第21話
メリーシアの拘束魔術を、クロッシアは解いていた。
けれどもリックの手が首を絞め上げて、メリーシアは身動きが取れない。
ぎりぎりと容赦なく絞められ、意識が朦朧としてくる。
これを望んでいたはずだった。
森を浄化し、自分の中にいる人たちを冥界へ送る。そして『魔女殺しの魔犬』に殺してもらえば、自分の罪を少しは償えるんじゃないかと。
それがどうだ?
森の浄化は遅々として進まず、自分のせいで死んだ人間たちは、恨みでここに留まり続けている。
そして魔犬は『魔女殺しの魔犬』などではなかった。
今までやってきたことは、すべてが無駄だった。
もう諦めてしまってもいいのではないだろうか。すべてを投げ捨てて、あとに残る人々に任せてしまっても。
別に森の浄化を望んでいる人はいないだろうし、誰も困りはしないだろう。
メリーシアの中にいる人たちも冥界に行くことができて、万々歳だ。
「それでいいの?」
少女の声に、メリーシアは目を開けた。
気づくと真っ白な空間にいて、リックもクロッシアもいなくなっている。
メリーシアがきょろきょろと辺りを見回すと、唐突に少女が現れた。
背中まで届くまっすぐな黒髪に、簡素な白いワンピース。歳はメリーシアより二、三個下だろうか。
空色の瞳に優しさを湛え、メリーシアのことを見ていた。
「あなたは……」
「はじめまして。はじめてじゃないけど」
少女の大人びた雰囲気に、困惑してしまう。
初めて見た顔なのに、初めて会った気がしない。メリーシアはそう感じていた。
「諦めるのは簡単だけど、残された人たちの姿に、あなたは後悔しない?」
どうしてメリーシアの現状を知っているのだろう。
少女が心配するような目で見上げてきて、言葉に詰まってしまう。
「メリーシアは、傷つくんじゃないかな? 操られてるとはいえ、リックにも傷が残る……。それにメリーシアは耐えられるの?」
耐えられるわけがない。
からかわれ、翻弄され続けてきたけれど、『魔犬』だからといって好きに使っていいとは思えずにいた。
メリーシアを手に掛けることを、彼は望んでいないだろう。
「でも、お母さんに勝てるとは思えない……。わたしにリックを助けられる……?」
「メリーシアなら、大丈夫だよ。最強の魔女だもん」
にっこり笑って言い放つ少女に、メリーシアは目を瞬かせることしかできない。
わたしには魔力がない。この魔力は借り物だから。使うことなどしてはいけないのだ。
そう思っていた。
少女がメリーシアの手を取る。
「私たちはずっと見てきたよ。罪悪感で、魔術を使わずにきたよね。使って構わないのに」
そこでようやくはっとした。
この少女は――。
「私たちの魔力がなくても、メリーシアは魔術を使えるはずだよ。だってほら、リックをぶっ飛ばしたじゃない?」
「あっ……あれは……!」
殴るポーズをしながら、からかうような顔をする少女に、メリーシアは焦ってしまう。
しばらくくすくす笑っていた少女だが、ふとまじめな表情になって隣を見やった。
気づくと、少女よりも幼い女の子たちが傍に来ていた。彼女たちは、一様に心配そうにメリーシアのことを見ている。
「私たち、あなたのお姉ちゃんみたいな気持ちでいたの。そりゃあ、殺されたときは苦しかったけど……。でも、それ以上に、この小さな子を守りたいって思ったんだよ」
リックは、リッカが大きな存在だといったことを語っていた。
己の命を奪った者の娘にまで、愛情を注いでくれていたことに、目頭が熱くなってくる。
「あの魔女をどうにかできるのは、メリーシアだけなの。つらいかもしれないけど、もう少しだけがんばれるかな?」
実の親からは、名前一つ与えられなかった。
だけどこんなにもメリーシアのことを想ってくれる人たちがいる。血の繋がりがなくとも。
「……お姉ちゃんって、呼んでもいいですか?」
ずっと恨まれていると思っていた。ここに留まっていたのは、メリーシアを想うが故だったのだ。
女の子たちは、満面の笑みを浮かべた。
「もちろん! 弟をよろしくね」
女の子たちが、白い光に包まれていく。光がメリーシアの胸に吸い込まれていって、心が温かくなるのを感じた。
今ならば、うまく使える気がする。
*
意識が戻ってきたメリーシアだが、いまだ首を絞められている状況には変わりない。
ぎりぎりと容赦なく絞め上げられ、またも意識が飛びそうになる。
リックの首輪には黒いもやがかかっているが、形がメリーシアがつけたものそのままだ。ならば。
「はな……せ……」
一瞬、リックの力が少し緩んだ。
魔女と魔犬の契約がまだ有効ならば、言うことを聞くはず。魔女の命令は絶対だ。
ただ、今の首輪の状態だと、二人の魔女の契約がなされていることになる。
「新しいご主人様の言うことを、お聞きなさいな」
クロッシアが指を振ると、薄くなりかけていたもやが蠢き始めた。
好機を逃すわけにはいかない。
魔力を回すイメージを。自分自身の力を発揮しろ。
「リック! 起きな……さい!!」
渾身の力を込めて、メリーシアはリックを殴り飛ばした。
大柄なリックが、ドアごと外に吹き飛ばされていく。
予想以上に飛んでいってしまい、メリーシアは青くなった。
「ごっ、ごめんなさいリック! 初めてちゃんと意識して魔力を使ったから加減がわからなくて……!」
慌てて外に飛び出すと、土煙の中に起き上がろうとするリックの姿があった。
メリーシアの位置からだと、首輪の状態が見えない。
「……どいつもこいつも、魔女ってのは起こすのが下手なのか?」
この軽口は間違いない。
泣きそうになるのを堪えながら、メリーシアはリックに駆け寄りしゃがみ込んだ。
首輪のもやは消えており、リックの目も元の空色に戻っていた。
カツンと靴音を鳴らし、クロッシアも外に出てくる。
「あら? なにか魔力が変ね、A」
今使った魔力は、メリーシア自身のものだ。人間百人の魔力を移したときの状況しか知らないクロッシアには、異様に映ったのだろう。
探るような、舐めまわすような視線にも、メリーシアは怯まず睨み返す。
災厄の要因となったこの魔女を、ここで逃すわけにはいかない。
「主人が魔力を使うなら、『魔犬』も役に立てると思うんだが」
リックの声に、メリーシアは振り返った。
『魔犬』は契約に基づいて、魔女の手足となって働く者。契約が履行されている間は、魔女の力をもって命令を成すことができる。
「なんなりとご命令を」
真摯な瞳を、正面から受け止める。もう逸らす必要はない。
メリーシアは立ち上がり、クロッシアに対峙した。
「咎人に反撃を。リック=リッカ・アンダーソン、一緒に生きましょう」
「イエス、マイハンドラー」
リックが不敵に笑った。




