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何度も言い訳を連ねるメリーシアは、リックに宥められながら店をあとにした。
はいはいと軽く流すものだから、信じてもらえている気が全然しないのだ。
説得を諦めて、森の家へと向かうことにした。理由もなく返品するわけにもいかないから、リードは厳重に仕舞っておこう。
家に帰りつき、買ってきた物を整理する。
食料品を片づけていたリックのことを、メリーシアはちらちら気にしていた。
「あの、リック……。ミルフィーユは、いつ作るつもりですか?」
砂糖も小麦粉も、戸棚に仕舞っていっている。
昨日からリックの新作スイーツを楽しみにしていたのに、どういうことか。
「……さっき食べたと思うんだが」
「あれとリックの作る物は、別物でしょう?」
曇りなき眼で言うメリーシアに、この魔女はアップルパイを朝食にするタイプだったとリックは思い出していた。
こんなに楽しみにされては、作らないわけにはいかない。餌を前に「待て」をさせられている犬のようだ。どっちが『犬』なんだか。
「今から作るなら、夕食後のデザートにちょうどいいか。構わないか?」
「はい!」
花の咲くような笑みを向けられては弱い。
メリーシアは胃袋を掴まれていると思っているが、リックの方もこの顔に絆されて菓子作りをしているのだ。
「作るところを、見ていてもいいですか?」
「もちろん。手伝う必要はないからな?」
ただしこの主人の料理音痴っぷりは信用していない。初日の料理は、ツェンタール監獄にいたときよりもひどかったんじゃないだろうかと、今でも思っている。
リックは今しがた片づけたばかりの材料を、キッチンに並べていく。
店で食べたのは、林檎のミルフィーユだった。
今の時期、店先には艶のある苺が並んでいた。きっとメリーシアもお気に召すだろう。
リックはオーブンの薪に火を灯す。メリーシアは魔術を解禁したが、この辺りの昔ながらの方法を、リックは気に入っている。
籠から取り出したバターは、よく冷えている。アベラードの魔術のおかげで、鮮度や温度を気にしなくていいのはありがたい。しばらく本人には会いたくないものだが。
手際よく材料を混ぜていくリックを、メリーシアはにこにこと見守っている。
「見ててもいいとは言ったが、あんまり見られてると、やりにくいな」
「そうですか? 魔法みたいで、おもしろいんですよ」
リックは面食らった。本物の魔術を使う魔女が、なにを言っているのだか。
だが、悪い気はしない。
「リックは料理人に向いていると思っていましたが、パティシエもいいですね」
「俺が、パティシエ?」
「えぇ。冤罪を解いて、『魔犬』じゃなくなったら、どうです?」
考えたこともなかった。
姉の仇を討ったその先のこと。仇討ちの必要はなくなったから、どう生きるかなど思いつきもしなかった。
リックは小さく笑う。メリーシアの方が、よっぽどリックのことを考えてくれている。
「『死の森』が『お菓子屋さんの森』になるのも、悪くないな」
「え? ここでやるんですか?」
きょとんとするメリーシアに、リックは渋面になる。
ここにいたいと言って、それを許可したことを、もう忘れたというのか。
「狂犬を世に放つつもりか」
「え、だって、リックはそんなに悪い子じゃありませんし……」
「ならば愛犬か。愛玩動物は、責任持って飼うべきじゃないのか?」
迫ってくるリックに、メリーシアはあうあう言うことしかできない。
そもそもお前は犬じゃなくて人だろう、という指摘をするだけなのに。
メリーシアは、「でも」だの「あの」だの、それ以上の言葉を紡ぐことができずにいる。さすがにリックも声を上げて笑ってしまった。
「とはいえ、きっとずっと先の話だ。それまでゆっくり考えてくれたらいい」
また考えることが増えた。メリーシアはリックとの関係の名を決めきれていない。
頭から湯気が出そうになりながら、テーブルに突っ伏した。
そうこうしているうちに、リックはパイ生地を焼き始めていた。
香ばしい香りに、メリーシアの心がほぐれてくる。
泡立て器で小気味よくクリームをかき混ぜていたリックが、スプーンを差し出してきた。
「味見してみるか?」
メリーシアはパッと表情を明らめ、小走りでキッチンに向かう。
そしてなんの迷いもなく、リックの手ずからクリームを口にした。
動揺したのはリックの方である。
『魔犬』を信用しすぎじゃないか? これだけ意識させようとしているのに、菓子>『魔犬』すぎないか?
「さっきのお店のものと、ちょっと違います?」
面白くない。また噛んでやろうか。
そうとも思ってしまうが、やりすぎるのもよくないだろう。
「カスタードと生クリームを混ぜている」
リックは平常心を装って答えた。
メリーシアの舌で、よくわかったものだ。嬉しそうにしている主人に、リックは留飲を下げる。
オーブンを開けてみると、ちょうどよくパイ生地が焼けていた。
キャラメリゼまで済ませ、冷ました生地と、クリーム、カットした苺を重ね合わせていく。
だんだん出来上がっていくミルフィーユに、メリーシアは目を輝かせていた。
「よし、完成だ」
リックが器用に切ったミルフィーユの断面は美しい。
天辺に載せた苺とクリームは、店のものを参考にさせてもらったが、こちらの方が見栄えするだろう。
「ではこれは食後に」
「えぇー!?」
予想どおりの反応に、リックは吹き出してしまう。
「最初からそういう話だっただろう。合間合間で夕食の準備もしてたから、すぐ食べれるぞ」
窓の外は、夕闇に包まれつつあった。夕食にはちょうどいい時間だ。
メリーシアも食器の用意を手伝い、二人は食卓に就く。
トマトとチーズのリゾットはあっさりめの味つけで、デザートに響かなさそうだ。
とはいえメリーシア好みの味ではあるから、ついつい食べ過ぎそうになってしまう。
「リックのごはんはおいしいですが……このままだと太ってしまいそうです」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。そしたらおいしくいただいてやるから、安心しな」
「わっ、わたしを食べてもおいしくないですよ!?」
意味を解していないようだ。リックは苦笑して、食事を進めた。
お待ちかねのデザートに、メリーシアはそわそわしっぱなしだ。
紅茶とミルフィーユの登場に、目をいっそうキラキラとさせる。
「どうぞ、めしあがれ」
リックに促され、嬉々としてフォークを手にするメリーシア。
一口食べて、たまらないといったように顔を綻ばせた。
「やっぱり、リックはパティシエになるべきです」
「魔女お墨付きのパティシエか。それも悪くない」
リックもミルフィーユを口にし、出来栄えに満足した。初めて作ったが、これはまずまずなんじゃないだろうか。
リックはメリーシアへと向き直る。
「俺はともかく、主人の将来を考えてもいいと思うがな」
口に入れていた分を飲み込んで、メリーシアはきょとんとした。
「わたしの……?」
「あぁ。植林して、森を浄化して、そのあと。あんたなら、どんな生き方も選べるだろう」
考えたこともなかった。
森を破壊し、人を殺し、贖罪しか生きる道はないと思っていたメリーシア。
原因は母にあると理解はしたけれど、罪の意識は心の奥底にまだ残っている。
この『死の森』を、人間でも生きられる森にしたあと、どうするか。
魔女の寿命は長い。寿命が尽きる前にその課題を終わらせたら、やるべきことを決めなければならない。
「ここにパティスリーを開いて、二人で切り盛りして、賑やかな森にするっていう道もある」
「なに当たり前のように、自分をわたしの人生設計に入れようとしているんですか」
「悪くない道だろう?」
否定できないのが悔しい。
暖かな日差しが降り注ぐようになったこの森で、リックと穏やかに店を開く。
想像したら、少し楽しそうなのだ。
とはいえ、森の修復はまだまだ続く。先のことは、まだはっきりとは見えない。
「まぁ、選択肢の一つとして、置いておきましょうかね」
「前向きに考えておいてくれ」
抜かりないリックに唸りながら、メリーシアは最後の一口を食べた。
どの道を選ぶにしても、この味からは離れられなさそうだ。
夜の帳が落ちた森の奥で、梟の鳴く声が聞こえる。梟だけでなく、いろんな生き物が安心して暮らせる森にできたらと思う。
そこに心許せる人がそばにいてくれたら、十分すぎるほどの人生だろう。
温かな紅茶に、メリーシアは心まで温まるのを感じる。
「わたしも、こんな紅茶を淹れられるようになれたらいいです」
大事な人の心を温められるような。
そう思ったのに、
「いやそれは俺がやるから、主人は座っててくれ」
なんて言われてしまう。
主人の心、犬知らず。メリーシアは頬を膨らませた。
「前々から思っていましたが、リック、あなたはわたしをキッチンに立たせないようにしていませんか?」
「やっと気づ……いや、気のせいじゃないか?」
「今なにか言いかけましたよね!?」
やいやいと言い合いを続ける、魔女と魔犬。
これこそが、二人の温かな光景なのだろう。
〈ミルフィーユを作ろう〉 終
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