第5話 何でも屋は帳簿を見る1
初めての方は第1話からどうぞ。
婚約破棄の断罪劇を王女が一言で叩き潰します。
部屋を出て、ジュイエは路地を元来た方向へと向かっていく。アビゲイルは有無を言わせない雰囲気のジュイエについてきてはいるものの、その顔にはありありと猜疑心が浮かんでいた。
「聞きたいことがあるならどうぞ」
ジュイエが無表情に言ったので、アビゲイルは戸惑いを隠せなかった。
「えっ?」
「そんなジロジロ見られたら気になるの」
「あっごめんなさい。その……まさか、本当に助けに来てくれるなんて思ってもみなくて。嘆願書を出したのは先週のことなのに、もうお耳に入ったのですか?」
「鉄は熱いうちに打て。事件は起きたときに暴け、よ」
ジュイエの答えになってるんだかなってないんだかわからない返答に、アビゲイルは首を傾げた。
「それに、まさか第三王女さまが動いてくださるなんて思いもよらなくて。見てくださるなら王都庁の方かと」
「嘆願書をまともに見てるのは王宮で第三王女だけよ。街の問題は本来、王都庁の管轄だけれど、あえて王宮に嘆願書を出しに来たならよほどの理由があるんでしょ」
「……王宮に出せば、王都庁も無視できないと考えました」
アビゲイルの言葉にジュイエは足を止めた。
「……王都庁が、市民の嘆願を無視?」
アビゲイルは左右を確認して、こくりと頷いた。石畳の階段を下る手前だった。
アビゲイルは両手を組み合わせ、祈るようにジュイエに懇願した。
「……お願いです。どうか、助けてください」
*
ジュイエがアビゲイルを案内したのは、商店が建ち並ぶ一画にある古びた建物の一階だった。
外看板には「迷い犬の捜索から浮気調査まで、なんでもやります」と書いてある。一見怪しげな外観にアビゲイルが尻込みしたのも束の間、ジュイエは迷わずに戸を開けた。
「アロンツォ、仕事よ」
ドアについたベルが室内に響く。ジュイエの後ろからアビゲイルは中を覗き込んだ。
カウンターテーブルの奥に若い男が一人と、その前に中年の男が一人。
若い男がジュイエを見て、なんとも言えない表情をした。
「……悪いんだけど、ちょっと用事ができちまって。この依頼は少し待ってもらえない?」
若い男――この男がアロンツォだった――が中年の男にそう言うと、中年の男はテーブルの上に置いていた貨幣が入っているらしい麻袋を引き上げて大人しく帰っていった。
ドアが閉まるのを見送って、アロンツォはカウンターに肘をついた。ブラウンヘアに緑の瞳の、落ち着きとは軽薄さが混じった顔で、ジュイエに向かって静かに問う。
「……お付きは?」
「ダニエルならちょっとお使いに。《鴉》はついてる」
ジュイエはカウンターのスツールに座り、隣にアビゲイルを誘った。アビゲイルは訳もわからず、隣に腰を下ろした。
「それで、仕事って?」
ジュイエはアロンツォの前に、先ほどデイブリーから取り上げた帳簿を出した。
「これは?」
「財政局徴税課の六区の徴税記録」
「徴税記録? 本物か?」
「おそらくね。徴税していた男が持っていた身分証は本物だったと思う。依頼しておいた件は?」
「その前に……こちらのお嬢さんは」
ジュイエの質問を遮って、アロンツォはアビゲイルに視線を向けた。アビゲイルが背筋を正したのを見て、アロンツォはにこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。
「嘆願書の本人よ。彼女の家に徴税員が押し入ってるところに居合わせたの」
「まぁた首突っ込んでぇ……」
「不可抗力だってば」
アビゲイルがジュイエとアロンツォを見比べていると、アロンツォが自己紹介をした。
「俺はアロンツォ・ヴェスパーニ。ここの店主」
「あ、アビゲイル・マリーニです」
「アビーね」
アビーは頷いてその呼び方を許可し、ジュイエを見た。
「あの、あなたは……」
アビーの質問にジュイエが答える前に、店の扉についたベルが鳴った。




