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災厄の魔女ですが使い魔の犬に手を噛まれています  作者: 安芸咲良
第一部 魔女殺しの魔犬

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第11話

 昼食時になり、アベラードが資料室に顔をのぞかせた。

「あー疲れた。あのジジイ、とっととくたばればいいのに」

「長官、お子さんの教育に悪いですよ」

 アベラードがこの世の終わりのような顔をする。

「メリーシア! なにも聞いてないよね!? あのおじいさんは早めに亡くなるといいですねって言っただけだよ!?」

「あんまり変わってないし、それくらいでわたしの教育に影響は出ないですからね!?」

 いくつだと思っているのだろう。めそめそしているアベラードに、深いため息をついてしまう。

 見かねたコリンが、助け舟を出す。

「では、お昼にしましょうか」

「そうだった! ミルフィーユは、朝から並んで買っておいたからね」

 言いながら、アベラードはバスケットを取り出した。

 時の魔術を唯一使えるアベラードは、『匣の魔女』と呼ばれている。

 バスケット程度の大きさの箱の中ならば、時を止めることができるのだ。ただし、動物の時を止めることはできない。

 三人は食堂へと向かう。

 昼食時の食堂は、魔女省の職員で賑わっている。入ってきた三人に視線が集まり、それがメリーシアを認めて、すぐに忌まわしいものを見る目に変わった。

「あいつら……」

「人払いをしましょうか?」

 剣呑な声を出す二人に、メリーシアは慌てる。

「仕事場にお邪魔しているのは、わたしの方ですから! みなさんの迷惑にならないよう、隅の方でいただければ……」

 アベラードたちはまだ不満そうだったが、メリーシアは背中を押して隅の席についた。

 バスケットの中に入っていたのは、ミルフィーユだけではなかった。

「ここのベーカリーのパンは、どれもおいしくてね。メリーシアはなにが好きかなと思って、いろいろ買っておいたよ」

 バスケットの中から、次から次へとパンが出てくる。テーブルの上から零れんばかりだ。

「それにしても……買いすぎじゃありませんか……?」

「残ったものは僕の夕飯にするから、気にしないで。好きなものを、好きなだけ食べていいからね」

 相変わらずの親馬鹿である。時の魔術があるから、無駄になるわけではないのだ。諦めるしかない。

 メリーシアは、ベーコンとチーズのバゲットを手に取り、口にした。

 ぱぁぁと明るくなる娘の表情を、アベラードはにこにこと見守る。これだけでお腹いっぱいになっていそうだ。

「魔犬との生活はどうだい? またなにか、悪さはしていないかい?」

「先日も言いましたが、『魔犬』としてちゃんと働いてくれていますよ。ごはんも作ってくれていますし」

 ほくほくと話すメリーシアに、「ごはん……」と呟く二人。

 メリーシアは間違えたことに気づく。

「あっ……違いますよ!? 植林もちゃんとしてもらっています! でもあの人、料理も上手で……ごはんもお菓子もすごいんです!」

 言い連ねるほどに墓穴を掘っていっている。コリンは笑いをこらえるのに必死だ。

 それとは引き換えに、どんどん目が座っていくアベラード。

「でも、お店の味には勝てないだろう? このパン、全部持って帰りなさい? そうだ、これから食事は僕が届けさせよう」

「いやっ……そんな、アベラードの手をわずらわせなくても……」

「いいんだ、いいんだ。もっと父に甘えなさい」

「長官は、そろそろ娘離れした方がいいのでは?」

 コリンの冷静な指摘に、メリーシアはぶんぶん頷く。

 親離れすべきなのだ。もう、一人立ちする年齢でもあるのだから。

「そもそも、長官の料理が壊滅的なのが駄目ですよね。お手本になれない」

「えっ? そんなことはないと思うんですけど……」

「あ、似た者親子だった」

 コリンにそう言われてアベラードは喜んでいるが、メリーシアの心境は複雑だった。

 彼とは血の繋がりはない。十五年間育ててもらった恩はあるが、そんなことを言われては、申し訳なさの方が先に立ってしまう。

「とはいえ、僕はお菓子作りは苦手だし……。あっ、このミルフィーユって、もしかして魔犬に食わせるために頼んだのかい!?」

 アベラードには、できれば二つミルフィーユを買ってもらうように頼んでいた。雑用を頼むのは忍びなかったが、甘いもののためならば仕方ない。

「やめだやめだ! 僕の分かなと思って、ついでにたまには部下を労わってやろうかなと思って三つ買ってたけど、今ここで全部食べていって!」

「あ、僕は甘いもの嫌いなので、いらないです。というか、以前にも嫌いだって言ったはずなんですが。本当に労わる気があったんですか?」

「部下が辛辣!」

 冷ややかな目のコリンに、嘆くアベラード。これはアベラードが悪いだろう。

 コリンはバスケットの中にミルフィーユを入れ、メリーシアの方へと差し出してきた。

「三つとも持って帰っていいですよ。これのおかげで日持ちはしますし、ゆっくり召し上がってください」

『これ』のところで上司を顎で示した。

 さめざめ泣いているアベラードは気づいていないが、メリーシアは苦笑するしかない。

 父はもっと威厳のある人だと思っていた。魔女省のトップだし、『無茶振りのウィリアムズ』と呼ばれているくらいだ。

 まぁその呼称も、愛のあるものなのだろう。

 バスケットはそれなりの大きさはある。パンもいくつかいただいて、メリーシアは帰路に就いた。

 リックは喜んでくれるだろうか。

 待ってくれている人がいる家に帰る。リックと暮らし始めて、メリーシアは知らなかった感情を知っていっている。

 馬車の中でバスケットを見下ろして、小さく笑みが零れる。

 このときはまだ、リックにミルフィーユを渡せなくなるとは予想もしていなかった。

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