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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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第5話

 この手の事件は多いらしい。

 魔女省の職員は慣れた様子で女性を引き取ると、メリーシアたちにはもう帰っていいとさっさと追い出した。

『死の森』へと帰る道すがら、メリーシアもリックも無言だった。

 家へと辿り着き、メリーシアが階段に足をかけたところで、リックが口を開いた。

「主人、質問は許されるか?」

 背後からかかった声に、メリーシアは足を止めた。なるべく普段どおりに見えるよう、振り返る。

「えぇ、構いませんが」

「主人が自分の命に無頓着なのと、この地が『死の森』になったこと、それから主人の入れ墨は、全部関係のあることか?」

 メリーシアはすぐには答えなかった。まっすぐに見上げてくるリックの視線を受け、目を逸らしそうになる。

 だがリックの空色の瞳は、誤魔化すことを許さない。

「……中で話しましょう。長い話になります」

 リックが頷くのを見届けて、メリーシアはドアを開いた。


   *


 テーブルにつくメリーシアの前に、リックはティーカップをそっと置いた。主人に促され、その向かいに座る。

「話は二十年ほど前に遡ります。この地に最初の『災厄の魔女』が現れたとき……」

 メリーシアは、自身を二代目の『災厄の魔女』だと認識している。この地を半壊させたのが『災厄の魔女』ならば、その認識は正しくはないのだが――。

「わたしの母クロッシアは、良く言えば魔術の探求に熱心な魔女でした」

「『良く言えば』」

「……悪く言えば、自分勝手。自分の欲求のためならば、他人がどうなろうと知ったことではない、という人だったそうです」

 メリーシアは目を閉じて、そう言ってきた人々のことを思った。

 伝え聞いただけだ。なにせ母親はメリーシアが生まれて三か月で死んだ。

「彼女が求めたのは、より強い魔力。彼女自身も強い魔女でしたが、それだけで満足できる人ではなかった……。そんなときに出会ったのが、わたしの父だったそうです」

 父のことを、メリーシアはよく知らない。彼を知る人がそう多くなかったせいだ。

 メリーシアの父は、異国の人間だったという。どういう経緯でメリーシアの母親と知り合ったかは定かでないが、二人は夫婦となり、この森で研究を続けた。

「両親は、より強い魔力を持つ者を生み出すこと、そのことに執着していました。しかし魔力の強い子が生まれるかは運……。ならば作り出せばいいと二人は考えた。そして起きたのが、『クロッシアの夜』でした」

 その単語に、リックはわずかに眉を上げた。それこそが、リックが真に追っているものだから。

 しかし話の腰を折らない方がいいだろう。リックは黙って続きを促した。

「彼女らは、百人の魔力を持つ人間を集め……」

 その先はリックも知っている。

 魔女クロッシアは、夜な夜な集めた人間の命と引き換えに、魔力を抽出した。

 一人の魔女が起こした殺人事件としては最大のもので、のちに『クロッシアの夜』と名付けられる。

「彼女が史上最悪の魔女として名高いのは、事実です。ですが戦争が終わる直前に亡くなり、裁判にかけられることはなかった。彼女の終の棲家に住んでいるから、わたしが『災厄の魔女』と言われている部分はあると思います」

「否定して回らないのか?」

 リックのその問いに、メリーシアは静かに頭を振る。

「魔女クロッシアの研究は成功していたんです。人から人への魔力の譲渡……。この森の破壊は、クロッシアが起こしたものではない。貰った魔力で起こしてしまいました」

 言い方にリックは引っかかった。その言い方ではまるで――。

 メリーシアの瞳が、まっすぐにリックを射抜く。

「この森を破壊し、クロッシアを含め傍にいた十二人を殺した『災厄の魔女』、それがわたしの名前です」

 場に静寂が落ちる。

 時間にしたら短いものだったのだろう。風が窓を揺らす音にリックが我に返ったとき、メリーシアは静かに紅茶を飲んでいた。

 やけに落ち着いている。こうした説明をしたのは、一度や二度ではないのであろう。

 リックは一度テーブルに視線を落とし、それからメリーシアを見やった。

 視線は合わない。しかし合ったとしたら、また言葉を探す羽目になったかもしれない。リックは胸を落ち着かせながら、口を開いた。

「その入れ墨は、魔力を抑えるために自分でやっている、ということか?」

 とある魔女の家に忍び込んだとき、リックは魔術封じに同じような入れ墨を入れられた。

 魔女の入れ墨は、一生消えないものではない。その魔女の意思一つで消すも残すも自在だ。

「わたし一人の力では、魔力が暴走したときに止められません。父や魔女省の者の力も入っています」

「なぜ抑える必要が?」

「わりと、この身に余る魔力量なもので」

 そう言ってメリーシアは目を伏せた。

 この森を破壊したと言っていた。『災厄の魔女』であることには違いないのだろう。

「百人の人間の魔力は、主人に移されたのか」

 メリーシアは視線を上げない。凪いだ紅茶の表面を見つめていた。

「わたしの体は、器としてはうってつけのものでした。でも、ただ『器』であるだけ。この魔力は、返さなきゃ」

 どう返すというのだ。当人たちはもう死んでいるというのに。

 詰めることはできなかった。メリーシアの目は、世捨て人のそれだったから。


   *


 休むという主人を見送り、リックは暖炉の火を消した。ソファに身を沈め、毛布に包まる。

 俄かには信じがたい話であった。

 メリーシアの話が本当ならば、彼女は生まれて間もないながらも強大な魔力を使い、この森と多くの人を滅ぼしたことになる。

 生後間もない赤子に、そんなことが可能なのか。だが彼女の言うとおりならば、全ての辻褄が合う。

「わっけわかんねぇ……」

 ずっと仇を探していた。その相手が『災厄の魔女』だとようやく突き止めたのに、誰を恨めばいいのか。

 メリーシアではないとは思う。だがその母だとするのは、気持ちの持っていきようがない。なにせとうに故人だ。

 なんのために『魔犬』となったのか。

 リックは寝返りを打った。少し身を起こし、メリーシアの寝室の戸を見つめる。

 そこには誰も立っていない。ここに来た初日に見た少女は、幻だったのだろうか。

 忘れるはずもない。彼女は最後に会ったときの姉リッカ、そのものの姿をしていた。

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