第7話 王女さまと朝食を1
初めての方は第1話からどうぞ。
婚約破棄の断罪劇を王女が一言で叩き潰します。
クイリナーレ宮殿の第三王女の私室である。
二ヶ月後に行われる第一王子の式典用のドレスを作るため、ジュイエは衝立の向こうで台の上に乗って両手を広げていた。
仕立て屋のマダム・モレッティがものさしで首の長さから膝下の長さまであらゆるところを測り、マダムの助手がメモを取っている。
「やっぱりおかしい。祭日まで仕事するほど美味しい何かがある。でも実情は税の二重取り。一見すれば祭日に働くほど美味しいものなんてない。てことは、きっと別のとこから何かが出てるのよ。しかも、財政局が黙認してる……」
採寸中にする会話にしては物騒なジュイエの呟きにダニエルは頷くが、衝立の向こうのジュイエには当然見えていない。
「財政局、もしくは、考えたくないけど、王都庁の上の指示で動いてる? なんのために? 税の二重取りが隠れ蓑になってるとして、本当の目的は……?」
「王女さま、腕は下ろさないでくださいまし」
「それに、特定の家だけ狙われてる。偶然じゃないとしたら、そこに目的がある……聞いてる、ダニエル?」
ひょこりと顔を出したジュイエにダニエルは小さくため息をついた。
「聞いております。事件に頭を悩ますのもいいですが、時間が限られているんですから、おとなしく済ませてください」
「さ、王女さま、お戻りになって」
マダムに引き戻され、ジュイエは奥に引っ込んだ。
それからもジュイエはひとりぶつぶつと何事か呟き続けていたが、しばらくして採寸が終わり、衝立から出てきた。
と思えば、お次は絨毯の上に色も柄も質感も様々な布地がずらりと並べられ、かわるがわるジュイエの胸元に当てられる。
「やはり、王女さまの美しい金の髪にはこのグリーンとブルーの中間のようなカラーがよくお似合いです。ピンクやオレンジもお似合いですが、こちらだとぐんと大人のレディですわ。成人されたばかりですもの、イメージチェンジも兼ねてこちらでいきましょう。そうそう、くれぐれも日焼けしないようにご注意くださいね」
「……できるかしら」
「ベルティーニ卿、くれぐれも」
「……は」
マダムの念押しにダニエルは軽く頭を下げた。この宮ではダニエルがジュイエの騎士兼世話係であることはいつの間にか周知の事実となっている。
仕立て屋が撤収すると、お茶を口にする間も無くメイドが部屋の扉をノックした。
「姫さま、午後の謁見の時間です」
またしても衝立の向こうに追いやられ、今度は謁見用のドレスに着替えさせられる。成人した王族にとって、謁見は大事な公務のひとつである。
着替えを済ませ、髪を結いあげられたジュイエが広い王宮内を歩いて応接間に移動していると、長い回廊の途中に立っている秘書官が黙礼をしてジュイエの隣に並んで歩き始める。
「さてと。はじめての謁見のお相手は?」
「教皇庁からジョヴァーネ枢機卿がお越しです。先日の儀式のねぎらいと、おそらく枢機卿の甥御との縁談の話かと」
「甥御ねぇ。第三王女ならちょうどいいってか。面倒だなぁ」
ジュイエが軽く伸びをしてあくびをすると、秘書官は困ったように言った。
「相手が相手です。バッサリ切らないように、婉曲にお願いしますね」
「いやだわ、そんなことするわけないじゃない」
応接間に入ると、すでにテーブルに緋色のカソックを身に着けた白髪の男性が座っている。ジョヴァーネ枢機卿である。
枢機卿は立ち上がると、ジュイエが上座に辿りつくまで直立で待っていた。
「ごきげんよう、ジョヴァーネ枢機卿」
「第三王女殿下に拝謁いたします」
「どうぞおかけになって」
着席を促し、自身も席につく。ジュイエのすぐ後ろにダニエルがついたのを見て、枢機卿も再度腰を下ろした。
ジョヴァーネ枢機卿は枢機卿団のメンバーの中でも、王族の儀式に関わることのできる重鎮だ。年齢もまだ六十を超えたところ。しばらくは活躍するだろう。
秘書官が「丁重にもてなせ」と言った理由も頷ける。
「王女さまの成人の儀、実に華々しい式となりました。神々しく、凛々しく、あの景色を見た人々には一生忘れられない記憶となるでしょう」
「すべて取り仕切ってくださった教皇庁のみなさまのご尽力の賜物です。感謝申し上げます」
「美しく聡明な姫君に仕えることができて、僥倖ですな。ベルティーニ卿」
「は。身に余る光栄と存じております」
ダニエルが静かに頭を垂れる。ジュイエはその様子を横目で見てから、枢機卿に視線を戻した。
枢機卿も、ダニエルとジュイエを順にゆっくりと眺めてから、会話を続ける。
「成人したからには、王女さまも公務に追われてお忙しくなることでしょうな」
「ええ。国のために尽力するつもりです。もちろん、教会への寄付や訪問などもこれまで以上に」
「素晴らしいお心がけです。第一王女、第二王女さま方は、あまり国政に関わることがないようですから、王もさぞ第三王女さまへ期待されているのでしょう」
「兄がおります。私など、父の目の端にも映っておりません」
「いえいえ、第三王女さまが優秀であられることは皆が知るところです」
好々爺然とした態度を崩さないが、この会話がジュイエの価値を推し量っているものであることにジュイエはうんざりした。
宗教家なら清く正しく神に仕えていればいいものを、つくづく政治がお好きらしい。
「王女さまがいよいよお忙しくなられる前に、何ごとも相談し分かち合える良きパートナーをお探しになってはいかがですか。ちょうど、私の甥が十八になりまして」
「まあ。そうでしたか」
「ぜひ一度、お会いになってみませんか。ベルティーニ卿に勝るとも劣らない美丈夫ですぞ」
「いいですね」
「それでは、今度連れてまいりましょう」




