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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
〈挿話〉父になる日

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3

『最果ての森』はリーゼンブルグの東に位置し、海に面している。

 本来ならば、異国の脅威に備えなければならない場所だが、この森は少々特殊だった。

「保護魔術は切れていないか?」

 討伐隊は森の中を進みながら、魔術の効果を何度も確認していた。

 瘴気の満ちるこの森は、普通の人間では耐えられない。魔女でも力の弱い者は、体調に支障を来すだろう。

 魔女を中心に組まれた討伐隊の中には、人間もいる。保護魔術をかけて、森の中を進軍していた。

「魔女の家はまだか?」

「森の中程だと聞いている」

 日の差さない森の中。命を削る瘴気が満ちているとなれば、焦りも生まれる。

 アベラードは、隊員たちを振り返った。

 魔女は魔力はあるが戦闘経験が少なく、人間は戦闘経験はあるが魔術の耐性がない。この部隊で、はたして異端の魔女に勝てるのか。

「いや、数はこちらが多い……」

 事前の調査によると、森に出入りしているのは異端の魔女と、その夫だけだという。

 誘拐された少女たちがどうなっているかわからないから、慎重に事を進めるに越したことはない。

 何十人と攫われているという。彼女らは、みな魔力を持つ少女たちだ。魔女の命令で、いつ木々の間から襲ってくるとも知れない。

 警戒するも、あっさりと魔女の家へと辿りついた。

 しかしこちらの動向は読まれていたようだ。ドアの前で、異端の魔女が不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。

「皆々様、ようこそ我が家へ。この家の主人のクロッシアです。まぁ、招待した覚えはないんだけど」

 体に沿った黒いドレスを摘み、優雅に挨拶する異端の魔女・クロッシア。討伐隊の面々は、杖や剣を構え警戒の姿勢を取った。

 アベラードが一歩前に進み出る。

「むしろこちらが招待状を持ってきたのだ。ツェンタール監獄の招待状をな」

「あははははっ! おもしろい冗談を言うのね! このあたしが、なんの罪を犯したと言うの?」

 クロッシアの高笑いに呼応して、木々がざわざわと揺れる。

 異様な気配が、辺りに流れていた。

「身に覚えがないとは言わせないぞ! 貴様が魔力を持つ者を攫うところを見た者は、大勢いる!」

「攫ったんじゃないわ? みんな、あたしについてきたのよ? 籠の中から出してもらいたくてね」

 アベラードは言葉に詰まった。その状況には覚えがある。

 魔女であることを、世間にばれないよう、家から出してもらえなかった子ども時代のことが、脳裏を過った。

 クロッシアは畳みかける。

「あたしが『ここから連れ出してあげる』って言ったら、みんな涙を流して喜んだわ? 罪を犯しているのは、どちらなんでしょうね?」

「黙れ! 正規の手続きを踏まずに連れ出すのが、罪だとわからないのか!」

「あなたたちにも、きっと身に覚えがあるでしょうに……。魔力を持っていることで、つらい思いをしたことはないのかしら」

 同情するかのように、猫撫で声を出すクロッシア。討伐隊の魔女たちに、動揺が広がる。

 ここにいる魔女たち誰もが、記憶にある。

 魔力を持って生まれたことで、身を潜めるようにして生きてきた。魔力の片鱗すら見せることは許されず、ただの貴族の子息以上の力を求められ、押さえつけられてきた。

 クロッシアの甘い誘いがあったなら、ついていっていたかもしれない。

「でも、その証拠がどこにあるのかしら?」

「家の中を検めさせてもらおう」

 この魔女の力は、計り知れない。他の魔女たちにクロッシアを見張らせ、アベラードは家の中に入ろうとする。

 そのときだった。家の奥から、赤子の泣く声が聞こえてきた。

 クロッシアの表情が小さく歪んだのを、アベラードは見逃さなかった。

「お前の子か?」

「今まで泣いたことなんてなかったのに……」

 攫われた子どもたちの行方はわからないが、少なくともここに赤子一人はいる。救出対象か?

 アベラードの一瞬の逡巡の後、予想だにしていなかったことが起こった。

 白いスワドルに包まれた赤子が、宙に浮いて現れたのだ。

「このっ……! 勝手に動くなっ、A(アー)!」

 クロッシアが光の球を放つが、赤子には当たらない。外しているのではなく、赤子に幕が張ったように滑っていくのだ。

 恐らくこの子も魔女なのだろう。状況からして、クロッシアの子だと推測された。

「あの子は貴様の子なのか」

「だったらなんだというの? あぁ、忌々しい。せっかく形を与えてやったというのに、魔術の一つも出しやしない。だから百人の魔力を注ぎ込んだのに、魔術を使うのは今じゃないでしょう?」

 クロッシアはもう、アベラードの方を向いていない。赤子にばかり意識がいっており、討伐隊がいることなど忘れているかのようだった。

 自分勝手なのだ。自分の欲望しか見ていない。

 こんな人がいることを、アベラードは生まれて初めて知った。

「実の子を記号で呼ぶなんて、そんなことがあってなるものか……!!」

 アベラードの親でさえも、彼を名前で呼んでいた。

 今も許しはできていないが、生きる術を与えてくれたことに礼くらいは言える。

 だがこの魔女は駄目だ。

 我が子を記号でしか呼ばず、実験道具かのように自身の魔術の研究に使う。

 百人の魔力を注ぎ込んだと言っていた。

 あの赤子が、それに耐えたというのか。

 口ぶりからして、百人とは攫ってきた子どもたちのことだろう。気配がないとは思ったが、やはり殺されてしまったのだ。

 なにもかもが許せない。

 終戦に向けて進んでいるこの局面で、この魔女を生かしておいては国の混乱を呼ぶ。

 そう直感した。

「クロッシアを捕縛しろ! 生死は問わない!」

 アベラードの号令に、討伐隊が動く。

 魔女の面々は、杖をクロッシアに向けた。赤子に意識がいっていたクロッシアだったが、やはり高位の魔女。すべての攻撃を、片手を振るだけで叩き落としてみせた。

 予想はしていたが、彼女は強い。

 ならばと人間たちが剣を抜く。三人が一斉に接近戦を挑んだ。

 大柄な男たちに斬りかかられても、クロッシアは表情一つ変えない。周囲の木々の枝葉を瞬時に集め、背後から剣を払う。

 クロッシアは、ふっと口の片端を上げた。

「なんと言ったかしら? 監獄に招待? 捕縛? 『遊びに来た』の聞き間違いだったかしら?」

 これほどまでに、歯が立たないというのか。

 女性の方が魔力は強いと言われてはきた。だからこそ、隠しきれない魔力を持ちながら、人間の中で暮らすのは難しいと、多くの女性の魔女は身を潜めてきたのだ。

 戦争において、人間は数で魔女を圧倒してきた。

 討伐隊も、十分な数を揃えたはずだった。魔女一人には、この程度いれば大丈夫だろうと。

 それがどうだ? 全く歯が立たないではないか。

 自分の魔術が、どれだけ通用するか。

 アベラードは、自分がやるしかないと、特攻をかけようとした。

 瞬間、ざわりと背すじが粟立った。

 《《なにか》》が来る。本能でそう感じた。

 反射的に防御魔術を使っていた。

 刹那の静寂。次に聞こえてきたのは、赤子の大きな鳴き声だ。

 そしてクロッシアの背後から、光が放たれたと思った次の瞬間、大地を揺らす爆発的な光と熱風が広がった。

 爆風は家を破壊し、木々を薙ぎ倒し、アベラードがどうにかその場に留まれたのは、ひとえに魔力量故だった。

 女の悲鳴が聞こえた気がしたが、あれはクロッシアのものだったか。

 風が収まり、アベラードはゆっくりと防御魔術を解いて、周囲の様子を見ることができた。

 更地になってしまっている。

 密生していた木々は近くになく、遠くに見えるばかりだ。

 立っているのは自分一人だけ。少し先に倒れている人影があるが、身じろぎ一つしない。胸の上下もしていない気がする。

 当然、魔女の家も無くなってしまっていた。

 家があった場所に白い塊がある。アベラードはゆっくりと近づいていった。

「……これ、君がやったのか?」

 スワドルに包まれ、赤子はただすやすやと寝息を立てていた。

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