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アベラード・ウィリアムズは、貴族の生まれである。
郊外に領地を持つ、ウィリアムズ家の次男として生を受けた。
幼少期、アベラードは好物のショートケーキを宝箱に仕舞った。自分の部屋で、好きなときに食べようと思ったのだ。
一週間後、昼食後にショートケーキを食べていたところを、母親に発見される。
腹を壊すことを危惧した母親だったが、そのショートケーキはまるで時を止めたかのように、出来立てのままだった。
そこでアベラードが魔術を使えることが判明したのである。
しかし由緒正しい貴族の家。ウィリアムズ家から魔女が出るなど、あってはならない。
両親はアベラードが魔術を使うことを、厳しく禁じた。
周囲から隠すように、家から出ることを許さず、礼儀作法から勉学に至るまで、徹底的に叩き込むため口の堅い教師を付けた。
兄や他の弟妹たちは、学校に通い、外で自由に暮らしている。
アベラードは、窓の内側からただそれを眺めることしかできなかった。
かくして無邪気な少年は、誰にも心を明かさない頑なな青年となっていったのだ。
*
転機が訪れたのは、十八になる少し前だった。
魔力を持つ貴族の子息が、政界で力を発揮している。
アベラードの両親は、その噂を聞きつけた。
このまま息子を家に閉じ込めていても、いずれ限界が来る。その前に厄介払いしようと考えた。
なにを勝手なことをと思ったアベラードだったが、このころのアベラードは、すでに捻くれた青年になっていた。
外に出られる絶好の機会である。
両親に従ったふりをして、ウィリアムズ家に復讐するという決意を胸に、政界へと足を踏み入れることとなった。
折りしも、魔女と人間の争いが激化していたときであった。
魔術を使えることを示すのは、自殺行為に等しい。
捻くれてはいるが、幸か不幸か、両親のおかげで頭脳も礼儀も一流ではある。
面白くないが、使えるものは使う。冷徹な本性を隠し、アベラードは政界で脈々と力をつけていった。
当時のアベラードは、隠れ住むしかない女性の魔女たちを見下していた。
己の力を隠す術も知らず、黙って人間に従えばいいものを、無駄に抵抗して命を落とす。実にくだらない。
自分のように、うまく人間に紛れ込み、時を待てばいいのだ。
いずれ魔女が天下を取る日が来る。
そう思っていた。
*
その噂が耳に聞こえてきたのは、二十歳の誕生日を控えたある日だった。
貴族の子女が、誘拐されている。
それも病弱と言われ、あまり社交界に出てこない子女ばかりが。
その状況に、アベラードは少々引っかかっていた。
自身も病弱だと偽られ、家に閉じ込められてきたのだ。大方、魔女の力を持つ子女たちなのだろう。
人の口に戸は立てられず、彼女らが魔女だと気づいている貴族は多い。それでも、口にするのは憚られると、見て見ぬふりをされてきたのだ。
しかし誘拐されるとなると、話は違ってくる。
扱いに困る魔女の子女とはいえ、誘拐犯がどんな要求をしてくるかわからない。
市民の中にも、攫われる娘が増えていた。
状況を鑑みると、どうやら魔女の仕業らしい。
対策が取られることになった。
「アベラード、とうとう魔女省が立ち上げられるらしいぞ」
年の近い同僚の男が、朝から肩を組んで言ってきた。
二年の間に、魔女の力を持つ者たちで、徒党を組むようになっていた。
密かに仲間を集め、状況をひっくり返す術を練ってきたのだ。
長きに渡る戦乱で、人間も魔女も疲弊していた。今ならば、魔女の地位を確立する手立てを講じられる。
アベラードは、水面下で魔女省の準備をしてきたのだ。
同僚の腕を払いながら、アベラードは新聞を机に投げ置く。
「やっとこのときが来たというのに、魔女が厄介なことをしてくれたものだ」
新聞の一面を飾るのは、
「異端の魔女」人間の子らを誘拐か
という文字だった。
頭が痛くなってくる。せっかくこっちが魔女の地位向上のために尽力しているというのに、なにを余計な真似をしてくれているのか。
「異端の魔女なぁ。なんの研究をしてるのかは知らんが、極めたいという気持ちはわからんでもないな」
「はぁ?」
あっけらかんと言い放つ同僚を、アベラードは怪訝に見上げる。
「だってそうだろう? お前も、自分の『匣』をどれだけ強くできるか、興味がないか?」
仏頂面で、口を噤んだ。
わからなくもないのだ。
抑圧されていた日々、一人こっそりと魔術を試すのは楽しかった。
政界に入り、仲間を見つけてからは、人目を忍んだ室内限定ではあるが、自分の魔術を披露できて心が躍った。
だからこそ、この魔女の所業が許せない。
「欲望を押し通してなんになる。人は一人で生きているわけじゃないんだ。せっかく終戦の兆しが見えてきたというのに、足を引っ張るような真似は、やめてもらいたい」
「まぁ、そういうわけではあるが」
同僚は気まずげな表情で、頬をかく。
アベラードは、新聞を睨みつけた。
異端の魔女。いったいどんな女だというのだ。
ほどなくして、魔女省が設立された。
反発の声も多かったのだが、貴族の子息たちが多く所属するというのだ。いたずらに潰すことなどできまい。
なにも口出しできずに歯噛みしている両親を、アベラードは冷めた気持ちで見ていた。
お前たちが押さえつけていた魔女が、トップに君臨する様を見るのはどうだ?
望んでいた光景だというのに、どこか満たされない。
やはり自分は、魔女としての欲望を捨てきれないのか。
ため息を飲み込み、終戦へ向けて動き出すしかなかった。
やはりというか、異端の魔女の討伐命令が下った。
魔女省はそのために設立された側面も持つ。
同族を討たねばならないのは気が重いが、異端の魔女はやりすぎた。
「魔女集会に行ったやつに聞いたんだが、やはり異端の魔女は、謎に包まれた存在らしい」
魔女省の職員たちが総出で調査に当たったが、『死の森』に住まうことしかわからなかった。
調査報告書を眺め、アベラードは思案する。
「……このまま討伐を行って、いいものか」
お偉方からは、せっつかれている。
アベラードの心には、迷いが巣食っているのだが、状況は待ってくれない。
不安を抱えたまま、出陣の号令を上げた。




