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『最果ての森』はリーゼンブルグの東に位置し、海に面している。
本来ならば、異国の脅威に備えなければならない場所だが、この森は少々特殊だった。
「保護魔術は切れていないか?」
討伐隊は森の中を進みながら、魔術の効果を何度も確認していた。
瘴気の満ちるこの森は、普通の人間では耐えられない。魔女でも力の弱い者は、体調に支障を来すだろう。
魔女を中心に組まれた討伐隊の中には、人間もいる。保護魔術をかけて、森の中を進軍していた。
「魔女の家はまだか?」
「森の中程だと聞いている」
日の差さない森の中。命を削る瘴気が満ちているとなれば、焦りも生まれる。
アベラードは、隊員たちを振り返った。
魔女は魔力はあるが戦闘経験が少なく、人間は戦闘経験はあるが魔術の耐性がない。この部隊で、はたして異端の魔女に勝てるのか。
「いや、数はこちらが多い……」
事前の調査によると、森に出入りしているのは異端の魔女と、その夫だけだという。
誘拐された少女たちがどうなっているかわからないから、慎重に事を進めるに越したことはない。
何十人と攫われているという。彼女らは、みな魔力を持つ少女たちだ。魔女の命令で、いつ木々の間から襲ってくるとも知れない。
警戒するも、あっさりと魔女の家へと辿りついた。
しかしこちらの動向は読まれていたようだ。ドアの前で、異端の魔女が不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。
「皆々様、ようこそ我が家へ。この家の主人のクロッシアです。まぁ、招待した覚えはないんだけど」
体に沿った黒いドレスを摘み、優雅に挨拶する異端の魔女・クロッシア。討伐隊の面々は、杖や剣を構え警戒の姿勢を取った。
アベラードが一歩前に進み出る。
「むしろこちらが招待状を持ってきたのだ。ツェンタール監獄の招待状をな」
「あははははっ! おもしろい冗談を言うのね! このあたしが、なんの罪を犯したと言うの?」
クロッシアの高笑いに呼応して、木々がざわざわと揺れる。
異様な気配が、辺りに流れていた。
「身に覚えがないとは言わせないぞ! 貴様が魔力を持つ者を攫うところを見た者は、大勢いる!」
「攫ったんじゃないわ? みんな、あたしについてきたのよ? 籠の中から出してもらいたくてね」
アベラードは言葉に詰まった。その状況には覚えがある。
魔女であることを、世間にばれないよう、家から出してもらえなかった子ども時代のことが、脳裏を過った。
クロッシアは畳みかける。
「あたしが『ここから連れ出してあげる』って言ったら、みんな涙を流して喜んだわ? 罪を犯しているのは、どちらなんでしょうね?」
「黙れ! 正規の手続きを踏まずに連れ出すのが、罪だとわからないのか!」
「あなたたちにも、きっと身に覚えがあるでしょうに……。魔力を持っていることで、つらい思いをしたことはないのかしら」
同情するかのように、猫撫で声を出すクロッシア。討伐隊の魔女たちに、動揺が広がる。
ここにいる魔女たち誰もが、記憶にある。
魔力を持って生まれたことで、身を潜めるようにして生きてきた。魔力の片鱗すら見せることは許されず、ただの貴族の子息以上の力を求められ、押さえつけられてきた。
クロッシアの甘い誘いがあったなら、ついていっていたかもしれない。
「でも、その証拠がどこにあるのかしら?」
「家の中を検めさせてもらおう」
この魔女の力は、計り知れない。他の魔女たちにクロッシアを見張らせ、アベラードは家の中に入ろうとする。
そのときだった。家の奥から、赤子の泣く声が聞こえてきた。
クロッシアの表情が小さく歪んだのを、アベラードは見逃さなかった。
「お前の子か?」
「今まで泣いたことなんてなかったのに……」
攫われた子どもたちの行方はわからないが、少なくともここに赤子一人はいる。救出対象か?
アベラードの一瞬の逡巡の後、予想だにしていなかったことが起こった。
白いスワドルに包まれた赤子が、宙に浮いて現れたのだ。
「このっ……! 勝手に動くなっ、A!」
クロッシアが光の球を放つが、赤子には当たらない。外しているのではなく、赤子に幕が張ったように滑っていくのだ。
恐らくこの子も魔女なのだろう。状況からして、クロッシアの子だと推測された。
「あの子は貴様の子なのか」
「だったらなんだというの? あぁ、忌々しい。せっかく形を与えてやったというのに、魔術の一つも出しやしない。だから百人の魔力を注ぎ込んだのに、魔術を使うのは今じゃないでしょう?」
クロッシアはもう、アベラードの方を向いていない。赤子にばかり意識がいっており、討伐隊がいることなど忘れているかのようだった。
自分勝手なのだ。自分の欲望しか見ていない。
こんな人がいることを、アベラードは生まれて初めて知った。
「実の子を記号で呼ぶなんて、そんなことがあってなるものか……!!」
アベラードの親でさえも、彼を名前で呼んでいた。
今も許しはできていないが、生きる術を与えてくれたことに礼くらいは言える。
だがこの魔女は駄目だ。
我が子を記号でしか呼ばず、実験道具かのように自身の魔術の研究に使う。
百人の魔力を注ぎ込んだと言っていた。
あの赤子が、それに耐えたというのか。
口ぶりからして、百人とは攫ってきた子どもたちのことだろう。気配がないとは思ったが、やはり殺されてしまったのだ。
なにもかもが許せない。
終戦に向けて進んでいるこの局面で、この魔女を生かしておいては国の混乱を呼ぶ。
そう直感した。
「クロッシアを捕縛しろ! 生死は問わない!」
アベラードの号令に、討伐隊が動く。
魔女の面々は、杖をクロッシアに向けた。赤子に意識がいっていたクロッシアだったが、やはり高位の魔女。すべての攻撃を、片手を振るだけで叩き落としてみせた。
予想はしていたが、彼女は強い。
ならばと人間たちが剣を抜く。三人が一斉に接近戦を挑んだ。
大柄な男たちに斬りかかられても、クロッシアは表情一つ変えない。周囲の木々の枝葉を瞬時に集め、背後から剣を払う。
クロッシアは、ふっと口の片端を上げた。
「なんと言ったかしら? 監獄に招待? 捕縛? 『遊びに来た』の聞き間違いだったかしら?」
これほどまでに、歯が立たないというのか。
女性の方が魔力は強いと言われてはきた。だからこそ、隠しきれない魔力を持ちながら、人間の中で暮らすのは難しいと、多くの女性の魔女は身を潜めてきたのだ。
戦争において、人間は数で魔女を圧倒してきた。
討伐隊も、十分な数を揃えたはずだった。魔女一人には、この程度いれば大丈夫だろうと。
それがどうだ? 全く歯が立たないではないか。
自分の魔術が、どれだけ通用するか。
アベラードは、自分がやるしかないと、特攻をかけようとした。
瞬間、ざわりと背すじが粟立った。
《《なにか》》が来る。本能でそう感じた。
反射的に防御魔術を使っていた。
刹那の静寂。次に聞こえてきたのは、赤子の大きな鳴き声だ。
そしてクロッシアの背後から、光が放たれたと思った次の瞬間、大地を揺らす爆発的な光と熱風が広がった。
爆風は家を破壊し、木々を薙ぎ倒し、アベラードがどうにかその場に留まれたのは、ひとえに魔力量故だった。
女の悲鳴が聞こえた気がしたが、あれはクロッシアのものだったか。
風が収まり、アベラードはゆっくりと防御魔術を解いて、周囲の様子を見ることができた。
更地になってしまっている。
密生していた木々は近くになく、遠くに見えるばかりだ。
立っているのは自分一人だけ。少し先に倒れている人影があるが、身じろぎ一つしない。胸の上下もしていない気がする。
当然、魔女の家も無くなってしまっていた。
家があった場所に白い塊がある。アベラードはゆっくりと近づいていった。
「……これ、君がやったのか?」
スワドルに包まれ、赤子はただすやすやと寝息を立てていた。




