村が、リイサの脳裏に浮かんだ。
幸運にも戦火から免れ、美しい母と平凡だが、平穏に暮らした村での生活。
ホルソ・コードと名乗る“彩花衆”の黒幕の男。たったひとりの初老の男によって、それはすべて潰された。故郷の村をまだ帰れてはいないが、住む人も今は無くカラウスリアと同じく荒野と化していると聞いている。母もいまだに生死がわからない。ホルソによって操り人形と化した村人たち。度重なる“彩花衆”との暗闘。自分はその間、耐え続けていた。それしか出来なかったからだが、また同じことを繰り返すのか?
胸の内に熱い感情が溢れると、頭の中で渦巻いていた痺れが急に消えた。
顔をあげ、まっすぐにルークたちの後ろ姿を見つめるリイサの鼓膜に、ラムザの哄笑が鳴り響いた。
「酷いこという。貴様らの命を助けようというのに、わざわざ死を選ぶというのか」
「闘神とも呼ばれた者が、つまらぬ嘘をつく」
リイサが発した厳粛な声は、パウラとルークが思わず後ろを振り返るほど威厳に満ちていた。ラムザがその隙を狙えなかったのも、怯えた少女だったのが、まるで別人のようなリイサの雰囲気に意表を突かれたからだった。
「私は悲惨な光景を目の当たりにして、恥ずかしながら動揺してしまいました。しかし、ここで私があなた方に屈すれば、入れ替わりに控えているというグリフォン部隊が兵士たちを討ちにやってくることでしょう」
「……」
「このユーレウス大陸は長い戦争を終え、人々は休息を求めている。それなのに現状を考えることもせず、それどころか、大陸の支配、世界をも支配などと愚劣な妄想に耽る。“彩花衆”に従う理由などありません」
「あくまでも意地を張り、屈服はしないということか。それは命を軽んじる王として、歴史に名を残すことにもなるぞ」
「かつては大陸を支配した者が、“彩花衆”如きの使い走りにまで堕ちたのは、歴史に残した名を気にしてのことか」
リイサの指摘にラムザは笑おうとしたが笑いきれず、表情が強張り言葉に詰まった。動揺している自分に気がつき、ラムザは鋭い眼光をリイサに向けたが、リイサは動じることなく正面から受け止めていた。
「……あながち、的外れと言うわけでは無さそうですね」
哀れみの音を含みながら、リイサは小さな嘆息をした。
言い伝えによれば、人間から溢れた闘争心が塊となり、召喚士の祈りによって石像を憑代にしてこの世に誕生したという。その真偽は定かではないが、今のラムザが一瞬見せた反応は闘神というイメージから程遠く、かなり人間臭く思えた。復活した闘神は暴君と評される自分を知り、再び支配者となる道は諦めた。
しかし戦い自体は捨てられず、“彩花衆”の手駒になることを選んだのだろう。だが、そこには私情しか感じられず、そんな者を利用している“彩花衆”も、同等の人間たちにしか思えない。同時に恐怖は先よりも薄れ、ここで屈してたまるかという憤懣が勝っていった。
「パウラ・ラウラ。ルーク・ターレス。私の口から改めて命令します」
怒りの爆発を寸前で抑え込んだリイサの声は、これまでよりも遥かに女王らしい威厳に溢れているようにルークには感じられた。
「闘神ラムザなる“彩花衆”の手先及び、その背後にいる連中を駆逐すること」
次第に声は激しくなっていったが、ただの怒りではなく決意や覚悟という言い方が近いかもしれない。
「そのためにも、これからは一切、私の身など考えないで戦ってください」




