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事後処理がまた大変だった。
立ち上がったばかりの魔女省の任務で、多数の死者が出たのだ。うち、人間三人は全員亡くなった。
生き残った魔女も、五体満足でいられた者はいない。辛うじてアベラードだけは一週間の入院で済んだが、それも奇跡だろう。
時期尚早だったのではないか、魔女省は即座に畳むべきではないか。
そんな声が多く上がる中、いつまでも病床に伏してはいられなかった。
「異端の魔女・クロッシアは死んだ。脅威は去ったのだ」
アベラードの声に、最初は人間たちも半信半疑だった。なにせ遺体は見つかっていない。
だがその噂は、魔女の間にも広がっていったらしい。終幕へと向かっていた戦況の、最後の一押しとなった。
魔女の勢力は弱まっていき、やがて二つの種族の間に、条約が交わされた。
罪人の処理を魔女に任せる。
言ってしまえば、厄介払いをするような、人間側にばかり益があるような条約だ。
しかし魔女の間でも恐れられていたクロッシアが死んだとなると、魔女たちにこの戦に勝ち目はないのではないか? という空気が広がっていったのだ。
戦乱は終わった。
だがアベラードには、残された問題がある。
*
クロッシア討伐から二日。
中央病院の一室で、アベラードは目を覚ました。
あの戦闘のあと、すやすやと眠る赤子を見たら、糸が切れてしまったらしい。魔力も体力も極限まで使っており、地面に倒れ伏してしまった。
なんとか腕を動かし、梟を呼んで救援を要請することができた。
それきり気絶してしまい、隊員の治療と葬儀の手配は他の職員に任せるしかなかった。
目を覚まし、状況を想像して、もう一度昏睡状態に陥りたくなる。
だがそうも言ってはいられない。
「あの赤子は、どうなりました?」
回診に来た医師に尋ねる。
医師は難しい顔で、あの子もまた、眠り続けていることを語った。
異端の魔女・クロッシアの子だ。下手に触れることもできず、病院の一室に隔離されているという。
アベラードは医師の静止も聞かず、痛む体をなんとか動かして、赤子の病室へと向かった。
赤子用のベッドしかない病室で、その子は静かに眠っていた。
あんな爆発を起こしたとは思えない、天使のような寝顔だ。アベラードは、赤子の健やかな様子に安堵した。
討伐隊を傷つけたのは、この子の魔力なのかもしれない。
だがこの子もまた、被害者なのだ。
愛のない魔女から産み落とされ、殺戮された子らの魔力を注ぎ込まれ、それでもなお、健やかに眠っている。
責めるべくは、異端の魔女だろう。
「隊員から、彼女がAと呼ばれていたと聞いたのですが」
いつの間にか、病室に医師と魔女省の職員が来ていた。
医師の言葉にベッドサイドを見ると、ネームプレートにAと書かれていた。
その文字に、アベラードは険しい顔を見せた。
「魔女省もまだ落ち着いていませんが……。この子の処遇も、問題になっています」
なにせあのクロッシアの子だ。魔女省職員の言葉が、わからないでもない。
彼女が記号で呼ばれていると知ったときから、考えていたことがある。
愛を知らずに生まれる子がいてなるものか。
「この子は僕が引き取ろう」
「はぁ!?」
職員の素っ頓狂な声に、医師の驚いた目。
それを向けられるのは、わかっていた。だけれども、これが最善の道だという予感は、ずっとしていた。
「名前も決めなくてはな。……愛を、祝福を受けたと伝えたい。そう、祝福された女の子。君はメリーシアだ」
アベラードが語りかけると、メリーシアはうっすらと目を開く。
優しく注がれる視線に、くしゃりと笑った。
この笑顔に、アベラードは必ずこの子を守り抜くと誓ったのだ。
*
窓の外は、宵闇が広がっていた。
アベラードの嘆きと惚気を聞き流しながら片づけをしているうちに、いつの間に、とコリンは窓から上司へと視線を戻した。
「まだ喋りますか? 自分はもう上がりますので、これ以上はひとり言にしてもらえると、助かるんですが」
「なんでそんなことを言うの!?」
泣きそうな顔をするアベラードに、コリンは顔を背けて小さく笑う。
コリンが魔女省に入ったのは、クロッシア討伐の少し前だった。
作戦後、ぼろぼろの体で帰ってきた上司に、蒼白になったことを覚えている。
万全の部隊で向かったのだ。かの魔女の脅威に、恐れをなした。
だが目覚めたアベラードは、クロッシアの嬰児を引き取ると言うではないか。
近づき難かった上司の変わり様に、コリンは思わず隣の医師に、頭を打ったのかと聞いていた。
以来、アベラードは親馬鹿っぷりを、年々更新し続けている。
部屋を出ようとするコリンを、アベラードは慌てて荷物をまとめて追いかけてきた。
「ねぇ、狂犬罪が無理なら、婦女暴行罪はいけないかな?」
「微妙にありそうなのが、怖いんですよね……。それだと一回メリーシアに手を出してることになりますが、いいんですか?」
「よくない! だめだ! 他の手を考えよう!」
相変わらず、メリーシアのことになると、このポンコツっぷりだ。
だが、以前の触れるものすべてを傷つけそうな雰囲気よりは、ましだろう。
メリーシアを引き取るとき、ウィリアムズ家と揉めに揉めた。
かの魔女の子だ。名家に傷がつくだの恥だの罵られ、アベラードが絶縁状を叩きつけたことは、新聞にも載った。
愛のない家は多くある。アベラードも、メリーシアと出会うまでは、それを感じていなかった。
離れたことで、うまくいくこともある。新たな家庭を得たことで、アベラードが元来持っていた穏やかな性格を取り戻した。
心配の種はまだあるが、この十五年、幸せに暮らしてきたと言えよう。
アベラードは、深いため息をつく。
「条約のおかげで、魔女の地位が向上できたとはいえ、近ごろはきな臭いしなぁ」
海を隔てた隣国シンカイが、力を付けてきている。
科学大国のかの国は、魔女の力に頼らず営んでいる性質上、リーゼンブルグと相性が悪い。
リーゼンブルグが魔女との戦乱を終わらせたのは、シンカイに対抗するためという話がまことしやかに流れているから、アベラードは諸手を挙げて喜べていない。
「国力を上げられてるとは言えます。我々魔女も、あのころよりは、団結できているでしょう?」
魔女省に人が増え、町中を歩いても指を差されることはなくなった。
一つ一つ、確実に変わってきている。
「魔女と人間、手を取り合っていけたらいいですよね」
コリンの言葉に、アベラードは頷く。だがすぐにあの憎き『魔犬』の顔が浮かび、渋面になった。
「次に相見えるときは、手料理を振る舞ってやろう。なんかこう、証拠が残らない毒的なものを用意して」
「そんなもん入れなくても、あなたの料理は殺人級でしょう?」
「まぁ、殺人級においしいのは知っているが……」
だめだ伝わっていない。コリンは遠い目をする。
この親子の食育には、料理上手な者をつけるべきだったと気づいたときには、後の祭りだった。
メリーシアだけは、アベラードの黒炭料理をおいしそうに食べるものだから、手に負えない。
リックの胃腸が丈夫でありますようにと祈りながら、コリンはメニューを考えるアベラードのことを見る。
多少の問題はあるけれど、アベラードは立派な『父』の顔をしていた。
〈父になる日〉終
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