↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは南のオーフェリア ―英雄たちの詩―  作者: はしたけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/31

1-8 共に行く者

1-8 共に行く者


 玄関の戸を開けた瞬間、銀華は一度だけ足を止めた。


 夕暮れの光が、廊下の奥まで細長く差し込んでいる。外では竹の葉が風に擦れ、かすかな音を立てていた。


 胸には、王城で受け取った白銀王国への書状。


 帰る道すがら、何度も言葉を考えた。


 白銀王国へ行くことになった。


 一緒に来てほしい。


 たったそれだけのことなのに、家が近づくほど口にするのが難しくなった。


 朧には朧の目的がある。


 静に会うために王都まで来た。自分と出会うより前から、彼女には彼女の道があった。


 友になったからといって、その道を当然のように自分の任務へ重ねていいわけではない。


 そして、刹那。


 ようやく一年ぶりに同じ家へ戻ってきた。


 朝になれば顔を合わせ、帰れば声が聞こえる。そんな当たり前の時間を取り戻したばかりなのに、また自分だけが遠くへ行くのか。


 王城では、答えを出せなかった。


 だから、まず話そうと思った。


 自分だけで決めない。


 それが今の銀華にできる、最初の一歩だった。


「ただいま」


 返事はすぐにあった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 奥から刹那の声がする。


 居間では朧が縁側へ腰を下ろし、夕暮れの庭を眺めていた。銀華が入ってくると、黒髪の剣士は静かに顔を上げる。


 いつもの無表情。


 けれど銀華は、以前ほどその顔を「何も考えていない」とは思わなくなっていた。


 朧は言葉が少ないだけだ。


 見ている。


 考えている。


 必要な時だけ、それを口にする。


「朧、お願いがあるの」


 朧の視線が、銀華の胸元の封書へ落ちた。


「聞こう」


 銀華は向かいへ座った。


 封書を膝へ置き、両手を重ねる。


「白銀王国へ行くことになったの」


「……そうか」


「女王陛下から、外交使節として行ってほしいって。正式な外交の窓口を作って、白銀の人たちが中央帝国をどう見ているのか確かめて……それだけじゃなくて、自分の目であの国を見てきてほしいって」


 朧は黙って聞いていた。


 銀華は少しだけ救われる。


 途中で口を挟まない。答えを急がせない。


 その沈黙が、今はありがたかった。


「それで……」


 銀華の指が、膝の上でわずかに動いた。


「同行する人は、私が決めていいって言われたの」


「そうか」


「うん」


 そこで言葉が止まる。


 朧は急かさない。


 銀華は一度、視線を落とした。


「朧にも、朧のやることがあるでしょう」


「ある」


 あまりにも迷いのない返事に、銀華は少しだけ困った顔をした。


「だから……こんなこと頼んでいいのか、ずっと迷ってた」


 朧が僅かに眉を動かす。


「何を」


「一緒に来てほしいって言うこと」


 庭を渡る風が、竹の葉を鳴らした。


 銀華は朧を見る。


「白銀まで、私と一緒に来てほしい」


 言えた。


 それだけで胸の奥に詰まっていたものが、少しだけ軽くなる。


 けれど朧は、すぐには答えなかった。


 銀華はその沈黙を受け止める。


 断られることが怖いわけではない。


 そう思っていた。


 けれど、答えを待つ数秒が思ったより長く感じられた。


「銀華」


「うん」


「一つ間違っている」


「え?」


「頼んでいいかどうかを、お前が決める必要はない」


 銀華は目を瞬く。


「行くかどうかを決めるのは私だ」


 短い言葉だった。


 責める声でも、慰める声でもない。


 ただ事実を告げている。


「……そう、だけど」


「なら、聞けばいい」


「でも、朧の予定も――」


「話を聞け」


 ぴしゃりと言われ、銀華は口を閉じた。


 朧は小さく息を吐く。


「私には私の意思がある。お前が先に気を回して、私の答えまで決めるな」


「……はい」


 思わず素直に返事をすると、朧の目がほんの僅かに細くなった。


「それで?」


「それで、って?」


「もう一度聞け」


 銀華はしばらく朧を見つめた。


 やがて、少しだけ笑う。


「朧。一緒に白銀へ来てくれる?」


「行く」


 今度は間がなかった。


「……早い」


「決めていた」


「え?」


「お前が帰ってきた時から、何か頼むつもりなのは分かっていた」


「それだけで?」


「白銀王国への書状を持っていた」


 銀華は膝の上の封書を見る。


 確かに隠してはいない。


「でも、私が白銀へ行くって分かってたの?」


「そこまでは知らない」


「じゃあ、どうして同行するって決めてたの」


「お前が頼むなら、聞いてから決めればいいと思っていた」


「今、決めてたって言ったよね?」


「聞いたから決めた」


「……朧って、たまにずるい」


「知らん」


 銀華はとうとう笑った。


 胸にあった緊張がほどけていく。


 朧は大げさな約束をしない。


 守るとも、任せろとも言わない。


 ただ、自分で選んで隣へ立つ。


 そのことが、銀華には嬉しかった。


 銀華は笑いながらも、すぐに表情を戻した。


 同行してほしい。


 その願いが叶っただけで終わらせてはいけない。これは友人同士の旅ではなく、国を背負った任務だ。


「朧」


「何だ」


「一つ、ちゃんと話しておきたい」


 銀華は膝の上の封書へ手を置いた。


「私が朧に来てほしいのは、強いからだけじゃない」


 朧は何も言わない。


「もちろん、白銀で何があるか分からないし、朧が一緒なら心強い。でも……それだけなら、王国の護衛をお願いすることもできる」


「そうだな」


「私、たぶん向こうでも迷うと思う」


 口にすると、不思議と恥ずかしさはなかった。


「何を言えばいいのか。相手の言葉をどう受け取ればいいのか。国のために考えることと、目の前の人を信じたい気持ちがぶつかることもあると思う」


 銀華は一度だけ息を整える。


「そういう時、私と同じ考えの人じゃなくていいの。違うと思ったら、違うって言ってくれる人にいてほしい」


 朧の視線が僅かに変わった。


「私にそれを求めるのか」


「うん」


「面倒だぞ」


「知ってる」


「遠慮もしない」


「それも知ってる」


「ならいい」


 朧はそれだけ言った。


 銀華は小さく笑う。


 剣を預けたいのではない。


 判断を預けたいのでもない。


 自分が間違えそうになった時、隣から違う景色を見せてくれる人がほしい。


 そう言葉にして初めて、銀華自身にも朧を望んだ理由が分かった。


「ありがとう」


「礼を言うのはまだ早い」


「どうして?」


「外交が何日で終わるかも分からない」


「それは……そうだけど」


「それに私は外交など知らん」


「私も知らないよ」


 二人は顔を見合わせた。


 一拍置いて、銀華が吹き出す。


「大丈夫かな、私たち」


「知らん」


「そこは大丈夫って言ってよ」


「嘘はつけない」


「もう」


 けれど、不思議と不安は増えなかった。


 知らないなら、知らないまま行けばいい。


 分からないことは、一緒に考えればいい。


 王城で瑠璃から言われた言葉が、少しだけ現実になった気がした。


「お話は終わりましたか?」


 背後から声がして、銀華は振り返った。


 刹那が茶器を載せた盆を持って立っている。


 いつからいたのだろう。


「刹那、聞いてた?」


「聞こえておりました」


「……そっか」


 刹那は三人分の茶を置く。


 動きはいつも通り丁寧で、表情も穏やかだった。


 銀華はその横顔を見ながら、さっきまでとは別の迷いが胸へ戻ってくるのを感じた。


「刹那」


「はい」


「私、また旅に出ることになった」


「承知しております」


「白銀王国。海の向こうだから、たぶん……すぐには帰れない」


「はい」


 返事は変わらない。


 銀華は茶へ視線を落とした。


「だから、その間、この家のことを――」


「お断りいたします」


「まだ最後まで言ってないよ?」


「留守を預かるよう仰るおつもりでしたので」


「……どうして分かるの」


「お嬢様ですから」


 刹那は当然のように答えた。


 朧が茶へ口をつける。


 その横顔が、ほんの少しだけ面白がっているように銀華には見えた。


「笑ってる?」


「笑っていない」


「絶対ちょっと笑ってる」


「話を続けろ」


「誰のせいで止まったと思ってるの」


 刹那が小さく微笑んだ。


「お嬢様」


「はい」


「私は同行いたします」


 銀華の表情から笑みが消えた。


「……刹那も?」


「はい」


「でも」


「同行いたします」


「まだ何も――」


「同行いたします」


 三度目だった。


 銀華は口を閉じる。


 刹那の声は柔らかい。けれど、その目には一歩も譲るつもりがない。


「お嬢様が国外へ向かわれるのであれば、私が残る理由はございません」


「この家は?」


「必要な手配をいたします」


「でも、刹那には刹那の仕事があるでしょう」


「ございます」


「だったら」


「その調整も私がいたします」


 銀華は言葉に詰まった。


 自分が朧へ言ったことと、ほとんど同じだ。


 相手には相手の都合がある。


 だから自分が遠慮する。


 けれど、ついさっき朧に言われたばかりだった。


 相手の答えまで自分が決めるな、と。


「……分かってる。今、朧に言われたことと同じなのは」


 銀華が朧を見る。


「分かっているなら、続けろ」


 即答だった。


 銀華は小さく息を吐いた。


「でも、刹那のことは……少し違うの」


 銀華は肩を落とす。


 刹那は口元を押さえ、僅かに笑った。


「でもね、刹那」


 銀華は今度こそ真っ直ぐ刹那を見る。


「やっと帰ってこられたのに」


 刹那の笑みが少しだけ静かになる。


「一年、ほとんど一緒にいられなかったでしょう」


「はい」


「それなのに、また私の都合で遠くまで連れていくのは……」


 言葉が続かなかった。


 銀華自身、何を恐れているのか分かってきた。


 置いていくことだけではない。


 連れていくことにも迷っていた。


 残れば、刹那がどう感じるのか分からない。


 連れていけば、自分の任務へ巻き込む。


 どちらを選んでも、刹那のためだと言いながら、自分が決めることになる。


「お嬢様」


 刹那は静かに呼んだ。


「私は、お嬢様に連れていかれるのではございません」


 銀華が顔を上げる。


「私が行きたいのです」


 その言葉は、驚くほど簡単だった。


「一年、お側にいられなかったことを、お嬢様が気にしてくださっているのは分かっております」


「……うん」


「でしたら、なおさらです」


「なおさら?」


「今度は一緒に参りましょう」


 刹那は微笑んだ。


「残るか、行くか。それは私にも選ばせてくださいませ」


 銀華は何も言えなかった。


 胸の奥が、ゆっくりと温かくなる。


 自分はずっと、守ることを考えてきた。


 相手が傷つかないように。


 相手が困らないように。


 けれど、守ることと、その人の選択を奪わないことは同じではない。


 そんな当たり前のことを、朧と刹那は別々の言葉で教えてくれている。


 銀華はしばらく刹那を見つめていた。


 刹那は幼い頃から傍にいた。


 身の回りの世話をしてくれる人。


 帰る場所を整えてくれる人。


 そう思っていた。


 けれど、それだけではない。


 刹那にも考えがあり、望みがあり、自分で選ぶ人生がある。


 近すぎたからこそ、銀華は時々そのことを忘れそうになる。


「刹那は、怖くない?」


 問いは思わず零れた。


「何がでございましょう」


「国外に行くこと。白銀がどんな国なのか、私もまだ知らない。危険がないとも言えない」


「怖くない、と申し上げれば嘘になります」


 刹那は静かに答えた。


 銀華は少し驚いた。


 何でも平然とこなす刹那が、恐れを口にすることは珍しい。


「でも、怖いから残るという答えにはなりません」


「……どうして?」


「お嬢様と同じでございます」


「私と?」


「お嬢様も、不安がないから白銀へ行かれるのではないでしょう」


 銀華は返事を失った。


 その通りだった。


「怖くても、行く理由がある。私にもございます」


「それが……私?」


「はい」


 刹那は迷わなかった。


「それだけではございません。知らない土地を見てみたいという気持ちもございます」


「刹那が?」


「意外でございますか?」


「ちょっとだけ」


「失礼でございます」


 刹那がわずかに頬を膨らませる。


 銀華は慌てて首を振った。


「ごめん。でも、嬉しい」


「なぜでございますか?」


「私のためだけじゃないって分かったから」


 その答えに、今度は刹那が僅かに目を見開いた。


 銀華は微笑む。


「刹那にも見たいものがあるなら、一緒に見よう」


「……はい」


 短い返事だった。


 けれど、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。


「……分かった」


 銀華は頷いた。


「じゃあ、刹那も一緒に来て」


「はい」


「朧も」


「もう答えた」


「もう一回くらい言ってくれてもいいじゃない」


「行く」


「うん」


 銀華は笑った。


 銀華はそこで、王城でもらったもう一枚の紙を取り出した。


 同行者についての簡単な確認事項だった。


「二人とも、もう一つだけ」


 朧と刹那が銀華を見る。


「今回、私は外交使節として行くから、向こうでは勝手に剣を抜いたり、こちらから争いを始めたりはできない」


「当然だ」


 朧が答える。


「私も、できるだけ剣を使いたくない。でも、何が起きるか分からない。だから危険な時は……私の判断が遅れるかもしれない」


「お前の判断を待てないほど危険が迫った時は、私が動く」


「……うん。それはお願いしたい」


「ただし、こちらから争いを始めるかどうかはお前が決めろ。私は、その判断が間に合わない時に守る」


 銀華は少し考え、頷いた。


「分かった。そこは任せる」


 以前の自分なら、その一言を簡単には言えなかったかもしれない。


 自分が任務を受けたのだから、自分がすべて判断しなければならない。


 そう考えただろう。


 けれど今は、任せることも責任の一つなのだと思える。


「刹那には、私が見落とすことを教えてほしい」


「かしこまりました」


「礼儀とか、持ち物とか……あと、私が変なこと言ってたら止めて」


「最後の一つが最も重要でございますね」


「そんなに?」


「はい」


 刹那が真顔で答え、朧まで小さく頷いた。


「朧まで?」


「必要だ」


「二人ともひどくない?」


 銀華の抗議に、刹那は微笑む。


 その軽いやり取りの中で、三人の役割が少しずつ形になっていく。


 誰か一人が全てを背負うのではない。


 銀華には銀華の役目がある。


 朧には朧の判断がある。


 刹那には刹那の目がある。


 三人で行くということは、ただ同じ馬車に乗るということではない。


 互いに足りないところを預け合うことなのだ。


 三人分の茶から、細い湯気が立っている。


 まだ荷物は何一つまとめていない。


 出発の日取りも、道中の細かな予定も、これから決めなければならない。


 それでも、一番大切なことだけは決まった。


 三人で行く。


 銀華は湯呑みを両手で包んだ。


 外交使節という言葉の重さは消えていない。


 白銀王国への不安もある。


 けれど今は、一人で抱える必要がないことを知っている。


 それだけで、同じ任務が少し違って見えた。


◇ ◇ ◇


 その頃、王城では。


 銀華が王城を辞してから、しばらく後。


 一人の影が、音もなく執務室を訪れていた。


 夕陽が大きな窓から差し込み、黒を基調とした室内を赤く染めている。壁には王家の紋章。


 中央の玉座は空いたまま、長い影だけを床へ落としていた。


 瑠璃は窓辺に立ち、王都を見下ろしている。


 静は少し離れた扉の傍にいた。


「ご報告いたします。雪乃銀華様より、同行者二名の届け出がございました」


「名前は?」


「緋月朧、刹那。両名とも同行を承諾したとのことです」


 瑠璃の表情は変わらなかった。


 ただ、その指先から僅かに力が抜ける。


「分かりました。下がってください」


「はっ」


 影は一礼すると、来た時と同じように気配を残さず姿を消した。


 執務室に残っているのは、瑠璃と静の二人だけだった。


挿絵(By みてみん)


「決まったようだね」


 先に口を開いたのは静だった。


「ええ」


 瑠璃は振り返らない。


「朧と刹那」


「……少し、安心しました」


「私も」


 瑠璃はそれに気付き、自分自身へ呆れるように小さく息を吐いた。


「私も」


 瑠璃がようやく振り返る。


「銀華を信じていないわけではないのに」


「信じてるよ」


「では、なぜでしょうね」


「心配だから」


 あまりにも簡単な答えだった。


 瑠璃は一瞬だけ目を細め、それから窓の外へ視線を戻す。


「矛盾していますね」


「人なんてそんなものだよ」


 静は壁へ軽く背を預けた。


「一人でも大丈夫だと思ってる。でも、一人じゃないと聞けば安心する」


「行かせると決めたのは私です」


「知ってる」


「それでも、本当は行かせたくない」


「それも知ってる」


 瑠璃が静を見る。


「何でも知っているように言わないでください」


「長い付き合いだからね」


 静の口元が僅かに緩む。


 瑠璃も、それ以上は言わなかった。


 女王としてなら、銀華を送り出す理由はいくらでもある。


 外交のため。


 国の未来のため。


 銀華自身が、蒼緑の外を知るため。


 どれも正しい。


 そして、その正しさとは別の場所で、ただ傍にいてほしいと思う自分もいる。


 瑠璃はその感情を否定しなかった。


「でも」


 静が言った。


「前の銀華なら、一人で行こうとしたかもしれない」


 瑠璃は答えず、静の続きを待った。


「自分が任されたんだから、自分で何とかしなきゃって」


「……ええ」


「誰かを連れていくとしても、自分が守る側でいようとした」


 瑠璃は静かに頷いた。


 銀華は変わった。


 劇的ではない。


 強くなったわけでも、弱くなったわけでもない。


 ただ、自分から誰かへ『一緒に来てほしい』と言えるようになった。


 それは剣の技では測れない変化だった。


「銀華は、二人を護衛として選んだのでしょうか」


 瑠璃がふと尋ねた。


「違うと思う」


 静は即答した。


「では、何として?」


「さあ」


「静」


「本人もまだ、名前を付けてないんじゃない?」


 瑠璃は黙った。


 護衛。


 従者。


 友。


 どの言葉も間違いではない。


 けれど、どれか一つに収めてしまえば、三人の関係から何かがこぼれる気がした。


「銀華はこれまで、人を守る時に自分を外へ置いていました」


「自分だけ傷つけばいいって顔をするからね」


「ええ」


 瑠璃の声が少しだけ低くなる。


「あの子は優しい。でも、優しさは時々、自分を数に入れない理由にもなる」


 静は否定しなかった。


「朧は、そこを許さないと思う」


「刹那もでしょうね」


「だから安心した?」


「……それもあります」


 瑠璃は素直に認めた。


 銀華が危険な場所へ行けば、二人は守るだろう。


 けれど瑠璃が期待しているのは、それだけではない。


 銀華がまた一人で全部を背負おうとした時、止めてほしい。


 間違っていれば指摘してほしい。


 疲れていれば休ませてほしい。


 そして銀華自身にも、二人を守るだけではなく、二人へ頼ることを覚えてほしい。


「随分、欲張りだね」


 静が言う。


「女王ですから」


「関係ある?」


「ありませんね」


 瑠璃は小さく笑った。


 その一瞬だけ、王として整えられた表情がほどけた。


「ようやく、あの子にも隣を歩く相手ができました」


 瑠璃の声が少しだけ柔らかくなる。


「二人もね」


「ええ」


「朧は銀華の前を歩かない」


「刹那も、後ろに控えているだけではなくなるでしょう」


「三人で並べばいい」


 静らしい、短い結論だった。


 瑠璃は小さく笑う。


「簡単に言いますね」


「難しく言っても同じだよ」


 再び沈黙が落ちる。


 窓の外では、夕暮れの王都に一つ、また一つと灯がともり始めていた。


「静」


「何?」


「心配ですか」


「うん」


 迷いのない答え。


「私もです」


「うん」


「……でも」


 瑠璃はそこで言葉を止めた。


 遠く、世界樹の枝葉が夕陽を受けて揺れている。


 銀華がこれから見る景色を、自分は見ることができない。


 知らない土地。


 知らない人々。


 知らない価値観。


 その中で銀華が何を感じ、何を持ち帰るのか。


「楽しみでもあります」


 静が少し笑った。


「私も」


 行かせたくない。


 それでも、行ってほしい。


 心配している。


 それでも、信じている。


 矛盾した思いは、どちらかが間違っているわけではなかった。


 大切だから、どちらも本当なのだ。


 瑠璃は窓の外を見つめたまま、小さく息を吐く。


「帰ってきた時、あの子はどんな顔をしているでしょうね」


「さあ」


「そこは少しくらい考えてください」


「見れば分かる」


 瑠璃は呆れたように静を見る。


 けれど、その表情には僅かな笑みがあった。


 静も窓の外へ目を戻す。


 二人はそれ以上、銀華の旅について口にしなかった。


 心配が消えたわけではない。


 答えが出たわけでもない。


 ただ、銀華が自分で選んだ二人と歩き出すことを、今は信じようと思った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


銀華が選んだのは、一人で背負うことではなく、

共に歩いてくれる二人と進むことでした。


次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。


Xでは『南のオーフェリア』の挿絵や、

登場人物・物語に関する投稿もしています。


はしたけ|幻想戦記✨南のオーフェリア✨

X:@takeyan4562


#南のオーフェリア

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。