第14話
ティータイムに間に合ってよかったと思いながら、メリーシアは馬車を降りた。
やはりリックは、魔女を殺していなかった。
ならば『魔犬』の契約は、解除しなければならないんじゃないだろうか。
馬車に揺られている間、ずっと考えていたが、答えは出なかった。
どんな顔でリックと顔を合わせたものか悩みはするが、ひとまずは。
「ミルフィーユが、解決してくれるはず……!」
バスケットを抱え直し、メリーシアはドアを開けた。
だが広がっていた光景に、固まってしまう。
「どちら様……?」
ソファの上では見知らぬ少女が眠っており、リックはというと、キッチンでなにやら料理している。
「おかえり、主人。やっぱりあんたの客じゃないのか」
メリーシアに気づいたリックが、手を止めないまま言ってくる。
そちらに向かうと、チキンスープがことこと煮込まれている。その隣のミルクリゾットからは温かな湯気が上がり、リックがポテトをマッシュしているところだった。
「誰なんです?」
「わからん。突然家の前に現れて、俺が魔女なのか聞いてきた。敵か味方かわからなかったんだが、空腹で倒れて、今に至る」
なるほど、状況はわかった。
メリーシアは、少女の傍まで行く。
毛布を被り、すやすやと寝息を立てているその顔は、無垢そのものだ。
魔力は感じない。ただの人間のようだ。
しかしこの森には、魔力のない人間は入れなかったはずだ。リックは魔力のない人間だが、『魔犬』の契約をしているから別だ。
木を植えることで森の浄化を図ってきたが、それが効いたのだろうか。
リックが来てから、格段に効率が上がった。喜ばしいことだ。
「なんだ? 嬉しそうな顔をして」
「いいえ。ここに訪ねてくる人ができたんだな、って」
そうかと返事をして、リックは調理に戻る。
病人食を作っていたようだ。少女がなぜ倒れたのかはわからないが、事情がありそうだ。
こんなところまで、子ども一人で来るとは尋常ではない。
この少女は、何者なんだろうか。
メリーシアが眺めていると、少女の瞼がゆっくりと開いた。
「ここは……?」
「こんにちは、お嬢さん。ここは『災厄の魔女』の屋敷です」
緩慢な動作で起き上がった少女は、辺りを見渡した。どうやら状況を思い出したらしい。
その蜂蜜色の目が、メリーシアを映した。
「あなたが、『災厄の魔女』?」
「えぇ。あなたのお名前は?」
少女は二、三度瞬きをすると、口を開く。
「アリア?」
「なんで疑問形なんだ」
キッチンからリックの声が飛ぶ。
険のあるリックの声に、アリアと名乗った少女は首を傾げた。
「彼はわたしの『魔犬』です。アリア、どうしてここに?」
メリーシアの問いかけに、彼女はまた首を傾げる。
「覚えてない、みたい?」
メリーシアとリックは顔を見合わせた。
一人で『死の森』に来た少女。
煤けて空腹で、倒れるほどの状態。
加えて、名前以外のことを覚えていない。
異様な状況であることは、間違いない。
「ここに来なきゃって思ったの。この森に住む魔女に会いたいって」
メリーシアの手を取り、嬉しそうに笑うアリアは、歳に見合わず艶がある。
違和感にメリーシアが口を開こうとしたとき、アリアの腹が鳴った。
恥ずかしそうに赤くなるアリアは、年相応なものだ。気のせいだったかと思い直し、メリーシアは立ち上がった。
「リック、それはアリアのためのものですよね? 食事にしましょう」
アリアも後ろからトコトコとついてくる。
鍋の中を覗き込んで、がっかりした表情を浮かべた。
「カゼのときのごはんばっかり……」
あぁ? と声を上げたのはリックだ。
「お前さん、さっき倒れたばかりだろう。消化のいいものを食べた方がいいんじゃないのか?」
「あたしは元気よ? それより、これが気になるんだけど」
アリアが興味津々な目を向けているのは、テーブルの上に置いていたバスケットだ。
香りがしたのだろうか。メリーシアはくすりと笑い、ふたを開けた。
「ミルフィーユです。町で人気の品だそうですよ」
「きれい……」
アリアの視線は、苺とクリームとパイの層になったミルフィーユに釘付けだ。
「……食べますか?」
「いいの!? 食べる!」
即答だった。メリーシアとリックは、思わず笑ってしまう。
リックが食器を用意し、アリアにミルフィーユを出してあげた。
「この賜物に祝福を」
食前の祈りを唱え、アリアはフォークを突き刺した。
一口食べた彼女は、ぱぁぁぁと表情が明るくなっていく。そして二口、三口と食べ進め、あっという間に平らげてしまった。
よほどおいしかったらしい。その目がちらちらとバスケットの方を向いている。
「えっと、もう一個食べますか?」
「食べたい!」
そう食いつかれては、あげないわけにはいかない。
空腹で倒れた少女なのだ。食べたいものを食べさせてあげたいという、親心のようなものが働いた。
結局、アリアは三つともぺろりと平らげてしまった。
「なんか、すみません。リックに持って帰ってきたのに……」
「いや、気にするな。形がわかっただけでも十分だ。それに、あんなにうまそうに食われちゃ、なにも言えんだろう」
ほくほくした顔で、ミルクを飲んでいるアリア。
あの表情を見たら、さすがのリックも絆されるらしい。
リックは食器を片づけながら、「それに」と続ける。
「俺のために持って帰ってきてくれた、と言ってくれちゃあ、この上ない喜びだ」
「なっ……! そんなことは言ってません!」
思わずリックの肩をぽかぽか叩いてしまう。
ふと、二人は視線を感じて下を向く。
アリアがじーっと二人を見ていた。
慌ててメリーシアはリックから距離を取る。
「二人は夫婦なの?」
純粋無垢な目からの問いかけだった。
「ふっ……!?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が重なった。
慌てふためいている(主にメリーシアが)二人を横目に、アリアは楽しそうに続ける。
「魔女はすてきな旦那さまと、しあわせに暮らしているのね!」
「いやっ、あの……! わたしとリックはそんな関係では……」
「あたし、ママもパパもいなかったから、こんな二人の下で暮らせたら、すてきだなって」
さびしそうなアリアの表情に、メリーシアは言葉に詰まった。
彼女も両親がいないのだ。幼い日の記憶がよみがえり、アリアもこのさびしさを味わったのだろうかと思ってしまう。
「アリア……」
「だから! あなたたちをママとパパだと思って、ここで暮らしたいなって!」
「は?」
アリアと目線を合わせていたメリーシアは、固まった。
彼女は両手を合わせて、見上げてくる。
「行くあてがなくて、こまっていたの。魔女の弟子にしてください!」
アリアはぴょこんとおじぎをする。
ただの人に頼まれたら、メリーシアも断る選択肢しかなかっただろう。
だが、アリアは事情が事情だ。そう言われてしまっては、断りようがない。
メリーシアは、記憶がない少女を放り出すような非道な魔女ではないのだ。
「では……あなたの記憶が戻るまで、ならば……」
リックのため息が聞こえたけれど、気づかなかったふりをした。
なにか違和感を抱いた気もするが……。
やったー! と飛び跳ねて喜んでいるアリアを見たら、メリーシアはまぁいいかと思ってしまった。




