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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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18/26

第18話

『前知の魔女』の生活は、穏やかなものだった。

 朝の祈りを済ませると、祈りに来る人々の話相手になったり、教会の掃除をしたり、まるで信仰深い人間のように過ごしている。

 違うことといえば。

「行き道はヒバリ。光と風が背中を押す」

 あの部屋で、迷える子羊の未来を見ることだろう。

 いつも見えるわけではないと言っていたとおり、見えないときは話を聞くだけになるらしい。

『前知の魔女』は前知を見るとき、リックに隣室にいるよう言いつけていた。

 かの魔女に連なる夢が、いつ見えるとも限らない。

 そして魔女のことを知ってほしいとのことだった。

 正直、『前知の魔女』のことは、群を抜けて変な魔女だと思う。

 朝の起こし方は、相変わらずだ。

 三日目は、新しいシーツでバサバサと仰がれた。

 やたら早い時間に起こされたものだから、四日目からは、部屋に入られる前に自力で起きるようになった。

 食事は魔女省を通じ教会に届けられているという。質素に暮らしていたものだから、リック一人増えても生活には困らないらしい。

 おかげで政府にも魔女省にも、ここに一人増えたことはばれていない。

 ここに祈りに来る人々は、訳ありだ。リックの姿を認めても、口外しない・できないそうだが、リックには時間に問題のようにも思えた。人の口に戸は立てられない。

 夜、暗くなったらあの部屋で二人で食事をし、早い時間に眠りにつく。

 外に出られないのは窮屈なものだが、掃除洗濯の手伝いはさせられたし、教会内ならば自由に動き回れる。

 なるべく人に会わないように注意はしていたが。

 そんな生活がしばらく続いた。


 リックは十七歳になっていた。

 長くは続かないと思ったのに、もう一年以上この教会にいる。

 思えばここに来るときも、誰にも会わなかった。

 魔女の不思議な力のようなものが、働いているのだろうか。

 これだけ一緒にいても、あの魔女のことはわからないところばかりだ。あの魔女が不思議な力を持っているのか、どの魔女も同じようなものなのか。

「なにか難しいことを考えているようね?」

 こんな風に、突然心を読むようなことを言ってくるものだから、いつまで経っても慣れない。

「あんたが得体が知れないって話だよ」

 リックが呆れながらそう言うと、『前知の魔女』はおかしそうに笑った。

 祭壇の掃除をしているところだった。

 年季の入った祭壇のようだから、修繕した方がいいぞと言うと、彼女はそうねと軽く返す。

 魔女は祭壇前に並んだ木椅子に座ると、口を開いた。

「私、今日死ぬのよね」

 明日は雨が降るのよねとでも言うかのような調子で言われ、リックは咄嗟には反応できなかった。

「……それは、前知で見えたってことか?」

「これは私が一番最初に見た夢。私は自分の死ぬ時期がわかっていたの」

 あくまで穏やかな目で、魔女はリックのことを見ている。

 なぜ、という言葉しか脳裏に浮かばない。

 なぜそんなことを話すのか。

 なぜ今に至るまで、行動を起こさなかったのか。

 なぜ抗おうとしないのか。

「私はこれが、『良い方向』に進むと確信した。だけど」

 そこで表情が曇る。

 黙り込んでしまった魔女を、リックはじっと待っていた。

「あなたには、つらい思いをさせてしまうと思う」

「俺がつらいと思うかどうかは、自分で決める」

 だから抗えよと言いたいが、この魔女は、一度こうと決めたことは頑として変えない。

 自分がなにを言っても無駄なのだろう。

 きっぱり言い切ったリックに、魔女は一瞬だけ目を見開き、それからいつもの笑みを見せた。

「そうね。未来はあなたの力で選んでいける」

 魔女はそう言って立ち上がった。

 祭壇に歩み寄り、天使の像を撫ぜる。

「『夜の枷』を耐えてほしい。『災厄の魔女』に繋がる道は、そこにある」

 はじめの頃に、前知の力で聞かされた言葉だ。

 今になって、なにかわかったのだろうか。

「どういう意味……」

 尋ねようとした瞬間だった。

「貴様ら! 動くな!」

 怒声と共に、男たちが祭壇の間になだれ込んできた。

 数多の銃口を向けられ、リックは両手を上げ、彼らの動向を伺う。

「素性の知れない男が、この教会に入り浸っているとの告発があった。貴様、黙っていたな?」

「彼は素性の知れない男じゃないし、ここは一対一で話すところだから。貴方も、知られたくないことを、話していったでしょう?」

 部隊長だと思われる男は、ぐうと黙り込んだ。

 この声には聞き覚えがある。ここに来た当初、乗り込んできた男だろう。憲兵の部隊長だったのだ。

 リックからすれば、よく一年も気づかれなかったなという具合だ。魔女との秘密はよく守られてきたものらしい。

 部隊長が鋭い視線をリックに向ける。

「貴様を魔女殺しの容疑で逮捕する!」

「俺には身に覚えがないが、証拠はあるのか?」

「話はツェンタールで聞いてやる! おとなしく監獄に入れ!」

 魔女が動いた。リックを庇おうとしたのだろう。

 だがそれに部隊長は怯んだらしい。引き金を引いてしまった。

 銃口はリックたちには向いていなかった。威嚇に撃ったとわかる。

 しかし弾丸は祭壇に当たり、ぐらりと天使像が傾いだ。

 リックは魔女の手を引こうとした。このままでは頭上に降ってくる。

 だがどうだ。魔女はリックを突き飛ばし、その弾みで転倒してしまう。

「『前知の魔女』!」

 リックの叫びは、像が魔女と地面に当たって砕ける音にかき消された。

 石屑が転がり、鮮やかな赤が床に染み広がる。

 リックは身動きが取れなかった。憲兵たちのざわめきは、どこか遠いところから聞こえてくる音のようだ。

 魔女の最期の言葉は、リックにしか届かなかった。


 ――どうか、良き道を


 憲兵たちが詰め寄ってくる。

「リック=リッカ・アンダーソン。魔女殺しの罪で、貴様を連行する」

 腕を乱暴に掴まれた。

 頭から血を流す『前知の魔女』の様子を伺う憲兵たちは、これはもう駄目だと首を振っている。

 どうしていつも、魔女は勝手に想いを託す。

 人間の命を奪ったことがなんなのだ。自らの命を、そんな簡単に捨ててもいいと思えるようなことなのか。

 そんな考えが浮かぶけれど、これは『良き道』ではないことはわかる。

『前知の魔女』は、夜の枷を耐えろと言っていた。

 ツェンタール監獄がそれだと思うが、確証は持てない。

「やってやろうじゃねえか」

 一度入れば、魔女の犬になるしかない場所だと聞いている。その末路は、みな悲惨なものだったとも。

 これが『災厄の魔女』に繋がるのならば、耐えるしかないのだ。

『前知の魔女』の予言は、まだ一つ残っている。それまでは死ぬことはない、と思いたい。


 それから三年、リックは狭く暗い牢獄で過ごすことになる。

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