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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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7/20

第7話

 その日は、朝から養父アベラードが訪ねてきていた。

 リックにチクチク言葉を浴びせるのは、自明の理である。メリーシアの計らいで、一人森で植林活動に勤しんでいたリックだったが。

 日が天辺に昇るころ、こちらに向かってくる気配に顔を上げた。こんなところにやって来るのは主人くらいのものだろう。サボっていたことがバレたか。植林は全く進んでいない。

 さて、どうごまかしたものか。

 姿を現した主人は、すでに怒り顔だった。

「どうして言ってくれなかったんですか!」

 胸ぐらを掴まんばかりの勢いで言われるものの、リックは動じない。力の差は歴然である。

 とはいえ想像していた説教ではない。内心困惑していた。

「落ち着け、主人。なんの話だ?」

「『庵の魔女』の話です! あなた、家を訪ねたとき、なにも言ってなかったじゃないですか!」

 合点がいった。おおよそ、アベラードから仔細を聞いたのだろう。

 メリーシアを引きはがし、また攻撃されないよう両手は掴んだままにしておいた。

「聞かれなかったからな」

「言われなきゃわかりませんけど!?」

 また掴みかかろうとするので、両手を封じておいて正解だった。

 一呼吸したメリーシアは、「離してください」と静かに言う。

 命じればいいものの、この主人は律儀だ。いたずらに魔犬を使おうとはしない。

 想像していた『災厄の魔女』と違う姿に困惑することは、もうなくなった。

 そもそも、『庵の魔女』で魔女はイメージとは違うものだと身に染みてはいたのだ。

 そろそろ昼食の時間だ。家の方へと足を向けるメリーシアの隣を、リックはついていく。

「話したくないわけじゃないんだが、あまり楽しい思い出じゃなかったんだ」

 姉の仇を探し辿り着いた『庵の魔女』の屋敷。

 下僕と成りさがり始まった日々だったが、当然、素直に受け入れられたわけではない。

 顎でこき使う『庵の魔女』に反発しては、逆さ吊りにされていた。

「あの戦争を生き抜いた魔女だからかな、こんな大層な首輪がなくとも、その辺の蔦草で俺を手下にしやがった」

 そう言ってリックは首元の戒めに触れた。

 戦争が終わってからできた魔女と人間の条約では、首輪を付け、言葉の契約を交わしてから『魔犬』となる。

 強大な魔力を持つ古よりの魔女ならば、特別な道具など必要としなかったのだろう。

 リックはちらりとメリーシアを見やる。

「主人ほどの魔力があれば、これは必要ないんじゃないのか?」

 指先で首輪をいじるリックの視線を受けて、メリーシアは目を逸らした。

「わたし自身には、そう魔力があるわけではないので……」

「あー……」

 言いにくいことを言わせた。

 気まずさにリックは明後日を向き、後ろ頭をかく。

「悪い。答えたくないのなら答えなくていい、と言ったのに」

 魔力を封じる入れ墨について聞いたときのことだ。そのときのことを思い出し、メリーシアははっとなった。

「……ごめんなさい。あなたにも、話したくないことがあるのに」

「いや、それは気にしなくていい。話したくないのは……『庵の魔女』があまりにも圧倒的だったから」

 バツの悪そうな顔をするリックに、メリーシアは首を傾げる。

 リックは大きくため息をつき、観念したかのように口を開いた。

「魔法を使わずとも『庵の魔女』は強かったんだ。よく投げ飛ばされていた」

「え!?」

 体格のいいリックだ。数年前、少年の時分とはいえ、それなりに力はあったように見受けられる。

 それを投げ飛ばすなど……。メリーシアは言葉もない。

「『庵の魔女』に鍛えられたところはある。おかげで、魔女とはこんなにも暴力的なのかと思ったくらいだ」

「人によるかと思います。アベラードなんかは、重労働を嫌がりますし」

 メリーシアの養父・アベラードの顔を思い出し、リックは苦笑する。あの養父の場合、メリーシアに連なること以外は嫌がりそうだ。

 リックはメリーシアを見やる。上から下まで眺める視線に、メリーシアはたじろいだ。

「な、なんですか……?」

「いや。主人にも吹き飛ばされたな、と思って」

 ここに来た初日、夜半のことだった。リッカの幻影を追い足を踏み入れた主人の寝室で、目を覚ましたメリーシアに吹き飛ばされた。

 あのときのリッカのことは、メリーシアには聞けていない。クロッシアが集めたという魔力を持つ人間の一人にされたことは間違いないようだが、なぜあのとき姿が見えたのだろうか。

「主人、あんたの力は」

「あれは腕っぷしの強さで吹き飛ばしたわけじゃないですからね!? 無意識の魔力でやっちゃっただけなので……!」

 言いかけたリックを、必死の形相のメリーシアが遮る。

 そこを気にしていたわけではないのだが。

 この『災厄の魔女』が気にするところはそこなのか。おもしろくなったリックは、まだ言い訳を連なる主人の話を黙って聞いていた。

 笑いをこらえるリックに、ようやく気付いたらしい。

「というか、聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。我が主は乙女だということだな」

「違いますが!?」

 噛み付く主人に、リックはくつくつ笑う。これではどちらが『犬』かわからない。

 それに気づいたのか、メリーシアは咳払いをして姿勢を正した。

「『庵の魔女』は、戦争を生き抜いた魔女だと聞いています。魔力だけでなく、身体能力も高かったのも納得ですね」

「にしても、限度ってものがあるだろ……」

『庵の魔女』の元で過ごした日々を思い出し、リックは身震いした。

 リックの身体能力は、『庵の魔女』の元で鍛えられたと言っても過言ではない。魔女の折檻から逃れるため、体中に傷や痣を作りながら逞しく成長していった。

『庵の魔女』の元で二年を過ごしたのち、「あとは好きにしろ」と放り出された。

 なんの力も持たない少年が、一人で生きていけるようにしてくれたと気づいたのは、山中で襲われたときだった。

「しかしまぁ、おかげで腕っぷしに自信はついた。メリーちゃんの力ほどではないが、用心棒くらいはできよう」

「だから……!」

 話を蒸し返されて、メリーシアはぐぬぬと唸る。

 リックは『庵の魔女』に思いを馳せた。

 今思えば、彼女は自分の死期を悟っていたような気がする。

『庵の魔女』にエナフリン山脈へ行けと追い出されたあと、山中で襲ってきた輩に「お前が『庵の魔女』を殺したんだろう」と詰められて、寝耳に水だったほどだ。

 エナフリン山脈で出会った魔女からは、あいつが死んだのはお前のせいではないと言われた。

 彼女の元には、姉リッカに連なる情報が少しでも手に入ればいいと思い、忍び込んだだけだ。二年を共に過ごすうちに、情とまではいかずとも近しい感情は抱くようになっていた。

 あんなに憎んでいた『魔女』だったのに。

『庵の魔女』。二つ名に似合わず粗暴だが、芯の優しい魔女だった。

 考えているうちに、家のそばまで来ていた。

「リック?」

 ドアを開けようとしていたメリーシアは、足を止めて小屋を見ていたリックを振り返る。彼は人差し指で半円を描くように動かし、

「家の裏」

 と口を開いた。

「背の低い木々があるだろう? あの銀木は、墓標か?」

 問いかけにメリーシアは答えない。

 ゆっくりと階段を下りてくると、家の裏手へと向かう。その後ろを、リックはついていった。

 家の裏手には、古くからの森が広がっている。赤子のメリーシアが吹き飛ばしたのは、小屋の玄関口から向こうだった。

 その手前、小屋と裏の森との境には、膝の高さほどの銀色の木々が生えている。

 銀木は魔力を強く帯びた木だ。この木を使えば、魔力のない人間でも簡単な魔法くらいは使える。

 メリーシアはその木の前でしゃがみ込むと、枝を優しく撫でた。

「ブライア、ジェーン、ミシェル、エミリー、アリッサ……。犠牲になった子たちです。わたしの中にあった魔力を木に移し、墓標とさせてもらっています」

 リックは彼女が以前言っていたことを思い出した。

『この魔力は、返さなきゃ』とは、このことだったのだ。

 銀木は十数本並んでいる。

「わたしの中の彼らと会話をできるわけではないけれど、弔いを拒む人も多くて……。命を奪ったのだから、当然です。この力がわたしの中にあるかぎり自分の罪を自覚できるので、それで彼らの気が済むなら甘んじて受け入れます。だけど……」

 メリーシアは両手を組み、祈りを捧げる。

 彼女は自身の中にある力を、自分のものではないかのように話していた。借り物でしかないと思っているのだろう。

「こんなことで許されるとは、思っていないんですが」

「しかし魔力を移すとなると、主人の魔力はどうなる? 全員分となると……」

 立ち上がったメリーシアは、ゆっくりと振り返った。風が彼女の髪をなびかせ、過ぎ去っていく。

 リックは彼女の瞳の中に、諦念の色を見た。世捨て人の目だと思ったのは、間違いなかったのだ。

「わたしは器だから。全ての魔力を、魂を返して、空っぽになったとしても構いません」

 魔力を全て失った魔女の末路を、リックは知っている。

 リックが殺した二人目の魔女。彼女の死は虚しいものだった。

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