第19話
リックの話を、メリーシアは紅茶に手を付けず聞いていた。
話し終えたリックは、自分で淹れた紅茶を一口飲む。
「当たりの魔女様と言ったのは、皮肉なんかじゃない。本心だ。もっとも、魔女は言われてるほど非情な生き物じゃあないと、俺は思っている」
「わたしが知る魔女たちも、そうです。あなたが投げやりな気持ちで来たわけじゃないことには、安心しました」
だからこそ、ため息が出てしまう。
魔女殺しだと聞いていたのだ。ならばもう一人殺すくらい、わけないのだと。
「主人の母親っていうのが、どんなヤツだったのかはわからない。リッカを奪ったのは、許せなかったけど……でも、なんていうかな。あんたが罰してくれたから、もういいんだ」
あんたも苦しんでるみたいだし、と続けられて、メリーシアの心はきりと軋んだ。
そんな風に、感謝されるいわれはない。
嘘をついてここに連れてきたのだし、今もだまし続けている。
彼も自分も、もっとひどい人間だったらよかった。それだったら、メリーシアも心を痛めずに命じられたのかもしれない。
意を決して、メリーシアは顔を上げてまっすぐリックのことを見た。
「ならばあなたがここにいる理由は、もうありません」
言われたことの意味が、わからないようだった。
訝しげな目をするリックに、メリーシアは続ける。
「償う罪がないんですから。魔犬の契約を解除しましょう」
「話聞いてたのか? 政府の誰かは知らないが、罪を吹っ掛けられてるんだ。ないわけじゃない」
「魔女省を通じて、冤罪を晴らすことくらいできます」
アベラードは魔女省のトップなのだ。多少手間取るかもしれないが、メリーシアも協力すればなんとかなるだろう。
「わたしがあなたを魔犬に選んだのは、魔女を殺せると思ったからです」
静かに告げるメリーシアに、リックは眉をひそめた。
「それだと、殺してほしい魔女がいるように聞こえる」
「えぇ、そう言いました。あなたには、わたしを殺してほしかった」
どうして、と言いたげなリックの視線を、メリーシアは目を伏せて避ける。
「リッカ・アンダーソンのことを、わたしは知っていました。彼女はわたしの中にいるから……」
銀木の墓標となってくれない人間の一人だ。ツェンタール監獄でリックと対峙したとき、ざわりと胸が揺らいだのは、彼女のせいだろう。
「あなたの仇は、ここにいる。わたしを殺す理由には十分でしょう?」
「さっきも言ったが、リッカを殺したのはあんたじゃないだろう」
やはり駄目だ。この男は優しすぎる。
メリーシアは立ち上がり、リックの方へと回り込む。首輪に指をかけ、上を向かせた。
リックの空色の目が、メリーシアを射抜く。
「汝、リック=リッカ・アンダーソン。その足で魔女省へ向かえ。後に魔犬の契約を解除する。汝の罪は晴らされた」
メリーシアの手が首輪から離れ、一歩下がる。
同時にリックが立ち上がった。自分の意思ではない。魔女からの絶対の命令に、抗えないのだ。
「おい! なんだよこれ! あんたはこれでいいのかよ!?」
言いながらも、リックの足は止まることはない。
ドアを開け出ていくリックの姿を、メリーシアはぎゅっと唇を噛みしめ、ただ見ていた。
抗議の声を断ち切るように、ドアを閉める。
「――また、死ぬ方法を探さなくちゃ……」
ドアに背中を預け、メリーシアはずるずるとへたり込んだ。
楽しかったのだ。誰かが、リックのいる生活が、楽しくなっていた。
そんなことは自分には許されないのに。彼の姉を殺し、いまだ自分の中から冥界へと送ることができていない。
リックの隣で笑うことなど、あってはならないのだ。
メリーシアは、堪えるように目を瞑る。
「勝手に死んじゃ駄目でしょう?」
突如聞こえてきた声に、はっとする。
しかし声も出せずに、メリーシアの視界は暗転した。
*
メリーシアの家を出たリックは、足を止めることなく歩き続けるしかなかった。
「畜生! 勝手な命令出してんじゃねえよ!」
その間、抗議の声は止まらない。メリーシアに届かないとしても、言わずにはいられなかった。
リッカがメリーシアの中にいることなど、とっくの昔に知っていたのだ。
初日に見たものが、幽霊だったのかなんなのかはわからない。
だけどリッカは優しい人だったから、きっとメリーシアのことを思ってのことだろう。
メリーシアは、恨みで弔いを拒んでいると思っているようだが、リックにはそうじゃない気がしていた。
「それを聞きもせず、あの主人は……」
魔女省に着くまで、足は止められないのだろう。この命令が解けた瞬間、この森に蜻蛉返りしてやる。
そう思いながら、リックは森の中を歩いていた。
行く先からがさりと音がしたのは、そんなときだった。
小さな影が、木の合間から顔を出す。
「アリア?」
笑顔をリックに向け、歩みを止めない彼の隣に並ぶ。
「追い出されちゃったの? どうして? ケンカ?」
ぴょこぴょこ跳ねるようについてくるアリアに、リックは前を向いたまま険しい顔になる。
「うるせえよ。お前が聞きたいのは、そんなことじゃねえだろ」
「あれ? どうしてそんなことを言うの?」
こてんと首を傾げ、無垢な表情を浮かべるアリア。
リックは少し黙って、小さくため息をついた。
「お前は海側から来ただろう」
この森に入るには、町側から来るしかない。森の東側は海に面していて、断崖絶壁から立ち入ることは不可能なのだ。
「ぐるりと回って来たのかもしれないが、それにしてもお前は不自然なところが多すぎた」
海から来たこと。
森の中を彷徨ったにしては、小綺麗な格好をしていたこと。
記憶喪失だと言い張ること。
ただの人間だという子どもが、魔女の弟子になりたいと言うこと。
「お前は何者だ」
リックは隣に視線を向ける。
アリアは、およそ子どもだとは思えない妖艶な笑みを浮かべていた。
「やっぱりいいわね、あなたたち。このまま魔犬を解いちゃうのは惜しい」
アリアは服の中からネックレスを取り出した。
そのネックレスを外すと、ふわりと浮いてリックの肩に手をかける。
「器から少し零れちゃったようだけど、あなたがいる。ただの人間のはずなのに、魔女が惹かれるその力はなんなのかしら?」
「なんの話だ。質問に答えろ」
気づくとリックの足は止まっていた。だが体が動かない。
「メリーシア、といったかしら? あたしはあれを完成させに来た」
そう言いながら、リックの首輪を指先でなぞる。
「おもしろい魔術。上書きは、こうかしら?」
首輪が禍々しく光り、熱を帯びる。
魔術のことはわからないが、なにか嫌な感じがする。
「やめろ!」
リックの必死の静止に、アリアと名乗った女は軽薄な笑みを浮かべるだけだった。




