第25話
話し声に、メリーシアは目を覚ました。
窓の外はとうに明るくなっており、慌てて起き上がる。
軽く身支度を整えて寝室を出ると――。
アベラードがリックの首を絞め上げていた。
「貴様がついていながらなんだこの有様はー!!」
身長はアベラードの方が低いけれど、魔力で底上げしているのだろう。大柄なリックを軽々と持ち上げている。
「お父さん!? なにやってるんですか!?」
「止めないでくれメリーシア! 魔犬は魔女を守るべき存在なのに、メリーシアを危険に晒して!」
なにをどう聞いて、その結論に至ったのか。
リックに問おうにも、絞められて昇天寸前だ。
「とにかく! 手を下ろしてくださーい!」
過去一大きな声が出た。
*
どうにか解放されたリックだったが、げっそりした顔でドアを押さえている。
「おい、しっかり固定しておけ魔犬。ドアが歪むだろう」
「そこは魔術でやれないのかよ」
ドア一枚くらいならアベラードが直せるということだったが、まだリックのことを許せないらしい。こき使っていた。
いつになく口の悪い父の姿に、メリーシアは珍しいものを見たと興味津々だ。
「しかしまぁ、まさかクロッシアが生きていたとはね……」
二人の様子を居間の椅子から眺めながら、メリーシアは昨日の顛末を話して聞かせた。リックとの微妙な距離感のこと以外は、だが。
「しかも、あのシンカイかぁ……」
「なにか問題があるんですか?」
アベラードは手を止め、難しそうな顔をする。
メリーシアは首を傾げた。
「問題、というか……。あそこは魔女を完全に排斥した国でね。科学力のみで営まれているそうで。魔術の存在も否定しているらしい。魔女だと疑われた人は、処刑されたとのうわさもある」
「それはまた、極端な……」
「あの国で魔女が生きるには、苦労したと思うよ。同情はしないけど」
吐き捨てるように言うアベラードに、この父もクロッシア討伐に参加していたことを想い出した。
男性の魔女は、女性の魔女ほど魔力の強い者は多くないから、政府の人間との交渉役をする者もいた。
アベラードは並の魔女より強いが、仲立ちをしていたのである。
「ま、博士とやらがいるなら、心配する必要はないか。むしろ、また戻ってきたときのことを考えなければ」
それはメリーシアも思っていたことだった。
殺されるなどとのたまっていたクロッシアだが、あの口八丁手八丁さがあれば、警戒すべきはこちらの方だ。あのまま戦っていたら、押し負けていたのはメリーシアの方だったかもしれない。
「またのこのこ顔を出してきたら、俺が射抜いてやるさ。そしてヤツの魔力がカスカスになるまで、主人が銀木にしちまえばいい」
リックの言葉は力強い。彼がそう言うなら、本当にできそうな気がしてきた。
しかしアベラードはリックの顔をぐりぐりと指先で突く。
「その腕前で奴を仕留められなかったのはどこの誰かな!?」
「わっ、わたしが武器を急ごしらえにしかできなかったから……!」
「首輪の魔術の上書きの影響もあったんだよ!」
メリーシアは、クロッシアの言葉も思い出していた。
『あなたはちょっと変わった犬よね。博士のところに連れて帰ろうかしら』
人間であることを蔑みながらも、リック自身には興味を持っているようだった。
「『変わってる』って、どういうことだったのかしら」
言い合っていた男二人は、メリーシアの呟きにぴたりと止まった。
アベラードがふんと一つ息を吐き、リックの額に手をかざす。
「おい、なにを……」
「動くな動くな。お前、リッカ・アンダーソンと仲良くしていたと言っただろう。魔術は使っていたか?」
雪の魔術の記憶がよみがえる。
つらく苦しいとき、魔法だと言って雪を見せてくれていた。
「クロッシアが選ぶくらいだ。リッカ・アンダーソンはそれなりの魔力を持っていたのだろう。加えて弟妹を大事にする子なんだろう? お前の中に、魔力の守りのようなものがあるよ」
リックは目を見開いた。
そんなことをされているなど、全然気づかなかった。
あの孤児院で、年長者というだけで、他の孤児たちの世話をせねばならなかった少女。自分だってつらいときはあっただろうに。
あんな最期を迎えていい子ではなかった。
「守りたいって思ったら、なりふり構わなくなってしまうものだよ。親とか姉とかいうものは」
口惜しさに俯くリックに、アベラードはそんな言葉をかけた。
アベラードは、優しい目をメリーシアへ向けていた。
「『古の三魔女』がお前を気に入ったのも、同じ理由だろうな。ただの人間で魔術も使えないのに、魔力だけはある。……僕もちょっと気になるな。魔女省に来ないか? いじくり回してやる」
「そう言われて行くヤツがいると思うか?」
ぎゃあぎゃあと言い争いを続ける二人に呆れつつも、メリーシアは若干焦りを感じていた。
父の目は本気だった。憎まれ口を叩きつつも、リックに興味を持っているのは本当なのだろう。
「じゃあ血だけでもいいから! みんな喜ぶと思う」
「なに言ってんだオッサン」
「あのっ!」
ヒートアップしていた二人に、メリーシアは割り入った。
リックとアベラードの驚いたかのような目が向けられるも、怯まず口を開いた。
「リックはわたしの『魔犬』ですから……! 勝手に話を進めないでください!」
メリーシアの必死の訴えに、室内がしんとする。
最初に動いたのはアベラードだった。
メリーシアの元に駆け寄り、がしりと肩を掴む。リックは一人でドアを支える羽目になって動けない。
「どうしちゃったんだいメリーシア! あんな粗暴な『魔犬』でいいのかい? やっぱりあいつが存在するからいけないんだ……。よし、血を全部抜こう」
「物騒なこと言わないでください!」
メリーシアは、どうにかこうにか父の手を離す。
「わたしは『災厄の魔女』です。魔女の義務として、『魔犬』を飼い慣らしてみせます」
そこには、すべてをあきらめ監獄に向かった少女の姿はない。
メリーシアの目には、一人の魔女として生きていこうという意思が宿っている。
ならば父としてこう言うしかない。
「僕は君の決断を、応援するよ」
「ありがとうございます、お父さん。あなたに育てられて、よかった」
それからアベラードはドアを元どおりに直し、帰っていった。




