第9話 殺された徴税官1
初めての方は第1話からどうぞ。
婚約破棄の断罪劇を王女が一言で叩き潰します。
「デイブリー・フォックスが、何者かに殺されました」
ダニエルの報告に、ジュイエは立ち上がって中庭側のテラスに出た。朝露がよく手入れされた芝生に輝いて眩しい。草の湿った匂いを吸い込んで、ジュイエはつぶやいた。
「カンタス」
「ここに」
庭に出てきたカンタスは朝でも昨夜と同じ黒装束だ。
「鴉をひとり連れて、アビゲイル・マリーニ嬢を保護して」
「は」
カンタスが行くのを確認して、ジュイエはテーブルに戻った。
メイドが出してくれたお茶を啜って、深く息を吐いた。
「やられた」
ジュイエが一言呟くと、ダニエルとアロンツォがそれぞれに顔を引き締める。
「方法は?」
「毒殺だそうです。それ以外は今のところ」
「警察の牢に入ってたんでしょう? そんなことが可能なの」
「もしくは、警察組織を操作できる相手が下手人か、ですね」
アロンツォが口を挟んだ。それはジュイエも考えたが、まさかと思って打ち消していたのに。
たしかに、最初からおかしいのだ。ここは王都。街ごとの自治が進んでいるとはいえ、王のお膝元で市民へ理不尽な態度を取るなど、ありえない。
考えたくはなかったけれど、これはもしかして、思っていたより大きな事件なのかも。
「どこから攻める? 徴税課? 財政局?」
「まずはデイブリーの直属の上司、徴税課の部長からでしょうね」
アロンツォが一枚のカードをジュイエの前に差し出した。名刺のようだった。
「ヴィクトル・グラッシ……?」
「彼が徴税課の部長です」
「よし、じゃあ早速」
ほとんど食べ終えた朝食の席から立ち上がって部屋を出ていこうとするジュイエの前に、ダニエルが立ちはだかった。アロンツォもまた、後ろで咎めるように「王女さま」と呼ぶ。
ダニエルがジュイエの行く先を阻止したのを見たメイドも、何気なくドアを閉めた。部屋の中が静まり返る。
「……なに?」
ジュイエの分かり切った質問に、ダニエルは律儀に首を振った。
「姫さま。これ以上はだめです」
「なんで?!」
「危険過ぎます」
ダニエルが整ったどこか儚げな顔の真ん中で眉を寄せる。口数の多くない騎士は昔から表情でよく語る。ジュイエを叱るときにする顔だ。
アロンツォがやってきて、なだめるようにジュイエの肩に手を置いた。
「まずは現状を整理してからにしませんか。王女さまが直接行かなくてもできることからやりましょ」
「でも、急がなきゃ」
「デイブリーはすでに殺された。アビーは今鴉が動いてる。あなたが打てる手は打ったはずです。相手は第三王女がここまで関与しているとは思っていない。ここまで来ることはできないはずです。時間はあります」
そのまま背を押され、長椅子に座らされた。ジュイエは大人しくそれに従う。
「……そうね。もう少し考えましょう」
「話を聞くのなら呼び出してしまえばいいのでは」
「いい考えだ。それも検討しよう」
ダニエルは長椅子に座るジュイエの傍らに立ち、アロンツォは窓の前で手帳を取り出した。アロンツォがひとつずつ整理していく。
「まずは、二重徴税されているのは全部で五家族。帳簿と納税記録のズレが二重徴税に繋がっているなら、納税記録に合わせて帳簿を訂正させましょう」
「その依頼先が徴税課の部長、ヴィクトル・グラッシね」
ジュイエの相槌にアロンツォが頷いた。
「気になる点は四点。なぜ二重徴税が起きたのか。なぜ五家族だけそのような事象が起きたのか。徴税した金の行方。それに、この件が誰の指示だったのか」
ジュイエとダニエルが続きを促すと、アロンツォは部屋の中をうろうろと歩き出した。
「まずは二重徴税が起きた要因。デイブリーが地区をまたいで、この五家族だけを担当しているところからおそらく意図的でしょう。でなければ地区担当が今も徴税を担当しているはず。次に徴税した金の行方。これはデイブリーの金回りと徴税課の隠し資金を調べれば大体洗えるでしょう。わからないのは、五家族の選定理由と、指示系統」
そこでアロンツォもジュイエも黙り込んだ。ここで考えてもその問題については答えの出しようがない。
「ダニエルの言う通り、部長を呼び出して問い詰めましょうか。ただし、この調査は非公式です。第三王女の宮に呼ぶわけにはいかない」
「公式の調査にはできない?」
「王女がたかが下町の徴税のために時間を割くとでも?」
「割いてるのに」
アロンツォに同調してダニエルが呆れたように言った。
「普通は割かないんです」
アロンツォは部屋を一周すると、長椅子まで戻ってきて背もたれに肘をかけた。
「それに、いきなり王女が徴税課の部長を呼び出すなんて、段階スッとばしすぎなので。そこで、なんですが。使えるものは親でも使え。うちの元上司を出しましょう」
「元上司……って」
「元老院内務次官グレゴリオ・モンテッキです」




