第12話
時間は少し遡り、メリーシアを見送ったリックは――。
「ヒマだ……」
家の掃除を早々に終わらせ、ソファに寝転がり、怠惰に過ごしていた。
もともと、孤児院で炊事・洗濯などはさせられていたし、魔女の元でもこき使われていて、家事スキルは高いのだ。
加えて、メリーシアが魔術に使うものは、いたずらに触ってはいけないだろうと判断した。
『古の三魔女』のところでも、勝手に物を触るなと釘を刺されていた。命に関わるぞと脅されたものだが、あながち冗談でもないのだろう。魔術は人間にはわからない部分が多すぎる。
寝転がったまま、メリーシアの寝室のドアを見るともなしに見やった。
あの晩、たしかにリッカはそこに姿を現した。いや、少し透けていたような気もする。
あれは幽霊とかいうやつだったのだろうか。
メリーシアの中に、百人の人間の魔力が入っていると言っていた。その残滓が幽霊というものになった。そう考えるのが妥当な気がする。
メリーシアは、このことを知っているのか。
銀木に臥すにあたって、拒否する人間もいると言っていたことを思い出した。
意思疎通は可能なのか?
答えの出ない問いが、リックの脳裏に浮かんでいく。
「やめだやめだ!」
考えていても埒が明かない。リックは勢いをつけて起き上がった。
答えはメリーシアに聞くしかないのだ。
考えすぎてどうにもならなくなったときは、動くに限る。
リックは、玄関脇にある木の苗の保管場所を確かめた。
「少し、木を植えておくか」
森を元に戻すことは、メリーシアの課題である。そして願いでもあるのだろう。
この森を破壊し、多くの人々を死に追いやった。
人の命を元に戻すことはできないが、森は再生することができる。
スコップで土を掘り返しながら、リックはメリーシアがあの事件を話したときのことを想い返した。
課題を遂行するには、あまりにも罪悪感に満ちた横顔だった。あの顔をリックは知っている。
『古の三魔女』は、誰もがそういった顔をしていた。
彼女らも、戦時中に多くの人間を殺したことで、罪の意識の中に生きていたから。
余生は罪を償うために費やすと決めていたのだ。
「……口にはしてなかったが」
三人の魔女は、戦争について多くは語らなかった。リックが察したこと、三魔女が亡くなってから知ったこと、それぞれある。
思い出すのは、『屍肉の魔女』の最期だ。
*
『屍肉の魔女』は、エナフリン山脈の獣の数を調整していた。増えすぎては人里に降りて畑を荒らし、人を襲う。
魔術を用いた弓矢の腕に秀でていたから、そうして人間に尽くすことにしていたのだ。
二年の間に、リックは山で生きる術を身につけていた。
『屍肉の魔女』に付いてエナフリン山脈を駆け回っていては、自然とそうもなろう。
獣の解体だけは慣れなかったが、料理の腕前は店を開けるレベルになっていた。
「なんでこんな岩山に、調理器具が揃ってんだよ」
ぼやきながら食事の準備をするリックに、カサブランカのブラッシングをしていた『屍肉の魔女』はふっと笑い、
「調理は人々が編み出した究極の娯楽だ。拘ってこそだろう」
と答えた。
褒めはしないが楽しみにはしている。リックは自分の料理をそう思うことにしていた。
ある朝のことだった。
食事を終え、茶を出し寛いでいたころ。カサブランカがその長い耳をぴくりと動かし、顔を上げた。
「なにか来たねぇ」
『屍肉の魔女』は、平時の声色で言い、だがその眼光を鋭くさせた。
リックにはなにも聞こえなかったが、魔女とその犬には気づくことがあったらしい。
弓矢を手に取り、素早く支度をする。
「おまえはここにいな」
留守をリックに任せ、一人と一匹は出ていった。
狼の咆哮が聞こえたときとはまた違う、なにか剣呑な空気を醸し出していた。あの魔女に勝てるものなどない気がする。
だがリックは、胸騒ぎが止まらない。
言いつけを破り、リックは岩屋を後にした。
魔女やカサブランカのように、五感が優れているわけではない。リックが足を向けたのは、当てずっぽうの方向だった。
だが。
――パンッッッ!!
空気を切り裂くような音がして、それから鳥たちが飛び立つ羽音がした。
いやな予感はますます強くなる。
音のした方にリックがひた走ると――。
「あそこにいろと言ったのに」
左肩あたりに手を当て、膝をつく『屍肉の魔女』の姿があった。手から肘にかけて滴り落ちる赤に、リックの全身の毛がざわりと逆立つ。
「魔女の弟子か?」
「動くなよ、ガキ」
鋭い声のした方向に視線をやると、ライフルを抱えた三人の男たちがいた。魔女にその銃口を向けている。
そのうちの一つの銃口がリックに向いており、ひとまずは言うことを聞くことにした。
「こいつは迷子になってたから、ちょっと匿ってやってただけだよ。なんなら、あんたらが人間の元に返してやってほしいくらいだ」
「おい」
さすがにその言い分には、物申したい。庇ってくれているのはわかるが、この男たちが何者なのか、リックにはわかっていないのだ。
「そんな義理はないな」
一人が吐き捨てるように言う。
少し訛りがある。リーゼンブルグの人間じゃないのか?
『屍肉の魔女』もそう思っているのか、リックと同様に黙って男たちを睨みつけ、その言葉には答えない。
「なにが目的だ?」
魔女の顔色がどんどん白くなっていっている。この場をどうにか早く切り抜けないといけない。
手ぶらで来てしまったことを後悔した。ナイフの一つでもあれば、隙をつけたかもしれないのに。
「魔女だよ、魔女。俺らはあんたの血がほしい」
「おい、余計なことを言うな」
一番軽薄そうな男の言葉に、メガネをかけた細身の男が釘を刺す。
「いいじゃねえか。こいつも口封じしておけばいい」
「無駄に仕事を増やすな」
「このガキは魔女の弟子だろ? こいつの血も取ってったがいいんじゃねえか?」
魔女の血……と聞いてリックが脳裏に浮かぶのは、眉唾ものの伝承だ。
魔女の血を飲めば、魔術を使えるようになる。太古の昔に語られた伝承だが、今の時代にこの国で信じている人間はいない。
異国では今も信じている人がいるらしいが、やはり彼らはリーゼンブルグの人間ではないのだろう。
「試してみるか? 生き血の方が効くぜ?」
ならば利用させてもらう。じりと踏み出すリックに、三人の警戒が集中する。
そうすれば、自由に動けるだろう。
「カサブランカ!」
『屍肉の魔女』の鋭い声に、彼女は反応した。
男たちの背後、木々の合間からカサブランカがタイミングを伺っていた。
呼びかけと同時に、風のように走り寄る白い獣に、男たちは反応できない。闇雲に打つライフルの弾は、木の根に当たって転がった。
リックも動く。
『屍肉の魔女』が傍らに転がっていた弓矢に手を伸ばしたから、素早く彼女のそばに駆け寄った。
左手は痛みでうまく動かせないらしい。リックは魔女の左側に立ち、腕を支えた。
魔女は歯を食いしばり、矢をつがえ弓を引く。この状態でも、男の一人の心臓を的確に射抜いた。
リックの口の端が上がってしまったのは、恐ろしさか高揚感か。
「ぐあぁあぁぁ!!」
もう一人の男の絶叫は、カサブランカが起こしたものだった。右腕を噛み切ってしまっている。
倒れ伏した男は、もう二度と立ち上がることはないだろう。
残るは一人。とリックは辺りを見渡すが、その姿はない。
逃げたのだろうか。
そう思ったときだった。
「伏せな!」
魔女の声と共に、強く押され倒れ込んでしまう。
そして。
山間に銃声が響いた。




