第10話 殺された徴税官2
初めての方は第1話からどうぞ。
婚約破棄の断罪劇を王女が一言で叩き潰します。
元老院宮殿の中庭で、アロンツォは待ち伏せをしていた。ヘビースモーカーである元上司は日に何度も葉巻を吸いに外に出るのがリフレッシュ法になっているが、それを咎める者はいなかった。
なぜなら、彼がそれほどに仕事を抱えてストレスフルな毎日を送っているからだ。
上からの無茶苦茶な指令に下からは現場の悲鳴。どうにか職場の現実を説明しようと上に報告をしても、上にも上で無茶を通さなければならない事情がある。現場に戻してどうにかできる妥協案を探る日々。中間管理職はつらいのである。
今日もきっと卓子の上は書類で雪崩が起きる寸前のはず。
――来た。相変わらず、目の下の隈がひどい。歳を重ねて、土気色をした頬のコケと額髪の後退が著しい。
「今日もお煙草ですか」
「いや、やめたんだ。あまりに体重が減っていくから、甘いものにしなさいと女房に叱られて――」
今でも毎日会話しているかのようにアロンツォに返事をした、中年のくたびれた男――グレゴリオ・モンテッキが目を剥いた。
「アロンツォ!! だだだ第三王女殿下?!?」
グレゴリオは喉から心臓が飛び出るかと思った。
見慣れた姿の元部下と並んで、先日の成人の儀で豆粒のようなお姿を遠くから見守った人物がそこにいる。グレゴリオは二、三歩たたらを踏み、思いきり頭を下げた。
「だだ、第三王女殿下に拝謁いたします!!」
「し、しーーですって、モンテッキ次官」
慌てたアロンツォに口を塞がれ、木陰に連れ込まれたグレゴリオは目をぱちぱちと瞬かせた。
王宮で見た王家の肖像画のひとりが、目の前にいる。第三王女は四人のきょうだいの中でも特に美しいと評判であった。
「なぜ殿下がここに?!」
つい大きくなってしまう声をアロンツォが必死で人差し指を立てて注意する。そんなことを言われても。
「それに、なぜおまえが殿下と一緒にいる?」
「わけあって、今は王女殿下の元で仕事を。今日はモンテッキ次官に折り入ってご相談が」
相談? グレゴリオの背中をぞわりと悪寒が走った。グレゴリオは百戦錬磨の中間管理職である。しんどい仕事に対するレーダーは人一倍なのだ。
「……いや、そんな、はは。アロンツォ、俺がうだつの上がらないただの下っ端だということは知ってるだろう? 次官なんて名ばかりの、しがない雇われなんだよ。おおお王女さまの仕事だなんて、そんな大それたこと」
「ははは、いやだなぁ次官。あなた以上に仕事ができる人を俺は知りません」
グレゴリオとアロンツォはから笑いを繰り返す。その真下から、宝石のような青い目がグレゴリオを見つめた。
「お願いします、モンテッキ次官。ぜひ、私に力を貸していただけませんか?」
「はい喜んで!」
グレゴリオはしがない公務員なのであった。
*
「……なるほどねぇ」
元老院宮殿はグレゴリオの執務室である。卓子どころか、床にも書類が積み重なり、あちらもこちらも雪崩れている。
椅子にも書類が載っていたので、グレゴリオは一切の躊躇なく椅子の上の書類を床に落としてジュイエを座らせた。
「名前だけ貸してもらえればいいんです。あと場所も。尋問はこちらでやりますので」
「しかしなぁ、王都庁の長官すっ飛ばしてうちから局長を呼び出すってのも、まあなかなか。殿下から呼び出すよりはマシではあるが……」
「もう、やっぱり私の気まぐれってことにして呼び出しちゃえばいいじゃない」
「姫さま。それはいけません」
「わざわざ敵作んないでくださいよ」
書類が散乱する狭い個室に大人四人が詰め込まれると、なかなかに窮屈だった。座っているジュイエを除けば、男三人がほとんど頭を突き合わさるような形でアロンツォのまとめた資料を覗き込んでいる。
「ふーむ。王都庁の上層部も信用ならないって、こりゃあ腐りまくってやがるなぁ」
「王都庁は元老院の監督下にある組織ですよ。次官にも責任ありますよね」
「いや、人が死んでるって、相当じゃん。いやさすがに俺もそこまでは知らないって」
「じゃあやるしかないですって。下から攻めなきゃ逃げられますよ。王宮に入れるわけにいかなけりゃ警察でもダメなんで、ここしかないです」
グレゴリオは若干薄くなった頭をガシガシとかいた。
「はあああ。わかった。仕方ない。明日の朝イチだ」
「ありがとうございます!」
アロンツォがグレゴリオに頭を下げた後ろ――窓をコツコツと叩く音があった。全員が振り向いたそこには、窓枠に張り付くカンタスがいた。
アロンツォが急ぎ窓を開ける。
「大変です、姫さま。アビゲイルさまが、攫われました」




