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総集編 エーテル・カンタービレその16

 突如現れたチカコに誘拐されたアルトリア。


 彼女が次に気がついたとき、そこは小さな個室だった。


 目の前にはチカコと眼帯の少女ダリアがいる。


「ダリアの瞬間移動の能力であなたを誘拐した。ここは煙炉塔地下のとある部屋。脱出しようとは思わないでね、でも戦う気もないよ」


「戦う気がない……? ど、どういうこと?」


「あくまでも時間稼ぎだよ。トゥリスは戦ったみたいだけど、私は違う。痛い思いはしたくないしね」


 そう言うと、チカコは小さな箱を取り出した。


「お茶でもしてゆっくりしよう、あなたも痛い思いはしたくないでしょ?」


─────お前も痛い思いはしたくねぇだろ?


「ひぃっ……!!」


 チカコの放った言葉に、ある種のトラウマを持つアルトリアは恐怖を感じて頭を腕で覆う。


「大丈夫だって、本当に何もしないよ?」


─────大丈夫さ、本当に何もしないからよ。


 頭の中で悲鳴が響く。血飛沫が雪原に散る景色が映し出される。


「い、いや……いや……ッ!」


「ちょっと、どうしたの……?」


「分かる、この子……何かに怯えてる、私もたまになる、から」


 遠くでダリヤがぽつりと呟いた。


「怯えてる? 何に、私に?」


「分かっていれば、苦労しない」


 アルトリアの頭は過去のトラウマでいっぱいだった。


 極寒の川に流され、一命を取り留めたものの彼女は一人で雪原を生きた。


 その頃のトラウマが数珠繋ぎに蘇る。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 そして、また再び頭の中にノイズが発生する。


─────私を思い出せ、お前が殺した。


 今度はハッキリと聞こえた。紛れもなく聞こえた。


 そしてその声は。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 紛れもなく。


「ちょ、ちょっと一回深呼吸して!」


 アルトリア本人の声だった。



・・・・・



─────また逃げるのか?


「あなたは……だれ……」


─────白々しい。私はお前で、お前は私だ。


「私は……アルトリアだよ、あなたなんて知らない……」


 ようやく少し精神が安定したのか、ペンデュラムを杖にして立ち上がる。


 チカコやダリヤを他所にアルトリアは頭の中の声と会話する。


─────初めまして? どうも冗談が下手らしい、もう何度も語りかけたじゃないか。会話は初めてだがな。


「まだ数回……だけだよ」


─────ああそうか、お前まさか自分で自分の記憶を強制的に消去しているな? ルドリエで起きた出来事、それからのことも。


「ちゃんと覚えてるよ、私は……二年間一人で森の中に基地を作ってそこで生活してた」


─────どうして一人だった? どうして村へ戻らなかった?


「そんなの、誰も居なかったに決まって……」


─────どうして誰もいなかった?


「それは……」


 答えられなくなり、アルトリアは顔を下げる。


─────質問を変えよう、あれほどまでに[病弱だったお前が、どうやって一人で生き延びた]?


 思い出したくもない悲劇だった。[貪り喰らう主狼]により、アルトリアとフレデリカを含めた四人の魔物討伐隊は壊滅させられた。


 仲間が次々に無惨にも殺されていく中、フレデリカとアルトリアだけが生き残った。


 二人は生き残ったが、川に落ちて意識を失う。


 そのときにアルトリアとフレデリカは散り散りになってしまった。


 フレデリカは森の狩人に救われ、一命を取り留めたがすぐに追い出されて路頭に迷う。


 偶然来村した国王のサユリに拾われて、フレデリカは王都での生活を送ることになった。


 一方のアルトリアは森の中で基地を作り、そこで二年間過ごすことになるのだが[川に落ちてから基地を作る間の記憶]が、ゴッソリと抜け落ちていた。


─────お前は私がいないと死んでいた。凍傷、病原菌、挙げようと思えばいくらでも挙げられる。


「助けてくれたの?」


─────たわけ。私はお前にかかる精神的負荷を代わりに受けるため、お前自身が作り出した存在だ。


 要約すると、過去に強い精神的負荷を受けたアルトリアがその受け皿としてもう一人の自分を自ら生んだらしい。


 もっと簡単に言えば、[ストレス代行]だ。


 ストレスを受けることだけを存在意義としたもう一人のアルトリアだ。


─────肉体のお前が死ねば、私も死ぬ。私とて死にたくはない、ただそれだけの事だ。


「結局助けてくれたんだ……そっか」


─────病は気からとよく言うだろう。だから私がお前の中にある悪感情を全て吸収し、生きる活力を与えた。だから……。


「ありがとう」


─────!?


「私が助けてくれなかったら、私は死んでたんだよね? だからありがとう。生きてるおかげで、フレデリカやみんなに会えたから」

 

─────……。


「だからさ、話してよ。私の過去を」


─────話を聞いていなかったのか!? その過去があまりにも壮絶で、お前の精神が崩壊するかもしれないから私が受け皿になったと言ったはずだ!


「だから。だよ」


─────何……?


「今まで二年間、私は一人で精神を崩壊させるほどの辛い記憶を抱えてきた。その受け皿になってきたんだよね」


 アルトリアは自分の胸をぎゅっと抱くと、優しい声で言う。


「一人で抱えたらだめってこと、みんなに教えられたんだ。だから私も私を助けるために話を聞くよ」


─────抱え込ませたのはお前のくせに……。


「自分が生み出した私だから、救えるのは私しかいない。そうでしょ?」


─────……こんなはずじゃなかった。


「え?」


─────私は……お前を追い詰めようとして、潜在意識から出てきたはずなのに……どうして……。


 その声は微かに震えていた。


「私……いや、[クロトリア]。聞かせてよ、私の話を。そしてあなたの話を」


─────クロトリア……。


「アルトリアの黒い部分だからクロトリア……気に入らなかった?」


─────黒い部分など言われたら誰でも嫌に決まっている……が、悪い気はしない。


「ツンデレめ」


 自ら生み出した潜在意識内のもう一人の自分クロトリアと和解したアルトリアは、彼女の口から語られる壮絶な過去に挑む。



・・・・・


 アルトリアがまだ幼かった頃、彼女はとある魔物討伐隊に所属していた。


 その討伐隊にはフレデリカも所属しており、他にも今は亡き友人たちが二人所属していた。


 一組四人のこの討伐隊はある日[貪り喰らう主狼]という二つ名がついた凶悪な狼に襲われた。


 友人二名が無惨にも殺され、フレデリカとアルトリアも必死に逃げるがとうとう追い詰められてしまったとき、二人は足を滑らし、極寒の雪山の川で溺れてしまう。


 なんとかもがき、アルトリアは一命を取り留める。


 冷水で凍えた身体に鞭を打って、彼女はまだ仲間が生きているかもしれないという希望を持って、数日かけて村へと戻った。


「パトリシア……フランシスカ……フレデリカ……どうして私が生き残ったんだろう……私なんて、何の役にも立てなかった落ちこぼれなのに……」


 涙を流す元気もないアルトリアをよそに、村の中は何やら騒がしい様子だ。


「人外種どもッ! どうして貴様らのせいで俺たちが被害を受けないといけないんだ! ただでさえこの村に[住まわせてやっている]ってのに!」


 アルトリアたちの隊を襲ったあと、[貪り喰らう主狼]は村を襲った。


 見れば村の家々はボロボロで、かなりの惨劇が起きたことがわかる。


 村人たちは「狼が来たのは、魔物に近しい獣人族などの人外種のせいだ」と決めつけ、なんとエルフ、コボルトを含めた全ての人外種を虐殺するという運動が起きていた。


 すぐに隠れようとしたが、アルトリアは運悪く村人に見つかってしまった。


「呪うんなら俺たちじゃなく運命を呪うんだな!」


「運命を……」


 手のひらに視線を落とすアルトリアは、ヒビの入った剣を柄から抜いた。


 アルトリアは立ち上がり、剣を前に構える。


「私は……アルトリア・アドベルド、貧しい雪の村に生まれ凄惨な暮らしを営んできた」


─────こいつらが憎いか。


 どこからともなく聞こえてくる自分と同じような声と、彼女は無意識に会話する。


 うん、凄く憎い。


─────お前は今怒っているか。


 うん、凄く怒ってるよ。


「これが運命だと言うのなら。あなたがこの運命を呪えと言うのなら!」


─────なら殺せばいい。


 そっか、殺せばいいんだ。


「私は今、この残酷な運命を断ち切って見せるッ!」


 その目は覚悟に満ちていた。


 朽ち果てる寸前の軋む身体を動かして、何とか剣を構えているアルトリア。


 その堂々たる立ち振る舞いを見て、村人は数歩後ずさる。


「この運命を断つため、あなたたちを殺す!」


 アルトリアの中に溜め込んでいた悪感情が一気に解放され、精神身体共に飲み込んでいく。


 アルトリアは気を失い、代わりに[クロトリア]が身体の主導権を握る。


 瞬間、今まで身体に抱えていた痛みが吹き飛び、身体が思うように動かせるようになる。


「強い感情を持って殺してやろう、光栄に思え」


「な、なんだコイツ……急に口調が──────」


 クロトリアが雪原を足先で弾いた刹那、男は腹を斬られて倒れる。


「何が起こった……早くすぎて全く見えなかったぞ!」


「怒り、悲しみは強さの原動力というだろう? そう、敵討ちという言葉があるようにな」


 刃こぼれし、錆び付いた剣ではあったがクロトリアの巧みな剣さばきにより襲ってきた集団はあっという間に掃討された。


「ひ、ひいいいい!!」


「……仕方ない、最後くらいは預けよう」


 するとクロトリアは脳への意識伝達を遮断し、体の主導権をアルトリアに手渡した。


「……気を失ってたの……? ッ!?」


 頭を押さえるアルトリアが目にしたのは、無惨にも斬り殺された村人たちだった。


「ど、どうして死んで……え?」


 自分の服に大量の返り血が付着していることに気がついたアルトリアは、考えることを放棄した。


「嫌ああああああッ!! ごめんなさい、殺してごめんなさい、ごめんなさい」


─────何故謝る? お前が望んだことだ。


「違う! 私は……え、うそ……私は、私は……!」


─────さあ、最後の一人をお前の手で殺せ。これでおしまいだ。


 そこには片脚が斬られてもげた男性が、這いながらも逃げようとしていた。


─────なに、魔物と変わらない。足を失った魔物もこうして逃げるだろう。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい!」


─────魔物は生きるために襲ってくるが、人間は違う。明確な殺意があるからよっぽど厄介な生き物だ。


 アルトリアは目を閉じたまま、剣を振り下ろした。


 皮肉なことに人を斬った感覚は、魔物を斬る感覚とさほど変わらなかった。


 アルトリアの脳内はパニックを起こし、遂には泡を吹いて倒れてしまった。


─────本体が死ねば私も死ぬ、仕方ない。


 クロトリアが体を動かして、身体を立ち上がらせる。


─────今は身体を休ませることが最優先か。洞窟を見つけ次第火を炊いて、回復するまでとりあえずはそこで放置しよう。


 この一件により雪の村ルドリエの村人は全滅し、生き残ったのは虐殺の犯人であるアルトリアのみになってしまった。


 精神崩壊を防ぐため、アルトリアは無意識に記憶を格納。後に思い出せぬよう記憶の消去を行った。


 雪の貧しい村ルドリエの惨劇は、以上の結末を迎えて終幕する。


・・・・・



「そんなことがあったんだね」


 一度は消去した過去の惨劇を思い出したアルトリアは、もう既にトラウマを克服していた。


 気弱で病弱の情けないアルトリアはもう居ない。


 仲間と、新しい家族と出会い生きることへの渇望を内に秘めた強い少女へと成長している。


─────驚かないのか。


「驚くことにはもう慣れてるからね、それに感傷に浸っている暇はないみたいだし」


 振り返ると、そこにはこの部屋へアルトリアを転送した張本人のダリヤと技術者のチカコが居る。


─────力を貸そうか?


「ううん、もう大丈夫だよ。誰よりも弱かった私を、クロトリアが鍛えてくれたから」


 嫌な感情で生成された精神だったとしても、アルトリアであることには変わらない。


 彼女の優しさは遺伝子や本能的にクロトリアにも引き継がれていたのだろう。


「あの頃の私のままじゃ、次何かに襲われたとき為す術なくやられてしまう。だから心も身体もあなたは鍛えてくれたんだ」


 そのアルトリアの声に、クロトリアが答えることは無かった。


 ただクロトリアは静かにアルトリアに言う。


──────ストレスを適度に制御しろ、ストレスは武器になる。


「ダリヤ、今すぐ逃げた方がいいよ! なんか嫌な予感がする!」


 チカコは彼女に抱きつくと、ダリヤの能力でこの部屋から脱出することを指示した。


「わかった」


 右手と左手を打ち合わせると、二人は瞬時に姿を消す。


「消えた……これからどうしよう?」


──────お前の中にある悪感情が解消された今、私が話せる時間もそう長くは残されていない。


「そんな! クロトリア……せっかく仲良くなれたのに」


──────悲しむのは後だ、まずはこの部屋から脱出することを考えろ。それから急いで地下へ迎い、フレデリカたちと合流しろ。


 アルトリアが転送されたのは出口の無いただの空間だった。


 ダリヤの能力があったからこそ入ることは出来たが、ダリヤが居ない今、ここから出られる方法は一つ。


 壁を破壊することのみ。


──────フレデリカと合流したら、あとは事の流れに身を任せろ。またいつか話せることを楽しみにしている。


 そう言うとクロトリアは話すことを止め、アルトリアの問いかけに答えないようになってしまった。


「クロトリアが託してくれたこの力、無駄にはしないよ。お待たせペンデュラム、今度こそ力を貸して!」


 紅く光る直剣を抜き放つと、助走を付けてアルトリアは壁に斬りかかる。


「もう誰にも頼らない! フランシスカとパトリシアが繋いでくれたこの命、必ず誰かの役にたたせてみせるよ!」


 愛剣ペンデュラムの力を使い、彼女一人が通れるくらいの穴を開けたアルトリアは、警戒しつつ今いた個室から脱出するのであった。



アルトリアの過去については今後の物語に深く関わってくるため、どうしても省くことができませんでした・・・!

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