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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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22/24

第22話

 魔術が破られたというのに、クロッシアは楽しそうに口角を上げていた。

 十五年振りに相対する母親に、メリーシアは足が震えてきそうになる。

 クロッシアは、生まれたばかりのメリーシアに百人分の魔力を無理矢理入れ込んだのだ。

 あのときの痛みは今でも思い出せる。双方ともに、拒絶反応があったのだ。魔力の塊となった百人の子どもたち全員が、すぐにメリーシアの力になろうとしたわけではなかった。

 その魔力が零れないようにするための、メリーシアの右手の入れ墨が消えていた。

 クロッシアが、くすりと笑う。

「それがA(アー)の魔術? なんだ、ちゃんと魔力を持っていたんじゃない。なんで赤ちゃんの頃は出さなかったのかしら? 反抗期?」

 本能的に、彼女の前で魔力を使っては危険だとわかっていたのだ。

 より強い魔力を求めるこの魔女に好きにされたら、どうなるとも知れなかった。

「反抗期は赤ちゃんのときになるものじゃないし、名付けすらしなかったあなたが、母親面なんてしないでください」

「名付け? 名前なら付けてあげたじゃない。一番最初の研究品だから『A』。そうそう、あたしのアリアって名前も、あなたの気持ちがわかるように、Aから始まるものを付けたのよ?」

 根本的にずれている。あまりの伝わらなさに、メリーシアは歯噛みした。

 リックが遮るように前に立った。

「話を聞かなくていい、主人。あれは言葉の通じない生き物だ」

「まぁひどい。犬風情が人さまの言葉を話す方が、不敬でしょう」

 クロッシアは冷ややかに言い放つ。

 楽しそうに非情なことを言ったかと思えば、悪辣に人間を排斥しようとする。

 豹変ぶりが、メリーシアには恐ろしい。

「とはいえ、あなたはちょっと変わった犬よね。博士のところに連れて帰ろうかしら」

「生憎、主人は一人と決めてるもんでね」

 きっぱりと言い切ってくれて、こんな状況なのにメリーシアは嬉しくなってしまった。

 大丈夫、この頼りになる人がいれば、心を強く保っていられる。

「リック、なにか武器は要りますか?」

「弓矢が一番得意だな。『屍肉の魔女』のところで鍛えられた」

 そのやり取りに、クロッシアの眉が上がる。

「あらあなた、あの野生児のところにもいたの」

「あぁ。おかげで逃げ回る獲物を狙うのは、得意だぜ?」

 メリーシアは、左手の入れ墨を解いた。

 弓矢の材料ならば、周囲に余るほどある。手近な木に手を伸ばし、魔力を込める。

 光に包まれた枝の一つがしなり、弓の形を取る。蔦の弦は魔術で強化されており、簡単には切れそうもない。

 それがリックの元までふわりと舞い、彼が手に取ると光は収まった。

「どうでしょう。これでいけますか?」

「上等だ。観念しろ、諸悪の根源」

 矢筒に入った矢を受け取ったリックは、クロッシアに向けて構える。

 メリーシアも両手をクロッシアに向け、いつでも魔術で攻撃できるよう備えた。

「おぉ怖い。母親に乱暴する気?」

「母親面しないでくださいと言ったでしょう? それに、親の気持ちなんて、持ち合わせていないくせに」

 メリーシアの言葉に、クロッシアは笑みを深めただけだった。

 期待など、端からしていない。この人は母などではないのだ。

「リック、遠慮なく射てください。恐らく彼女は、簡単には死なない」

 クロッシアは、二対一だというのにまったく動じていない。魔女としての力量は計り知れないが、油断してはいけないのだろう。

 大口を叩いたものの、メリーシアは、自分に人を殺す覚悟があるのかわからずにいた。

 魔女殺しをしていないリックにも、手を上げさせていいものか、決めきれない。

「主人、あんたはリッカたちを冥界に送る気はあるか?」

 リックの唐突な問いかけに、メリーシアは戸惑った。

 物心ついたときから、やらなければと思ってきたことだ。今さら覆すつもりはない。

「心証は真逆だが、あいつも同じようなもんだ。一度死んで舞い戻ってきたヤツに、遠慮容赦なんてしなくていい」

「そう、ですよね……」

 結局自分は、覚悟ができていなかったのだ。

 さっさと「殺せ」と命令しておけば、生き永らえることもなかったし、こうしてリックを窮地に追いやることもなかった。

 だけど生きたいと思ってしまった。

 姉たちに頼まれもした。

 逃げるわけにはいかないのだ。

「そちらから来ないのなら、あたしから行くわよ?」

 クロッシアが右手をすいと動かす。

 するとクロッシアの前に無数の水滴が現れる。水滴は氷の塊となり、彼女がメリーシアに向かって腕を振った。

 襲い掛かる氷塊に、メリーシアは両手を構える。風を起こし、すべてを払い落とした。

「まぁこのくらいは、できないとね。じゃあこれはどうかしら?」

 そう言ってクロッシアは、右手を動かす。先ほどよりも大量の氷の粒が現れ、メリーシアたちへと降り注いだ。

 メリーシアも負けじと風を起こすが、如何せん数が多い。

 推し負けようとしたとき――。

「くっ……」

 クロッシアの腕から、赤い血が滴り落ちる。

 振り返ると、リックが鋭い目で弓をクロッシアへと向けていた。

「掠ったか。次は当てる」

「リック……」

 再び矢を番えるリック。

 命じたのは自分だ。ならばわたしも戦わなくちゃ。

 そう心を決め、メリーシアは反撃に転じる。

「リック、援護をお願いします。接近戦を挑みます」

 自分を起点に風を起こす。メリーシアは駆け出した。

 赤子の頃にやったような爆発は起こせない。また森を破壊する事態にはしたくない。

 風でどうにかクロッシアを拘束しようとするが、彼女は一枚上手だ。氷で器用にメリーシアの風を逸らしていく。

 合間にリックの矢も避けるものだから、相当腕の立つ魔女だ。

 やり合っているうちに、気づくと家の裏手に追い込まれていた。

「あっ……」

 クロッシアの背後に、銀木が並んでいた。

 このまま風を放ってしまうと、銀木が倒れてしまうかもしれない。

 メリーシアが一瞬怯んだのを、クロッシアは見逃さなかった。

「銀木がこんなに。あなたが育てているの?」

 足元に一瞥やり、あくまで優しそうな声で問う。

「植物を大事にする子に育ったのね。お母さん、嬉しいわ。でもね」

 銀木に手をかざすクロッシア。

 メリーシアの顔が、さっと青褪める。

「銀木は使わなきゃ。それが人間の生活を豊かにしてきたんでしょう? 忌々しいことだわ」

 クロッシアは自分の魔力の糧にするつもりだ。

 あれはただの銀木ではない。

 クロッシアの研究の犠牲になり、無念のうちにメリーシアの中にいるしかなかった子どもたちの、冥福を祈るもの。

 それを無造作に、無遠慮に摘み取るなど、許さない。

「やめて!!」

 メリーシアの魔力が爆発する。

 十五年前と同じように。

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