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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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16/22

第16話

 夜更けの寝室で、メリーシアはベッドに腰かけ、一冊の本を手にしていた。

 町に行ったときに、アベラードから借りてきた本だ。

『古の三魔女』に関する記述。魔女省によるものではあるが、大方は把握できた。

 リックから聞いた話も照らし合わせて、確証は強くなった。

「『前知の魔女』は、リックになにを話したんだろう……」

 戦後の彼女を知る魔女は少ない。なにせ『前知の魔女』は、人間の建てた教会から出ることなく余生を終えた。

 リックはその傍らにいたはずなのだ。

 一つの確信を持って、メリーシアは本を閉じる。

 すべては明日だ。明かりを消し、メリーシアはベッドに入った。


   *


 翌朝も、アリアは元気だった。

 この年頃の少女に、ひたすらの植林は退屈なんじゃないだろうかとも思ったメリーシアだったが、杞憂だったようだ。

「アリア、今日は一人で昨日の続きをお願いしてもいいですか?」

「うん、いいよー。でも、師匠はなにか用事があるの?」

 リックはキッチンで朝食の片づけをしている。聞かれても構わないが、メリーシアはアリアの耳に口を寄せた。

「リックに大事な話があります」

 言った途端、アリアの表情がぱぁっと明るくなる。予想どおりの反応だ。

 リックのことをちらりと見たアリアは、彼がこちらのことには気づいてないことに「よし」というように頷き、それからメリーシアにも頷いた。

 身支度を終えると、アリアは師匠にウインクを一つ投げて出ていった。

「勘違いさせて、心苦しいのですが……」

「なんの話だ?」

 気づくとリックが傍に来ていて、メリーシアの顔を覗き込んできていた。

 メリーシアは、慌てて身を引く。

「なっ、なんでもありません! ……それより、話があるんですが」

 すぐに冷静さを取り戻したメリーシアに、リックはなにかを感じたらしい。

 ではお茶を用意してくると言って、またキッチンに舞い戻っていく。

 その間に、メリーシアは心の準備をする。

「リックに……わたしの願いを叶えさせるわけにはいかない」

 彼に聞こえないように呟く。決意が揺らがないように。


 テーブルに二つのティーカップを置いて、リックが向かいに座った。

「で? 話とは?」

 リックの方から切り出してくれて、ほっとしてしまった自分に少し悔しく思ってしまう。

 呼吸を一つして、メリーシアは口を開いた。

「三人目の魔女のことを、聞かせてもらいたいんです」

 リックの眉がぴくりと動く。

 気づかなかったふりをして、メリーシアは続けた。

「『前知の魔女』は、特別な魔女です。彼女はその名のとおり、未来視ができた」

 戦時下、他の魔女との交流はなかったと記録されている。

 彼女の魔術は、断片的ではあれど、起こりうる未来を正確に見たという。

「『屍肉の魔女』の死後、あなたは『前知の魔女』の元に向かったんですよね。そのときのことを、あなたの口から聞きたいんです」

 リックはしばらくの間、黙りこくっていた。凪いだ紅茶の表面を眺めるその表情からは、感情を読み取れない。

 ややして、深いため息をつく。他の二人の魔女同様、やはり話したくないことだっただろうか。

 話したくなければ話さなくていいと言ったけれど、できれば聞きたい。この先に進むためにも。

「長くなるぞ?」

 そう前置きをして、リックは話し始めた。


   *


『屍肉の魔女』の猟犬カサブランカは、迷いのない足取りで山を下り、山の東の中央区の方へと向かった。

 怪我の治療をしようと思ったが、リックが触ろうとすると嫌がる。

 姉弟子のプライド、というより、『屍肉の魔女』の後を追って死に急いでいるようにも見えて、リックはどうすることもできずにいた。

 市街地についたのは、町を夕闇が包み始めていたときだった。

 路地裏を進む一人と一匹は、誰ともすれ違わない。

 一本先の通りでは、人の気配がする気もするが、なにか不思議な力が働いているように感じた。

 やがて教会の前へと辿りつく。鼻先でドアを押して中に入っていくカサブランカに、リックも続く。

 教会の中には、ひと気がなかった。夜が迫っているのだ。人間はみな、家へと帰っていく時分だろう。

 リックは祭壇へと目を向ける。

 《《それ》》は始めは聖女の像だと思った。祭壇に祈りを捧げる白い像。

 像が静かに立ち上がったので、リックの肩はびくりと跳ねた。

「お待ちしておりました」

 像ではない、振り返った彼女は、美しい女性だった。

 頭から白いベールを被り、見え隠れするプラチナブロンドの髪はさらりと流れている。

 修道女のような形状の白い衣服に、清らかさを感じた。

 だからこそ、最初は聖女かと思ったのだ。

「あんたが『前知の魔女』か?」

 普通の人間ならば、初対面のリックに待っていたなどと言わない。

 だが普通の魔女ならば、黒い衣服を身にまとっている。

 あの『屍肉の魔女』の知り合いだ。普通ではないのだろう。

「えぇ。しーちゃんの遠見で、あなたが来ることは知っていました」

「しーちゃん」

 緊迫した面持ちだったのに、その固有名詞で一気にリックの力が抜けた。

 状況から察するに、『屍肉の魔女』のことだ。あの厳格な魔女のことを、そんな風に気の抜けた呼び方をする者がいるなんて。

「いおちゃんと、しーちゃんの元を経て、ここに至ったのでしょう?」

「まぁ、そうなる……?」

 なんだか、さっきまでの緊迫した気持ちが、しぼんでいくようだった。

「改めて自己紹介、といきたいところですが」

 そこで言葉を切ると、『前知の魔女』はリックの横を通り過ぎ、入り口の方へと向かう。

 魔女の姿を追い、振り返ったところでリックははっとした。

「盟友カサブランカ嬢、よくぞここまで参られました」

 ドアのすぐ傍で、カサブランカが横たわっていた。

 苦しそうな荒い呼吸を繰り返し、目だけは『前知の魔女』をしっかりと見つめている。

「彼をここまで連れてきてくれて、ありがとう。あなたは『屍肉の魔女』のよき友でした」

 魔女はそう言うと、カサブランカの頭を優しく撫でる。

 カサブランカはゆっくりと目を閉じ、そして上下していた胸も、やがて動かなくなった。

『前知の魔女』が両手を組み、祈りを捧げる。

 リックは彼女らの傍に歩み寄った。

「……怪我の治療を拒んでいた。無理にでも、するべきだっただろうか」

「いいえ、彼女の選んだ道です。しーちゃんは叱るでしょうが、冥界への道で心強いとも思うはずです」

 そうだといい。

 乱暴に奪われた命も、友がいるならきっと虚しくないものになる。


   *


 それから。

 魔女の指示で、教会の裏の墓地にカサブランカを埋葬した。

 手を合わせるのは初めてだった。

 姉リッカも、『庵の魔女』も、『屍肉の魔女』も、きちんと埋葬することができなかったから。

「あなたも疲れたでしょう。どうぞこちらへ」

 顔を上げたリックに『前知の魔女』はそう告げて、教会内の小部屋へと連れていく。

 簡素なベッドと、小さなテーブルしかない部屋だ。

「狭いところですが、好きに使ってください。あとで食事を持ってきます」

 そう言って出ていこうとするが、説明が足りない。リックは慌てた。

「好きにって、あんたはどうするんだ」

「どうって、適当に過ごします。ここは私の家ですから」

 きょとんとした表情で、当然のように答える『前知の魔女』。

 一人取り残されたリックは、唖然とするしかない。

 教会で暮らす魔女なんて、聞いたことがない。魔女は人間とは交わらずに生きる者が多いはずだ。

「なんなんだ……『前知の魔女』……」

 リックが出会った三人の魔女。

 そのどれもがこれまでの常識が通用せず、リックは混乱する。

 とはいえ、険しい道程だった。

 ベッドに横になったリックは、そのまま眠りについてしまった。


 夢を見た。

 白く大きな犬が、弓を背負い長い髪を一つに結んだ女性のもとへ駆けていく。

 彼女らは振り返らないけれど、それでいい。

 優しい風の吹く青い草原で、満ち足りた光景だった。

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