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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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第17話

 リックは目を覚ましたとき、すぐには状況を理解できなかった。

 枕元にレモンが積まれている。

 絶妙なバランスで積まれていたため、次の一個が置かれた瞬間、すべてが崩れて床に落ちていった。

「……なにしてるんだ?」

 リックが問いかけると、『前知の魔女』はこてんと首を傾げた。

「あなたを起こそうと思って」

「人を起こすのは初めてか?」

 斬新な起こし方である。

 残ったレモンをどかしながら、リックは身を起こした。

 状況を思い出す。

 昨夜、食事も取らずに眠ってしまった。『前知の魔女』は起こさずにいてくれたようだが、朝になっても起きてこないので、心配になって見にきたらしい。

「なんか、夢を見たような……」

 久々にぐっすり眠ったおかげで、頭はすっきりしているはずだが、思い出せない。

「夢……」

 魔女がそう零して、リックのことを見てくる。

 首を傾げたリックだったが、『前知の魔女』は答えずに出ていってしまう。

 仕方なく、その後ろをリックはついていった。


 魔女が向かったのは、テーブルと二脚の椅子しかない部屋だった。

 テーブルの上には、パンとスープというシンプルな朝食が並んでいる。

「ここは遠見部屋なのだけれど、ごはんを食べるくらいはいいわよね?」

 魔女はそう言って片方の椅子に座り、リックにも促す。

 素直に座り、パンを食べ始めたリックだったが、なんの説明もされないことに、ついにしびれを切らした。

「『前知の魔女』、一宿一飯の恩はあるが、どういうつもりだ」

 彼女が『屍肉の魔女』と知人とはいえ、リックに手を差し伸べる義理はない。

 不信感を顕わにするリックに、「あぁ!」と魔女は声を上げた。

「一応、あなたの名前を聞いておくべきだったわね」

「そうじゃなくて!」

 リックは思わず立ち上がり、叫んでいた。

 どうもペースが狂ってしまう。我に返り、おとなしく座り直した。

「……リック=リッカ・アンダーソン。『災厄の魔女』を追って、ここに来た」

「えぇ、知っています」

 なら言わせるな。

 そう思ったが、いちいち指摘していては話が進まない。黙っておいた。

 前知・遠見部屋・知っている。

 単語単語が、この魔女の能力を物語っている。

「あんたは、未来が見えるのか?」

「すべてではないけれど。リッキーちゃんが来ることを知ったのは、しーちゃんの未来を見たから」

 しーちゃん、いおちゃんと呼ぶ魔女だ。リッキーちゃんと呼ばれたことは、流しておこう。

「それから? なにが知りたい?」

 魔女は組んだ両手に顎を乗せ、試すように視線を向けてくる。

 なにがと急に言われても、すぐには思いつかない。ここは答えを間違えてはいけない場面だろうか。

 押し黙ったリックに、魔女はふふっと笑った。

「とは言っても、なんでも見えるわけじゃないからね。いつでも見えるわけでもない」

「じゃあ聞くなよ」

 とうとう言ってしまった。それさえも魔女はおかしそうに笑う。

 調子が狂う。『屍肉の魔女』は、なぜこの魔女の元へ行けと言ったのだろうか。

「先に言っておくけど、しーちゃんには私が見た未来のことは、言ってないわ。そういうのを嫌う人だったから」

「まぁ、そんな感じだな」

 いま目の前にあるものを、確かに見る目をしていた。

 魔女は微笑んだまま続ける。

「私はここで、人間の相談を受けながら、暮らさせてもらっているの。あの二人と同じ。戦争で与えた傷の、せめてもの償いに」

 リックが物心ついたときには、激しい戦争はもう終わっていた。あの時代を戦い抜いた者たちの気持ちは、わからない。

 だけど触れた魔女たちの感情には、いつも後悔や諦念があった。

「次は私からね。『災厄の魔女』を見つけたら、どうするの?」

 問われてリックは、孤児院での日々が脳裏に過った。

 リッカは、院の子どもたちにいつも穏やかな微笑みを向けている人だった。

 姉を奪った魔女は憎い。復讐などと言えば、リッカに怒られるかもしれない。

 そしてリックは三人の魔女に出会った。

 彼女らは、戦争で人間の命を奪ったことを、悔いていた。

「まずは……どんなヤツか知りたい。そのあとのことは、それから考える」

 子どもを攫う極悪の魔女ではある。

 それでも、まずは知りたいと思うようになっていた。

 リックの返答に、『前知の魔女』は満足そうに頷いた。

「その未来はまだ見えない。だからその前に」

 魔女はおもむろに立ち上がると、リックのスープカップを手に取る。

 首を傾げようとしたとき、外のドアを強く叩く音がした。

 そして「『前知の魔女』! 話がある!」と男の声も。

「なんだ?」

「こちらの部屋に。私が呼ぶまで、出てこないでくださいね」

 そう言いながら、押し込まれてしまう。

 なにが起きているのかわからない。ひとまずは指示に従うことにした。

 カップを手渡し、ドアを閉めて魔女は行ってしまった。

 ややして隣室に誰かが入ってきた。一人は『前知の魔女』のようだが、もう一人の男の声は知らないものだ。

 殺しただとか、追跡対象だとか、穏やかじゃない言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。壁が厚いのか、はっきりとはわからない。

「未来が見えたら、報告するように!」

 廊下側のドアが開いて、その声だけははっきりと聞こえた。

 そして遠ざかっていく足音に、リックは静かに残りのスープを飲んだ。

 戻ってきた足音は、魔女のものだろう。

「いい子で待てましたね」

 ドアを開け、開口一番、そんなことを言う『前知の魔女』に、リックは不満そうな目を向ける。

「子ども扱いすんじゃねぇ」

「私からすれば、人間はみな子どもよ」

 人間の倍生きるんだっけと思いながら、手を差し出してきた魔女にカップを手渡す。

「あなた、しばらくここで暮らしなさいな」

「そうさせてもらえると、助かるが」

 魔女の提案に、なんてことない調子で言うと、彼女は複雑そうな顔をした。

「あなた、追跡対象にされてるのよね」

「は?」

「しーちゃんが殺されたでしょう? 犯人は隣国の魔女崇拝教の信者だった。国際問題になりそうなことなんだけど、国はあまり大事にしたくないようなの」

「それで、犯人をでっち上げようと?」

 たしかに、奴らはこの国の人間ではないように見えた。

 そもそも『庵の魔女』の件だって、うやむやになっているのだ。

 魔女崇拝教とはなんだとか、なぜ自分がとか、疑問は尽きないが、さすがにもう逃げ続けるわけにはいかない。

「さっきのは憲兵か? 直訴してくる」

 立ち上がったリックだったが、ドアの前に魔女が立ちはだかる。

「『災厄の魔女』に辿り着きたいなら、ここにいた方がいい」

「どうして!」

 リックが詰め寄ろうとしたとき、『前知の魔女』の持つ空気が変わっていることに気づいた。

 目を閉じた魔女からは、なにか神秘的なものさえ感じる。

「夜の枷。其は銀と海を分つ者なり。聖堂より彼の地に至る」

 そう告げると、静かに目を開く。

 リックがなにも言えずにいると。

「どういう意味かしら?」

 なんて言うものだから、ずっこけてしまう。

「それが『前知』じゃねえのかよ」

「私としては、夢に見る感じなのよねぇ。どうもぼんやりとしてるというか」

 それで、今朝リックが夢について言及していたときに、気にしていたのか。

 あれが『前知の魔女』に感化されたのかはわからないが、『屍肉の魔女』たちの未来であればいいと思う。

「聖堂……つまりこの教会にいる姿が見えたわ。私はこれが、良いものに思える」

 魔女は確信しているようだった。

 ならば従うしかない。『災厄の魔女』に繋がるものも、ここにしかないのだ。

『前知の魔女』は、急にふふふと怪しく笑った。

「少年を軟禁する悪い魔女、ってことね?」

 気が抜けてしまう。

 この魔女、どうも他二人とは違う方向に常識がないようだ。

 これから始まる生活に、不安しかない。

 リックは早めに終わるように祈った。

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