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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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第20話

 メリーシアは一つ呼吸をして、今の状況を確認する。

 視界が暗くなったのは、手で目隠しをされているから。手足を拘束されているわけではないのに、動けない。

 そしてこの声には、聞き覚えがある。

「アリア、ですよね? これはいったい、どういうことですか?」

 メリーシアがそう言うと、目隠しが解かれた。

 動けないままのメリーシアの前に、アリアが回り込んでくる。

「やっぱり声でわかっちゃうか。子どもっぽい声を出してたつもりだったんだけど」

 小首を傾げ、屈託なく笑うアリア。メリーシアは、彼女をキッと睨み付ける。

 警戒しなかったわけではない。

 魔力を持つ者しか入れないはずの『死の森』に、ただの人間が迷い込む。

 長年、森の浄化を図ってきたメリーシアだが、そう簡単に成し得るとは思っていなかった。

 だけどアリアがあまりに無邪気だったから、少し期待してしまったのだ。

 自分がしてきたことの結果が実った。

 未来に期待などしないと決めたはずなのに。返すことしか、してはいけないと思ったのに。

「あなたは、誰ですか?」

 心を沈めて、メリーシアは問う。険しい表情にも、アリアは笑みを崩さない。

「ひどいわね。あたしのことを忘れちゃうなんて、A(アー)

 Aと呼ばれた瞬間、メリーシアの背筋は粟立った。

 そう呼ぶ人物は、一人しかいない。メリーシアを生み、そう名付けた――。

「お母さん……?」

 蒼白な顔で呟くメリーシアに、アリアはより一層笑みを深めた。

 アリアは一歩踏み出し、メリーシアの髪を一房すくう。

「色はあたしに似たのね。癖のあるところは、あの人そっくり」

 やはりそうなのだ。

 五歳くらいの少女にしか見えないが、中身はクロッシアそのものだ。

 今朝まではあった無邪気さは鳴りを潜め、今は氷のような雰囲気を醸し出している。

「生まれ変わり……それとも、その少女の体を乗っ取った……?」

 震える声で尋ねるメリーシアを、クロッシアは一瞬きょとんとした目で見たあと、弾けるように笑い出した。

「おかしなことを言うのね。人は死んだら蘇らないのよ? あなたが一番よく知っているでしょう?」

 赤子の時分、メリーシアは多くの人の命を奪った。それはもう取り戻しようのない出来事だ。

 クロッシアの、相手の心の弱いところを確実に突くような話し方は昔からだ。

 メリーシアと数日過ごしたことで、痛いところを突くなど容易いものだった。

「実の両親を殺そうとしたのよねぇ? 他の人間まで巻き込んで。今までどんな気持ちだったの?」

 メリーシアの頬に手を添え、クロッシアは猫撫で声で言葉を連ねる。

 どうにか拘束の魔術を解こうとするメリーシアだが、びくともしない。クロッシアの魔術の高度さに、歯がゆい思いしかできずにいた。

「そうそう! あたしの体のことだったわね。あなたに吹き飛ばされて、あたしの体はボロボロになったの。海まで飛んだのよ? 魔力の移譲は失敗したと思ってたのに。いきなり爆発させるんだから、困ったものね」

 クロッシアはくすくす笑いながら言うが、その表情は冷ややかだ。

 メリーシアは、黙って聞いているしかなかった。あのときは、自分でもどうやって魔力を放出したか覚えていないのだ。

 メリーシアの記憶があるのは、魔力を放出させてからだ。生まれてすぐに百人の人間の魔力を移譲されたが、十二人を殺し、森を焼くまでは魔力の予兆さえ見せなかった。

「運よく、海を越えた先のシンカイに辿り着いたの。知ってる? あの国は科学大国で、魔女がいないのよ。そこで博士にあたしの体を直してもらったの」

 クロッシアは袖をめくり、白い肌をメリーシアに見せた。よく見ると縫合の跡があるが、言われなければ気づかないほどだ。

 クロッシアは、ポケットからネックレスを取り出した。

「あの国はすごいのよ。魔力の放出を抑制する物質を作り出した。このおかげでシンカイには魔女がいないそうなんだけど、今はその話はいいわ。どうにか体を動かせるようになったから、娘に会いたいものじゃない? でも、ほら」

 くるりと一回転し、クロッシアは首を傾ける。母だと判明した今も、幼い少女にしか見えない振る舞いだ。

「博士は、成長速度がゆっくりになるような治療しかできなかったのよね。久しぶりに会うママが子どもの姿じゃ、あなたもびっくりするじゃない? だから魔女だってわからないように、この魔力を抑えるネックレスをつけていたの」

 アリアをただの人間だと思ったのは、そのせいだった。

 隣国シンカイの技術力も気になるけれど、それは後回しだ。

「なんのために、ここに来たんですか? 今さら母親面しようだなんて、虫がよすぎるでしょう?」

「母親面だなんて! そんなもの、必要?」

 にいっと笑うクロッシアに、メリーシアはぞくりとする。

 この魔女には、おおよそ人の持ちうる善性などない。そう思える笑みだった。

「あなたはあたしが作ったのよ? 理論は完璧だったのに、魔力が発現しない……。あたしがどれほど落胆したかわかる? ようやく発現したと思ったら、ママを排除なんかして。でもそれはいいの。今もなぜだか魔力を封じているようだけど、発動条件はわかった」

 そう言ってクロッシアは、すっと指を振る。

 ドアが開いて、入ってきたのは――。

「リック……?」

 魔女として『魔犬』に命じたはずなのに、どうしてここに戻ってきているのか。

 クロッシアの魔術が上回ったとは俄かには信じられず、メリーシアはぎりと奥歯を噛んだ。

 リックの首輪には、なにか黒いもやのようなものがかかっており、彼の目がメリーシアの方を向く。

「あなた、目が……」

 リックの目は光を失い、赤く染まっていた。

「『魔犬』って、おもしろい仕組みね。上書きするのはちょっと難しかったわ」

 どこまでもクロッシアは楽しそうだ。ただ魔術の研究にしか興味のない女なのだ。そのためならば、人の心も命も軽んじる。

「命の危機を感じたら、あなたは魔力を使わざるを得ない。大事なもののためなら、より強い力を。大事な『魔犬』と、あなたはどれくらい争える?」

 そう言ってクロッシアは指を振る。

 リックの手が、メリーシアの首に掛かった。

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