第10話
翌朝。曇天の空の下、一頭立ての馬車が家の前で待っていた。魔女省が手配してくれたものだ。
リックに見送られ、メリーシアは町へと出立した。
馬車に揺られながら、流れていく景色を見るともなしに見ている。一人で出かけるのは初めてだというのに、リックを迎えに行ったときのような緊張感はない。
むしろ、これから確かめに行くことを知ることの方が、怖いかもしれない。
「終わらせないと、いけないのに……」
窓にもたれかかる。
曇り空が吉と変わるか、凶と変わるか。今のメリーシアにはわからない。
「待っていたよ~~~~!! メリーシア~~~~!!」
魔女省庁舎に入った途端、アベラードに盛大に出迎えられた。
抱き締められて、頬ずりされて、成すがままである。拒絶した方が後から面倒なことになるので、もう諦めている。
「長官、見る人が見れば問題となりますので、程々に」
「だって初めてメリーシアが自分から来てくれたんだよ!? 僕のところに!!」
「長官のところじゃなくて、本部にですよ」
冷静に指摘しながらアベラードを引き剥がしてくれるのは、ブロンドのボブヘアが特徴的なコリン。年若く見える青年だが、アベラードの補佐官である。優秀で、上司の無茶振りにも冷静に対処できる切れ者だ。
「コリン、お久しぶりです」
「こちらこそ。大きくなりましたね」
前回、町へ来たときは会えなかった。基本的に死の森に引きこもっているメリーシアだから、年単位で会っていない。
ちなみに若く見えるが、歳はアベラードとそう変わらない。
見た目のせいで、メリーシアはコリンを兄のように思ってしまっている節があるが。
相対すると、なんだかほんわかした空気になってしまう。
「父は僕なんだがー?」
当然、娘溺愛アベラードは面白くない。
数多の悪い虫を払って払って払ってきたが、この補佐官だけはいなくなると仕事が回らなくなるし、メリーシアと物怖じせずに話せる人物の一人だから、払うわけにはいかない。
もっとも、メリーシアが人馴れしていないのは、アベラードの鉄壁のガードのせいだともいえよう。
どうにかアベラードを宥めすかし、三人は資料室へと向かう。
「しかしまた、なぜ今になって、『古の三魔女』のことを知りたくなったんだい?」
戦争を生きた魔女のうち、強大な魔力を持つ魔女を『古の三魔女』と呼んでいる。『庵の魔女』と『屍肉の魔女』はそのうちの二人だ。
「リックの罪状について、少し気になったんです。魔女と人間とで、見えているものが恐らく違う」
『魔女殺し』として収監されていたリックだが、その実、姉の手がかりを探して魔女の元を転々としていただけだったようだ。
「彼が冤罪なら、晴らすべきです。こんなことが許されていいはずがない……」
俯きぎゅっと両手を握りしめるメリーシアを、アベラードは複雑そうな表情で見ている。
やがて本棚から一冊の本を取り出すと、メリーシアに手渡した。
「人間と魔女の常識は違う……。分かり合えない部分もあると思うよ?」
見上げたアベラードの表情は、慈愛に満ちたものだった。
この父親は、どこまでもメリーシアを愛してくれている。そんなこと、しなくていいのに。
――実の子を記号で呼ぶなんて、そんなことがあってなるものか……!!
メリーシアを引き取ってくれたときのことを、彼は多くは語らない。だけどメリーシアは全部覚えている。彼女の中の人間たちが記憶していた。
赤子をAと呼んだクロッシアに、アベラードは激高した。
人を人だと思わぬ所業を繰り返す魔女。己の子に名すらつけない母に、赤子は感情というものを持ちようがなかった。討伐に来た魔女のおかげで、この環境が正常ではないと理解できたのだ。
『メリーシア』は、アベラードが赤子を引き取るとなったときに付けてもらった名だ。
アベラードも解放してあげたい。
自分が、『災厄の魔女』なんてお荷物がなければ、彼は自身の魔術をもっと研鑽していける。時の魔術を使えるのは、彼だけなのだ。だからこそ、若くして魔女省の長官の位置に就けている。
きっと義務感と愛情を履き違えているだけだから。
本を受け取り、メリーシアは視線を落とす。思っていることは、飲み込んだ。口にすれば父は否定するだろう。
「メリ……」
「長官! 法務省大臣がお見えです!」
資料室に飛び込んできた職員の言葉で、アベラードの呼びかけは途絶えた。チッと小さく舌打ちをして、アベラードは呼びに来た職員を振り返る。
「あの件は許可できないとはっきり言ったはずなのに……。メリーシア、すまないがしばらく一人でいてくれるかい?」
「自分がおりますよ」
「君は兄面するじゃないか!」
冷静に返すコリンに、喚くアベラード。メリーシアは苦笑いするしかない。
「資料室の管理者は自分なので。さっさと行ってください」
「部下が偉そう!」
コリンに追い立てられて。アベラードはようやく資料室を後にした。
静かになった資料室で、メリーシアは小さくため息を零す。
「なんだか、いつも父がご迷惑をおかけしていないか、心配になってきました……」
「あれで仕事はできる人ですから。無茶振りは……まぁ、いつものことです」
この人は、その場しのぎなことは言わない。信頼できるから、これ以上言う必要はないだろう。
壁際にあるテーブルで、渡された本を読もうとしたときだった。
「見て、『死を呼ぶ魔女』がいる」
「本当だ。『惨禍』……初めて見た」
「目が合ったら死ぬって本当かな?」
資料室の入り口で、ひそひそ話す声が聞こえてきた。廊下から、数人の職員がこちらを見ている。
メリーシアの二つ名は、多岐に渡る。『災厄』をこうも言い換えることができるかと思うほどだ。
でも事実だ。メリーシアはそう思い、きゅっと唇を噛んだ。
「あいつら……」
「いいんです。あの人たちの気持ちも、わかるから……」
叱責しに行こうとするコリンを、メリーシアは慌てて止める。
メリーシアがあの事件を起こすまで、『最果ての森』は魔女も近寄らない場所だった。瘴気が強く、魔女でさえも長くは耐えられない森だったのだ。
メリーシアが魔力を爆発させたことで地質が変わり、魔力も持つ者ならば出入りできるようになった。
今でも恐れている者が多く、そこに住まうメリーシアは畏怖の対象なのだ。
「だけど、メリーシアはあの森を守っているのに」
「それは贖罪でもあるから……。アベラードやコリンがわかってくれているから、それでいいんですよ」
コリンの痛ましげな視線を避けるように、メリーシアは本棚へと向き直る。せめてもとコリンが資料室のドアを閉めてくれた。
「戦中の資料はこちらです。好きなだけ見ていっていいですからね」
資料室の中は、人払いしてくれている。コリンが気を利かせてくれたのだろう。
本当に、これだけわかってくれる人がいるならばいいのだ。アベラードも、部下とはいえコリンに心を許している。
自分がいなくなっても、さして問題はない。
そのための準備を始めなくては。




