1-8 共に行く者
1-8 共に行く者
玄関の戸を開けた瞬間、銀華は一度だけ足を止めた。
夕暮れの光が、廊下の奥まで細長く差し込んでいる。外では竹の葉が風に擦れ、かすかな音を立てていた。
胸には、王城で受け取った白銀王国への書状。
帰る道すがら、何度も言葉を考えた。
白銀王国へ行くことになった。
一緒に来てほしい。
たったそれだけのことなのに、家が近づくほど口にするのが難しくなった。
朧には朧の目的がある。
静に会うために王都まで来た。自分と出会うより前から、彼女には彼女の道があった。
友になったからといって、その道を当然のように自分の任務へ重ねていいわけではない。
そして、刹那。
ようやく一年ぶりに同じ家へ戻ってきた。
朝になれば顔を合わせ、帰れば声が聞こえる。そんな当たり前の時間を取り戻したばかりなのに、また自分だけが遠くへ行くのか。
王城では、答えを出せなかった。
だから、まず話そうと思った。
自分だけで決めない。
それが今の銀華にできる、最初の一歩だった。
「ただいま」
返事はすぐにあった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
奥から刹那の声がする。
居間では朧が縁側へ腰を下ろし、夕暮れの庭を眺めていた。銀華が入ってくると、黒髪の剣士は静かに顔を上げる。
いつもの無表情。
けれど銀華は、以前ほどその顔を「何も考えていない」とは思わなくなっていた。
朧は言葉が少ないだけだ。
見ている。
考えている。
必要な時だけ、それを口にする。
「朧、お願いがあるの」
朧の視線が、銀華の胸元の封書へ落ちた。
「聞こう」
銀華は向かいへ座った。
封書を膝へ置き、両手を重ねる。
「白銀王国へ行くことになったの」
「……そうか」
「女王陛下から、外交使節として行ってほしいって。正式な外交の窓口を作って、白銀の人たちが中央帝国をどう見ているのか確かめて……それだけじゃなくて、自分の目であの国を見てきてほしいって」
朧は黙って聞いていた。
銀華は少しだけ救われる。
途中で口を挟まない。答えを急がせない。
その沈黙が、今はありがたかった。
「それで……」
銀華の指が、膝の上でわずかに動いた。
「同行する人は、私が決めていいって言われたの」
「そうか」
「うん」
そこで言葉が止まる。
朧は急かさない。
銀華は一度、視線を落とした。
「朧にも、朧のやることがあるでしょう」
「ある」
あまりにも迷いのない返事に、銀華は少しだけ困った顔をした。
「だから……こんなこと頼んでいいのか、ずっと迷ってた」
朧が僅かに眉を動かす。
「何を」
「一緒に来てほしいって言うこと」
庭を渡る風が、竹の葉を鳴らした。
銀華は朧を見る。
「白銀まで、私と一緒に来てほしい」
言えた。
それだけで胸の奥に詰まっていたものが、少しだけ軽くなる。
けれど朧は、すぐには答えなかった。
銀華はその沈黙を受け止める。
断られることが怖いわけではない。
そう思っていた。
けれど、答えを待つ数秒が思ったより長く感じられた。
「銀華」
「うん」
「一つ間違っている」
「え?」
「頼んでいいかどうかを、お前が決める必要はない」
銀華は目を瞬く。
「行くかどうかを決めるのは私だ」
短い言葉だった。
責める声でも、慰める声でもない。
ただ事実を告げている。
「……そう、だけど」
「なら、聞けばいい」
「でも、朧の予定も――」
「話を聞け」
ぴしゃりと言われ、銀華は口を閉じた。
朧は小さく息を吐く。
「私には私の意思がある。お前が先に気を回して、私の答えまで決めるな」
「……はい」
思わず素直に返事をすると、朧の目がほんの僅かに細くなった。
「それで?」
「それで、って?」
「もう一度聞け」
銀華はしばらく朧を見つめた。
やがて、少しだけ笑う。
「朧。一緒に白銀へ来てくれる?」
「行く」
今度は間がなかった。
「……早い」
「決めていた」
「え?」
「お前が帰ってきた時から、何か頼むつもりなのは分かっていた」
「それだけで?」
「白銀王国への書状を持っていた」
銀華は膝の上の封書を見る。
確かに隠してはいない。
「でも、私が白銀へ行くって分かってたの?」
「そこまでは知らない」
「じゃあ、どうして同行するって決めてたの」
「お前が頼むなら、聞いてから決めればいいと思っていた」
「今、決めてたって言ったよね?」
「聞いたから決めた」
「……朧って、たまにずるい」
「知らん」
銀華はとうとう笑った。
胸にあった緊張がほどけていく。
朧は大げさな約束をしない。
守るとも、任せろとも言わない。
ただ、自分で選んで隣へ立つ。
そのことが、銀華には嬉しかった。
銀華は笑いながらも、すぐに表情を戻した。
同行してほしい。
その願いが叶っただけで終わらせてはいけない。これは友人同士の旅ではなく、国を背負った任務だ。
「朧」
「何だ」
「一つ、ちゃんと話しておきたい」
銀華は膝の上の封書へ手を置いた。
「私が朧に来てほしいのは、強いからだけじゃない」
朧は何も言わない。
「もちろん、白銀で何があるか分からないし、朧が一緒なら心強い。でも……それだけなら、王国の護衛をお願いすることもできる」
「そうだな」
「私、たぶん向こうでも迷うと思う」
口にすると、不思議と恥ずかしさはなかった。
「何を言えばいいのか。相手の言葉をどう受け取ればいいのか。国のために考えることと、目の前の人を信じたい気持ちがぶつかることもあると思う」
銀華は一度だけ息を整える。
「そういう時、私と同じ考えの人じゃなくていいの。違うと思ったら、違うって言ってくれる人にいてほしい」
朧の視線が僅かに変わった。
「私にそれを求めるのか」
「うん」
「面倒だぞ」
「知ってる」
「遠慮もしない」
「それも知ってる」
「ならいい」
朧はそれだけ言った。
銀華は小さく笑う。
剣を預けたいのではない。
判断を預けたいのでもない。
自分が間違えそうになった時、隣から違う景色を見せてくれる人がほしい。
そう言葉にして初めて、銀華自身にも朧を望んだ理由が分かった。
「ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い」
「どうして?」
「外交が何日で終わるかも分からない」
「それは……そうだけど」
「それに私は外交など知らん」
「私も知らないよ」
二人は顔を見合わせた。
一拍置いて、銀華が吹き出す。
「大丈夫かな、私たち」
「知らん」
「そこは大丈夫って言ってよ」
「嘘はつけない」
「もう」
けれど、不思議と不安は増えなかった。
知らないなら、知らないまま行けばいい。
分からないことは、一緒に考えればいい。
王城で瑠璃から言われた言葉が、少しだけ現実になった気がした。
「お話は終わりましたか?」
背後から声がして、銀華は振り返った。
刹那が茶器を載せた盆を持って立っている。
いつからいたのだろう。
「刹那、聞いてた?」
「聞こえておりました」
「……そっか」
刹那は三人分の茶を置く。
動きはいつも通り丁寧で、表情も穏やかだった。
銀華はその横顔を見ながら、さっきまでとは別の迷いが胸へ戻ってくるのを感じた。
「刹那」
「はい」
「私、また旅に出ることになった」
「承知しております」
「白銀王国。海の向こうだから、たぶん……すぐには帰れない」
「はい」
返事は変わらない。
銀華は茶へ視線を落とした。
「だから、その間、この家のことを――」
「お断りいたします」
「まだ最後まで言ってないよ?」
「留守を預かるよう仰るおつもりでしたので」
「……どうして分かるの」
「お嬢様ですから」
刹那は当然のように答えた。
朧が茶へ口をつける。
その横顔が、ほんの少しだけ面白がっているように銀華には見えた。
「笑ってる?」
「笑っていない」
「絶対ちょっと笑ってる」
「話を続けろ」
「誰のせいで止まったと思ってるの」
刹那が小さく微笑んだ。
「お嬢様」
「はい」
「私は同行いたします」
銀華の表情から笑みが消えた。
「……刹那も?」
「はい」
「でも」
「同行いたします」
「まだ何も――」
「同行いたします」
三度目だった。
銀華は口を閉じる。
刹那の声は柔らかい。けれど、その目には一歩も譲るつもりがない。
「お嬢様が国外へ向かわれるのであれば、私が残る理由はございません」
「この家は?」
「必要な手配をいたします」
「でも、刹那には刹那の仕事があるでしょう」
「ございます」
「だったら」
「その調整も私がいたします」
銀華は言葉に詰まった。
自分が朧へ言ったことと、ほとんど同じだ。
相手には相手の都合がある。
だから自分が遠慮する。
けれど、ついさっき朧に言われたばかりだった。
相手の答えまで自分が決めるな、と。
「……分かってる。今、朧に言われたことと同じなのは」
銀華が朧を見る。
「分かっているなら、続けろ」
即答だった。
銀華は小さく息を吐いた。
「でも、刹那のことは……少し違うの」
銀華は肩を落とす。
刹那は口元を押さえ、僅かに笑った。
「でもね、刹那」
銀華は今度こそ真っ直ぐ刹那を見る。
「やっと帰ってこられたのに」
刹那の笑みが少しだけ静かになる。
「一年、ほとんど一緒にいられなかったでしょう」
「はい」
「それなのに、また私の都合で遠くまで連れていくのは……」
言葉が続かなかった。
銀華自身、何を恐れているのか分かってきた。
置いていくことだけではない。
連れていくことにも迷っていた。
残れば、刹那がどう感じるのか分からない。
連れていけば、自分の任務へ巻き込む。
どちらを選んでも、刹那のためだと言いながら、自分が決めることになる。
「お嬢様」
刹那は静かに呼んだ。
「私は、お嬢様に連れていかれるのではございません」
銀華が顔を上げる。
「私が行きたいのです」
その言葉は、驚くほど簡単だった。
「一年、お側にいられなかったことを、お嬢様が気にしてくださっているのは分かっております」
「……うん」
「でしたら、なおさらです」
「なおさら?」
「今度は一緒に参りましょう」
刹那は微笑んだ。
「残るか、行くか。それは私にも選ばせてくださいませ」
銀華は何も言えなかった。
胸の奥が、ゆっくりと温かくなる。
自分はずっと、守ることを考えてきた。
相手が傷つかないように。
相手が困らないように。
けれど、守ることと、その人の選択を奪わないことは同じではない。
そんな当たり前のことを、朧と刹那は別々の言葉で教えてくれている。
銀華はしばらく刹那を見つめていた。
刹那は幼い頃から傍にいた。
身の回りの世話をしてくれる人。
帰る場所を整えてくれる人。
そう思っていた。
けれど、それだけではない。
刹那にも考えがあり、望みがあり、自分で選ぶ人生がある。
近すぎたからこそ、銀華は時々そのことを忘れそうになる。
「刹那は、怖くない?」
問いは思わず零れた。
「何がでございましょう」
「国外に行くこと。白銀がどんな国なのか、私もまだ知らない。危険がないとも言えない」
「怖くない、と申し上げれば嘘になります」
刹那は静かに答えた。
銀華は少し驚いた。
何でも平然とこなす刹那が、恐れを口にすることは珍しい。
「でも、怖いから残るという答えにはなりません」
「……どうして?」
「お嬢様と同じでございます」
「私と?」
「お嬢様も、不安がないから白銀へ行かれるのではないでしょう」
銀華は返事を失った。
その通りだった。
「怖くても、行く理由がある。私にもございます」
「それが……私?」
「はい」
刹那は迷わなかった。
「それだけではございません。知らない土地を見てみたいという気持ちもございます」
「刹那が?」
「意外でございますか?」
「ちょっとだけ」
「失礼でございます」
刹那がわずかに頬を膨らませる。
銀華は慌てて首を振った。
「ごめん。でも、嬉しい」
「なぜでございますか?」
「私のためだけじゃないって分かったから」
その答えに、今度は刹那が僅かに目を見開いた。
銀華は微笑む。
「刹那にも見たいものがあるなら、一緒に見よう」
「……はい」
短い返事だった。
けれど、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
「……分かった」
銀華は頷いた。
「じゃあ、刹那も一緒に来て」
「はい」
「朧も」
「もう答えた」
「もう一回くらい言ってくれてもいいじゃない」
「行く」
「うん」
銀華は笑った。
銀華はそこで、王城でもらったもう一枚の紙を取り出した。
同行者についての簡単な確認事項だった。
「二人とも、もう一つだけ」
朧と刹那が銀華を見る。
「今回、私は外交使節として行くから、向こうでは勝手に剣を抜いたり、こちらから争いを始めたりはできない」
「当然だ」
朧が答える。
「私も、できるだけ剣を使いたくない。でも、何が起きるか分からない。だから危険な時は……私の判断が遅れるかもしれない」
「お前の判断を待てないほど危険が迫った時は、私が動く」
「……うん。それはお願いしたい」
「ただし、こちらから争いを始めるかどうかはお前が決めろ。私は、その判断が間に合わない時に守る」
銀華は少し考え、頷いた。
「分かった。そこは任せる」
以前の自分なら、その一言を簡単には言えなかったかもしれない。
自分が任務を受けたのだから、自分がすべて判断しなければならない。
そう考えただろう。
けれど今は、任せることも責任の一つなのだと思える。
「刹那には、私が見落とすことを教えてほしい」
「かしこまりました」
「礼儀とか、持ち物とか……あと、私が変なこと言ってたら止めて」
「最後の一つが最も重要でございますね」
「そんなに?」
「はい」
刹那が真顔で答え、朧まで小さく頷いた。
「朧まで?」
「必要だ」
「二人ともひどくない?」
銀華の抗議に、刹那は微笑む。
その軽いやり取りの中で、三人の役割が少しずつ形になっていく。
誰か一人が全てを背負うのではない。
銀華には銀華の役目がある。
朧には朧の判断がある。
刹那には刹那の目がある。
三人で行くということは、ただ同じ馬車に乗るということではない。
互いに足りないところを預け合うことなのだ。
三人分の茶から、細い湯気が立っている。
まだ荷物は何一つまとめていない。
出発の日取りも、道中の細かな予定も、これから決めなければならない。
それでも、一番大切なことだけは決まった。
三人で行く。
銀華は湯呑みを両手で包んだ。
外交使節という言葉の重さは消えていない。
白銀王国への不安もある。
けれど今は、一人で抱える必要がないことを知っている。
それだけで、同じ任務が少し違って見えた。
◇ ◇ ◇
その頃、王城では。
銀華が王城を辞してから、しばらく後。
一人の影が、音もなく執務室を訪れていた。
夕陽が大きな窓から差し込み、黒を基調とした室内を赤く染めている。壁には王家の紋章。
中央の玉座は空いたまま、長い影だけを床へ落としていた。
瑠璃は窓辺に立ち、王都を見下ろしている。
静は少し離れた扉の傍にいた。
「ご報告いたします。雪乃銀華様より、同行者二名の届け出がございました」
「名前は?」
「緋月朧、刹那。両名とも同行を承諾したとのことです」
瑠璃の表情は変わらなかった。
ただ、その指先から僅かに力が抜ける。
「分かりました。下がってください」
「はっ」
影は一礼すると、来た時と同じように気配を残さず姿を消した。
執務室に残っているのは、瑠璃と静の二人だけだった。
「決まったようだね」
先に口を開いたのは静だった。
「ええ」
瑠璃は振り返らない。
「朧と刹那」
「……少し、安心しました」
「私も」
瑠璃はそれに気付き、自分自身へ呆れるように小さく息を吐いた。
「私も」
瑠璃がようやく振り返る。
「銀華を信じていないわけではないのに」
「信じてるよ」
「では、なぜでしょうね」
「心配だから」
あまりにも簡単な答えだった。
瑠璃は一瞬だけ目を細め、それから窓の外へ視線を戻す。
「矛盾していますね」
「人なんてそんなものだよ」
静は壁へ軽く背を預けた。
「一人でも大丈夫だと思ってる。でも、一人じゃないと聞けば安心する」
「行かせると決めたのは私です」
「知ってる」
「それでも、本当は行かせたくない」
「それも知ってる」
瑠璃が静を見る。
「何でも知っているように言わないでください」
「長い付き合いだからね」
静の口元が僅かに緩む。
瑠璃も、それ以上は言わなかった。
女王としてなら、銀華を送り出す理由はいくらでもある。
外交のため。
国の未来のため。
銀華自身が、蒼緑の外を知るため。
どれも正しい。
そして、その正しさとは別の場所で、ただ傍にいてほしいと思う自分もいる。
瑠璃はその感情を否定しなかった。
「でも」
静が言った。
「前の銀華なら、一人で行こうとしたかもしれない」
瑠璃は答えず、静の続きを待った。
「自分が任されたんだから、自分で何とかしなきゃって」
「……ええ」
「誰かを連れていくとしても、自分が守る側でいようとした」
瑠璃は静かに頷いた。
銀華は変わった。
劇的ではない。
強くなったわけでも、弱くなったわけでもない。
ただ、自分から誰かへ『一緒に来てほしい』と言えるようになった。
それは剣の技では測れない変化だった。
「銀華は、二人を護衛として選んだのでしょうか」
瑠璃がふと尋ねた。
「違うと思う」
静は即答した。
「では、何として?」
「さあ」
「静」
「本人もまだ、名前を付けてないんじゃない?」
瑠璃は黙った。
護衛。
従者。
友。
どの言葉も間違いではない。
けれど、どれか一つに収めてしまえば、三人の関係から何かがこぼれる気がした。
「銀華はこれまで、人を守る時に自分を外へ置いていました」
「自分だけ傷つけばいいって顔をするからね」
「ええ」
瑠璃の声が少しだけ低くなる。
「あの子は優しい。でも、優しさは時々、自分を数に入れない理由にもなる」
静は否定しなかった。
「朧は、そこを許さないと思う」
「刹那もでしょうね」
「だから安心した?」
「……それもあります」
瑠璃は素直に認めた。
銀華が危険な場所へ行けば、二人は守るだろう。
けれど瑠璃が期待しているのは、それだけではない。
銀華がまた一人で全部を背負おうとした時、止めてほしい。
間違っていれば指摘してほしい。
疲れていれば休ませてほしい。
そして銀華自身にも、二人を守るだけではなく、二人へ頼ることを覚えてほしい。
「随分、欲張りだね」
静が言う。
「女王ですから」
「関係ある?」
「ありませんね」
瑠璃は小さく笑った。
その一瞬だけ、王として整えられた表情がほどけた。
「ようやく、あの子にも隣を歩く相手ができました」
瑠璃の声が少しだけ柔らかくなる。
「二人もね」
「ええ」
「朧は銀華の前を歩かない」
「刹那も、後ろに控えているだけではなくなるでしょう」
「三人で並べばいい」
静らしい、短い結論だった。
瑠璃は小さく笑う。
「簡単に言いますね」
「難しく言っても同じだよ」
再び沈黙が落ちる。
窓の外では、夕暮れの王都に一つ、また一つと灯がともり始めていた。
「静」
「何?」
「心配ですか」
「うん」
迷いのない答え。
「私もです」
「うん」
「……でも」
瑠璃はそこで言葉を止めた。
遠く、世界樹の枝葉が夕陽を受けて揺れている。
銀華がこれから見る景色を、自分は見ることができない。
知らない土地。
知らない人々。
知らない価値観。
その中で銀華が何を感じ、何を持ち帰るのか。
「楽しみでもあります」
静が少し笑った。
「私も」
行かせたくない。
それでも、行ってほしい。
心配している。
それでも、信じている。
矛盾した思いは、どちらかが間違っているわけではなかった。
大切だから、どちらも本当なのだ。
瑠璃は窓の外を見つめたまま、小さく息を吐く。
「帰ってきた時、あの子はどんな顔をしているでしょうね」
「さあ」
「そこは少しくらい考えてください」
「見れば分かる」
瑠璃は呆れたように静を見る。
けれど、その表情には僅かな笑みがあった。
静も窓の外へ目を戻す。
二人はそれ以上、銀華の旅について口にしなかった。
心配が消えたわけではない。
答えが出たわけでもない。
ただ、銀華が自分で選んだ二人と歩き出すことを、今は信じようと思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
銀華が選んだのは、一人で背負うことではなく、
共に歩いてくれる二人と進むことでした。
次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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