表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/18

第8話

 家の中が、甘い香りで充満していた。

 アベラードの姿が見当たらないようだが、きょろきょろと警戒するリックに、「父は追い返しました」とメリーシアは告げた。

「彼は、今日はなにをしに?」

「わたしの入れ墨の強化です。月に一度、封印が解けていないか確認に来てくれているんです」

 メリーシアは魔法を使う気がないとはいえ、膨大な魔力を持つ『災厄の魔女』。放っておけば入れ墨の魔力封じは緩んで、魔力が溢れてくる。

 魔力量だけでいえば今を生きる魔女の中では最高度だから、本気を出せばこんな封印は意味などないのだろうが、彼女自身の心の持ち様は変わる。

「して、この甘ったるいにおいは」

「アベラードは食料も持ってきてくれるんです。わたしはこの森からあまり出ないから……。今日は町で流行りのお菓子を持ってきてくれたんですよ」

 そう言ってメリーシアは、かごをテーブルの上に置いた。かごには魔法がかけられており、中の物の時間を止めている。

 ナフキンをめくると――。

「アップルパイというのだそうです」

 艶のある丸いパイが、そこには鎮座していた。

 そのきらめきに、メリーシアの目も輝いている。

「お昼ごはんにしちゃっていいですよね? リックは『パイはごはんに入りません』って言うタイプじゃありませんよね? まぁここの主はわたしなので、拒否権はありませんけど!」

 いつになく上機嫌だ。甘いものには目がないらしい。

 うきうきと席につくメリーシアに、リックは紅茶を用意する。

 一食くらい、菓子をメインにしてもいいだろう。スープくらいは付けるか、とリックは簡単なものを作ることにした。それまでは紅茶で待っていてもらおう。

 リックがスープをテーブルに運んでくると、メリーシアは冷静さを装いながら紅茶を飲んでいた。が、視線はアップルパイに釘付けである。

 笑いをこらえながら、リックは食器を並べていった。

「はぁ……おいしい……」

 待てを食らい、ようやくありつけた甘味に、メリーシアの頬がほころぶ。

 こういうところは年相応だよなぁ、とリックも一口頬張った。そして目を瞠る。なるほど、町で人気なだけある。

 この魔女ならば、もう少し酸味のある果物にして、しっとりとした食感の方が好むかもしれない。こんな表情をさせたというのが、あのチクチク男かと思うとどこか気に入らない。

「リック? おいしくありませんでしたか?」

 黙り込んでしまったリックに、メリーシアが案じるような目を向けていた。

 今しがた考えていたことに、疑問が浮かぶ。なぜかもやもやした気持ちを追いやって、主人に笑みを向ける。

「いや? 庭にラズベリーがなっていただろう。あれでこんなパイを作れるかもしれない」

「本当ですか!?」

 メリーシアは勢いよく立ち上がり、身を乗り出してくる。

 目をしばたたかせるリックに我に返ったのか、咳払いをしながら座り直した。

「に、庭の果物も野菜も、好きに使って構いません。それにしても、リックはなぜこんなにも料理ができるんですか?」

 パイを口に含んだところだったリックは、フォークをくわえたまま動きを止める。普段のメリーシアならば「行儀が悪い」と咎めそうなものだが、いまだ動揺しているので気づいていない。

 フォークを皿に置き、リックは渋々口を開いた。

「二人目の魔女が、食にうるさいヤツだった……」

「二人目……」

 アベラードに『庵の魔女』のことを聞いたとき、リックが殺したと言われる残りの魔女のことも聞いていた。

 いや、実は殺していないんじゃないかということも、父は口にしていたのではなかったか。

「『庵の魔女』は、エナフリン山脈に行けと言っていた。そこにいる魔女に会えと」

「エナフリン山脈というと……『屍肉の魔女』ですか?」

 リックはうなずく。

 大戦を生き残った魔女の一人、『屍肉の魔女』は、定住の地を持たない風変わりな魔女として有名だった。

「自然と共に生きる、ある意味魔女らしい魔女だったかもしれない。山に生きる動物を狩って生きていたからな。それで『屍肉の魔女』と呼ばれていた。本人としては、不本意な名だったらしいが」

 その気持ちは、メリーシアには少しわかるかもしれない。『災厄の魔女』の名は、どうにも持て余す。

「実際は、生けとし生けるものに感謝して、毎度の食事でも祈りを捧げるようなヤツだった。……そして味にうるさい」

「味にうるさい」

「猟犬を引き連れて、魔力を込めた弓を引くくせに、その調理法にはこだわる。自分好みの味にしたけりゃ、自分で作ればいいのに……。俺の手に入れ墨を入れて行動に制限をかけてまで、料理係にしやがった。魔女っていうのは、下僕を持たなきゃ気が済まないのか?」

「いやぁ、どうでしょう……?」

 現状、リックを下僕にしているメリーシアだ。なにも言えない。

 入れ墨のことを知っていたのは、『屍肉の魔女』のせいだったのかと腑に落ち、続きを促した。

「まぁ、獣の狩り方から調理の仕方、それから祈りを捧げることまで教えてくれたから、生きる術を学べたとは言えるか。その点は感謝している」

 さらりと言ったが、この男、どこでも生きていけるんじゃないだろうか。

『庵の魔女』から身を護る術を学び、『屍肉の魔女』からサバイバル術と料理の腕を学び、隙がない。なぜ投獄されていたのか。

「『屍肉の魔女』なんて名前だったが、パンや甘味も好んでいた。おかげでいろいろ作れるようになったよ」

 手厳しい魔女ではあったが、そのあたりは可愛いものだと思ったものだ。

 老齢ながら、伸びた背筋の長身の魔女。引き詰めた長い銀髪を揺らしながら、弓矢を引く姿を思い出す。

 彼女はたしかに厳しかったが、あの山で過ごした二年間は、得難いものだった。

『屍肉の魔女』の最期を思うと、胸苦しさを感じるのだが。

「それは」

 静かに響いた声に、メリーシアが黙りこくっていたことに気がついた。

 テーブルの上で両手を組み、目を伏せている。

 いつになく深刻そうな様子に、リックは神妙な面持ちになる。

「それは……どんな甘味も作れる、ということですか?」

 再び場に沈黙が落ちた。

 かんみ、の言葉を脳内で変換するが、リックは一つしか浮かばない。

「……できる」

 アップルパイを前に、目を子どものように輝かせていた主人だ。話を聞いて、そのことで頭がいっぱいになっていたとしてもおかしくない。

 リックの返事に、先ほどよりも表情が明るくなった。

「ではでは! ミルフィーユというものは作れますか!? アベラードがアップルパイを買ったお店の人気商品だそうなんです。いつもすぐ売り切れてしまうから、買ってこられないそうで……」

 初めて聞く名前ではあった。

 メリーシアがアベラードから聞いたという特徴からすると、パイが作れたらできそうな気がする。

「作ってみよう」

 リックの返事に、メリーシアは花のような笑顔を浮かべる。

 アベラードはこの顔を見たことがあるのだろうか。

 絶対作ってみせよう。

 そう決意しながら、リックは紅茶を飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ