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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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第4話

 泊まっていくというアベラードを「ベッドがないから」と追い返し、ようやくメリーシアは一息つけた。

 とはいえもう日は沈んでいる。食事の時間とすることになった。

 たった一日で、リックの生活はがらりと変わった。ツェンタール監獄にいたのだから当然だが、なんだか夢の中にいるようだ。昨日までは、刑の執行より飢え死にするのが先かと思われる毎日であった。

『魔犬』といえば、死ぬまで魔女にこき使われるのもザラだと聞く。それでも、飢えを心配しなくていいというだけで充分だった。

 食事の片づけをしているときに、メリーシアが切り出した。

「今日はイレギュラーでしたが、あなたには植林と家事をやってもらいます」

 ついに植林って言った。思ったが、リックは口にはしなかった。安定した日々が続くのなら、それでいい。

「仰せのままに、マイハンドラー」

 優雅に腰を折るリックに、メリーシアは訝しげな目を向ける。

「殺し屋とかなんとか言ってましたけど、時々育ちが良さそうな仕草をしますよね、あなたは」

 家事に戻ろうとしたところでそう言われ、リックは「あぁ」と相槌を打つ。

「育ちはよくないよ。俺は生まれてすぐに、孤児院に捨て置かれたからな」

「え……」

 当時はそう珍しい話ではなかった。

 リックが生まれたころは、戦争も最盛期。戦争孤児もザラにいるし、口減らしに孤児院に置いていかれる赤子も多かった。

「姉が……血の繋がりのある姉じゃなくて、同じ孤児院の年上だった子がな、良家の子だったらしい。その子から厳しく躾けられたから、所作には気をつけてるとこがある」

 戦争、と聞いてメリーシアの心が仄暗くなる。

 先の戦争が終結したのは、メリーシアが生まれた年である。だからメリーシアが気に病む必要はないのだが、一魔女として責任は感じる。

「あとは……魔女が怖かった」

「は?」

 素っ頓狂な声を上げるメリーシアから目を逸らすリックだったが、突き刺さる視線に観念した。

 彼女になら、話してもいいだろう。

「俺が殺した三人の魔女。彼女らの懐に入るため、しばらく一緒に生活した」

 その言葉に、メリーシアはとうとう呆れた。

「あなたには、希死念慮が?」

「まさか。虎穴に入らざれば虎子を得ず、だ。俺は知りたいことがあるだけさ」

 首を傾げるメリーシアを一瞥し、リックは片づけに戻った。

 どうにもとらえどころのない魔犬である。

 メリーシアはそれ以上の追求はやめ、紅茶を口にした。


   *


 翌日も、ただひたすらに植林が続いた。

 土壌が植物の生育しにくいものになっているらしく、一日に数本しか植えられない。根気の要る作業ではあるが、リックはそういったものには慣れている。

 安定した日々が続くと思われていた時間は、日暮れごろに終わりを告げた。

 屋外から梟の鳴く声がして、メリーシアが腰を上げる。

「あら、魔女省の使い?」

 ドアを開けると、階段の手摺りに一羽の梟が止まっていた。嘴に咥えられた手紙には、魔女省の封蝋がしてある。

 メリーシアが手紙を受け取ると、梟は夜空へと飛んでいってしまった。

 ペーパーナイフで封を切ったメリーシアは、手紙を読むにつれて、眉間に皺が刻まれていく。

「よくない知らせで?」

「魔女の仕事を、しなきゃいけなくて……」

 魔犬を得たことで、義務が生じた。魔女省が抱える様々な仕事を、魔犬持ちの魔女は行う義務がある。

「亡くなって放置されている『いおりの魔女』の屋敷を片づけろ、と。中央区まで行かなくちゃいけません……」

 まるで苦虫を噛み潰したようだ。

 リックは首を傾げた。


   *


 三日後。人々が行き交う中央区の大通りの片隅に、メリーシアは立っていた。

 頭から薄い黒レースのストールを被り、通りの様子を窺う。

「魔女が町中に家を構えてるなんて、珍しいんじゃないのか?」

「そうらしいですね……うぅ、行きたくない……」

 家を出たときから、メリーシアの足取りは重かった。一歩後ろを付き従っていたリックだが、歩みの遅さにさすがにため息が出る。

「なにがそんなに嫌なんだ?」

「大勢の人がいるというのが 気が重くて……。みんながわたしを見ている気がするし、話しかけられでもしたら緊張してうっかり魔法を使っちゃうかもしれないし、本当に無理……」

 なにせ森に引きこもっていた魔女である。先日の監獄来訪のときは、父アベラードが一緒だったからなんとかなったが、今日は自分一人でどうにかしなければならない。

「……一人でなんでもできるようになるって決めたんだから、腹を括らなきゃ、ですよね」

「なんだ、そんなこと」

 軽く言われて、思わず顔を上げた。簡単に言ってくれるな、そう反論しようとした口は、高くなった視界に息を呑んだ。

「一人じゃなくて、一人と一匹だろう。俺の肩に顔を埋めてじっとしとけばいい。次に顔を上げるときには魔女の家だ」

 あっという間にリックの腕に抱き抱えられていて、その高さに慌てて魔犬の肩を掴む。

「これじゃ逆に目立つでしょう!? 降ろしてください!」

「見せつけてるんだよ。『災厄の魔女』の御成り、道を開けよ、ってね」

 反論も虚しく歩き出してしまい、メリーシアは頭を下げてリックの首元だけを見るようにした。

 視線は感じる。昔から、刺すような視線を向けられるのが苦手だった。自分の罪を嫌が応にも感じ、外に出るのを躊躇っていた。

 だが今日は心なしか棘を感じない。

「ママー、王子さまみたい」

「あらあら、本当ね」

 親子の声のした方をちらりと盗み見る。

 幼い少女と目が合って、にこーっと笑みを向けられた。

 メリーシアがぎこちなく口の端を上げる間にも、リックはずんずん進んでいく。

「主人が首元を隠してくれてるからな。これじゃ魔女と魔犬だとは気づかれまい」

「あなた、そんなことまで計算してたの?」

「それもなくはない」

 呆れた。

 でも確かに、リックの首輪さえ見えなければ、ただの男女にしか見えないだろう。

 昨今は黒の衣服を着る人間も増えた。魔女と人間の境目は薄くなっていっている。

 そろそろと見渡してみれば、自分たちに注目している人などさほどいない。

 メリーシアは、日が差す通りを初めて見る気持ちでいた。


   *


『庵の魔女』の家は、大通りから外れて民家が少なくなってきたところにあった。周囲に他の家はなく、やはりここは魔女の住まいなのだな、と思わせられる。

「なんか……逆に見られていた気がします」

 戸口の前で降ろされたメリーシアは、ようやく気づいた事実に、リックをじとっと見上げる。

 長身の男に、抱えられたストールの女。目立たないわけがない。

 リックはくつくつ笑っていた。

「笑ってごまかさないでください!」

 立場がおかしくないかと思うメリーシアだが、ここは流すのが主人らしいだろうと思い、口をつぐんだ。

 鍵は魔女省の者から預かっていた。メリーシアが戸を開けると、こもった空気が流れ出る。

『庵の魔女』の家は、時が止まっていた。

 老衰だったと聞いている。この家は、彼女が死んだその時に動きを止めた。

 テーブルの上に置かれた本や羽ペン。ロッキングチェアにかけられたカーディガン。

 吊り下げられたドライフラワーは、いつかは朽ちていくのだろう。

「なんだか、寂しいものだな」

 奥の扉を開けると、寝室だった。ここだけ小綺麗なのは、『庵の魔女』が亡くなっていた場所だからだ。葬儀の際に、誰かが片づけてくれていた。

「リビングとキッチンを片づけてくれと言われてます。使えそうなものがあったら持ち帰ってよし、その他は処分してくれ、と」

『庵の魔女』には、他に家族がいなかった。

 亡くなってから長い月日が経っていたが、この家をどうにかしようと思う者はいなかったのだ。

 二人は出しっぱなしの物を戸棚に仕舞ったり、入り用の物を鞄に入れたりしながら、魔女の家を片づけていく。

「魔女の死ってのは、寂しくなるものなんだろうな」

 小さく零したリックに、彼が殺したという三人の魔女のことを思った。

 メリーシアの頭に、自身の母親のことが浮かぶ。

 人間を殺めた魔女には、穏やかな死など似合わないのだろう。先の戦乱で、魔女は多くの人間を葬った。

 人間も多くの魔女を殺した。『殺戮』という観点からすれば、人間も同じではある。

 だが多対一の人間に対して、魔女は一対多だ。多くを屠る魔女の手に、罪の意識は重くのしかかった。

 戦争が終わっても、その傷が簡単に癒えることはない。

 メリーシア自身は戦後の育ちだが、その母は真っただ中に生きていた。

 亡くなったのは、メリーシアが物心つく前。母のことを思うと胸がざわつく。メリーシアは彼女のことを考えるのをやめた。

「……わたし、庭の方を見てきますね」

 リックの返事を待たず、メリーシアは出ていった。


   *


 大抵の魔女は、自身の庭を持っている。大小の差はあるが、その庭で魔術に使う草花を育てているのだ。

『庵の魔女』の庭は、家と同じほどの面積があった。一人で管理するには、このくらいがちょうどいいのかもしれない。

 メリーシアは、その一角にしゃがみ込んだ。そこにはメリーシアも名の知らぬ花が咲いている。メリーシアは『死の森』に育つ木々しか知らない。

 この庭の魔女は草花に詳しかったが、それをメリーシアが知る由もない。

 魔女がどう生き、どう死んでいったのか、メリーシアは考える。

 その時だった。

「魔女……?」

 ふいにそんな声がして、メリーシアは振り返った。そこには、初老に差し掛かったほどに見える女性の姿があった。

 薪を拾いに来たのであろう、その肩には木々を束ねた籠がかけられている。

 憎しみの込められたその瞳に、メリーシアの体は強張った。これは『人間』が『魔女』に向ける瞳だ。

 戦火の色が濃く残る時代のもの。

「あんたのせいでお父さんは……!」

 女性は手にした薪を振り上げ、メリーシアに向かって突進してくる。

 細身の女性だ。魔女と人間の力量差もある。メリーシアの敵ではないだろう。

 だというのに、メリーシアは動かなかった。まるで罰されるのが当然であるかとでも言うかのように。

「うわぁぁぁぁ!!」

 女性の咆哮に、メリーシアは目を閉じた。

 だが衝撃はやってこない。

「死にたがりか? この程度で死ねるとも思えないが」

 目を開けると、そこにはリックがいた。女性の腕を掴み、メリーシアを守ってくれていた。

 メリーシアの胸中に、安堵と落胆が浮かぶ。だがその感情をすぐに抑え込み、メリーシアは一つ呼吸をする。

「どうする主人? 生かすも殺すも容易いが」

「話を聞くのが先です。貴女、なぜこのような真似を?」

 メリーシアは女性を見やった。

 リックの腕から抜け出そうとしている女性だが、よほどきつく締め上げられているのだろう、びくともしない。

「あんたのせいでお父さんは死んだ! だからあんたを殺してやる!」

「わたしと貴女は初対面です。『魔女』の罪だと言われてしまえば、反論できませんが」

「この家の魔女だろう!? 『庵の魔女』! あんただ!」

「『庵の魔女』は死にました。わたしじゃありません」

 冷静に言い放つメリーシアに、女性はくたりと力を抜いた。膝をつく彼女に、リックは手を離さないまでも、多少力を緩めたようだ。メリーシアにも、女性に抵抗の意思が消えたことがわかった。

 一人の魔女が殺した人間の数は、一人の人間が殺した数よりも遥かに多い。数の大小で罪の大小が決まるというのなら、たしかに魔女の罪は重いのかもしれない。

 だが戦争というものは、罪の在り処が見えづらい。

 そのとき、一羽の梟が音もなく舞い降りてきて、メリーシアの腕に止まった。

「魔女省の梟ですね。彼女を……そうですか」

「なんと?」

 動物と話せる魔女は少なからずいる。メリーシアがそれだと聞いたわけではないが、主人の様子にそうだろうと当たりをつけた。

「彼女を魔女省に連れてくるように、と。魔女と人間は不可侵ですから……。でも、未遂ですからすぐに解放されるかと」

「魔女の同情なんていらないよ」

 相当恨みは深いのだろう。見ず知らずのメリーシアにさえ、女性は鋭い視線を向けていた。

 リックに言われ、メリーシアは家の中からロープを持ってきた。

 今日はもう片づけどころではない。女性の両手を縛り、メリーシアたちは魔女省へと向かった。

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