第28話 正義のありか
夫人が二階に上がっていくのを見送って、ジュイエはグレゴリオに言った。
「さて。この後は警察庁長官セルジオ・カヴァッリにも尋問を」
「明日の朝一で対応しますよ。はあ、戻って貴族院に令状を依頼せねば。今日は徹夜ですよ、まったく」
グレゴリオはげんなりした表情になった。ジュイエはそのまま、改めて子爵の方を向いた。
「それと、子爵には訊きたかったことがたくさんあるのだけど……それは後日にするわ。ヴィオレッタ、ごめんなさい。あなたの願いは叶えてあげられないわ」
「……」
「もし何か父親に言いたいことがあればどうぞ」
ジュイエに促され、ヴィオレッタは――ずっと見つめていた父親に向かって口を開こうとした。けれど、ヴィオレッタは何も言わなかった。
代わりに、子爵が口を開いた。
「……ヴィオレッタ。これは、おまえが仕組んだのか? 第三王女と協力して私を破滅させようと? 家族に対して、なんてことを……!」
「家族? これが家族なの? 支配ではなくて?」
「私がおまえたちを飢えさせることなく養ってきてやったんだ! 生意気なことを言うな。これだから女は!」
「お母さまのすべてを奪いつくして私腹を肥やしていたあなたに、そんなことを言う資格なんてない! お母さまもわたくしも、あなたにとっては金と名声を手に入れるためだけのただの道具だったに過ぎない。家族なんかじゃないわ。もう終わりです。もうこの家はすべて、終わったんです」
「何を……!」
暴れるように腕を振った子爵を、近衛兵が押さえつけた。ジュイエはヴィオレッタを下がらせ、二人を守るようにダニエルが前に出る。
「ヴィオレッタの言う通り。エドモンド・ベルナール。あなたの罪は重い。私の国で犯した罪は、きっちり償ってもらおう」
*
こうして、エドモンド・ベルナール子爵は逮捕された。
子爵と警察庁長官セルジオ・カヴァッリの癒着は大々的に報道され、市民からは大きな批判を浴びることとなった。
以前の事件の容疑から合わせ、計8つの容疑が彼にかかっている。現在再調査している件でも証拠が見つかれば、さらに増えることになるだろう。
爵位の剥奪は当然のこと、終身刑かもしくは極刑の可能性まで見えている。
「あなたの告白を聞いて、私、あなたに刺されちゃうかも、って内心ひやひやしていたの」
ジュイエの宮である。ティールームに深まった秋の風が爽やかに吹き抜ける。
あたたかいお茶とサンドイッチを目の前に、ジュイエは本心を告げた。
ヴィオレッタはくすくすと笑った。
「殿下はそういう方だったのですね。あのときはわたくしも、必死だったのです。どうかご容赦ください」
「あ、別にそういうんじゃないんだけど」
メイドが新しく焼きたてのお菓子を持ってくる。ブランチにはぴったりだった。
ヴィオレッタはもう子爵令嬢ではない。罪人の娘、という立場になった。しかも、市井ではかなりの悪人として認知されている男の娘だ。
当然、モンテヴェルデ公爵家はヴィオレッタとの縁談を破談にするかと思われた。
ところが、元子爵が所有する鉱山の所有権をマルタに戻し、さらにその所有権を公爵家に譲渡するのなら、予定通り結婚を進めると言いだした。
そして驚いたことに、ヴィオレッタはそれを喜んだ。
公爵家が領地の敷地内に、マルタのために離宮を用意したのだ。
「たしかに、あなたの母上にとってはいい話だけど……ほんとうにレオナルドと結婚してよかったの?」
「公爵家は天国ですわ。食事は美味しくて、好きな時間に好きな場所で食べられるし、外出したいと言えばメイドを付けさえすれば自由に行けます。読書も観劇も自由にできるし、誰かに怯える必要も、叩かれる恐怖もない。こんな生活があるのかと、驚きました」
「そんな当たり前のこと……」
ジュイエが呆れるのに、ヴィオレッタは清々しい顔をしている。
「それに、不思議なんです。レオナルドさまにはなんの感情もなかったのに。わたくしの置かれていた状況を知っても、彼はわたくしを《罪人の娘》として見なかったのです。罵倒も、覚悟していましたわ。どうしてわたくしなんかと結婚しなきゃならないのか、と怒られるかと思っていたの。そうしたら彼、笑っちゃうくらいに、わたくしの心配をするのですよ」
「弱さの見える女に弱いのよね、あいつ」
「言われましたわ。わたくしのことが怖かったんですって。何を考えているのかわからなかった、と。でもわたくしの置かれていた境遇を知って、やっとわたくしのことを見られるようになったみたいです」
「だっさ。驚くほどダサい。本当にいいところない」
「そんなことおっしゃらないで、殿下。わたくしの親がどうだろうと、わたくしを見てくれるって言ってくださったのです。わたくし、救われましたわ」
ヴィオレッタは微笑んでいる。
「公爵夫妻にも、感謝しています。とても申し訳ないことをしたけれど、どこにも行くあてのないわたくしたちに救いの手を差し伸べてくださった。貴族の鑑ですわ」
「いやまあ、そうねぇ……」
「殿下にも」
そう言うと、ヴィオレッタは立ち上がった。ジュイエの前に移動すると、片膝を床についた。
「殿下。この度は父の罪を謝罪いたします。そして、どこにも正義などないと思っていたわたくしを救ってくださった。この御恩は生涯かけて、殿下にお仕えしてお返ししていくつもりです。どうか、わたくしをあなたの家臣としてお召しください」
「――ヴィオレッタ……」
「どんなに世界が汚れていても、あなただけは正しいのだと信じさせてください」
奥で控えていたダニエルが近付いてきた。ヴィオレッタは頭を下げて、ジュイエの返答を待っている。
ジュイエは、静かに言った。
「私は正義などではない。私が行く先は私が信じた道だよ。あなたの信じるものとは違うかもしれない」
「では……あなたの行く道を、わたくしの真実にしましょう。あなたはわたしのたったひとつの光です」
「それが暗い光だとしても?」
「誰も信じられなくても、私を信じろと。そうおっしゃったのは殿下ではないですか。光のあるところには必ず陰があります。それでも、光には違いありません」
ジュイエは立ち上がり、ダニエルが抜いた剣を受け取った。
「……ヴィオレッタ。私は、あなたの信じる光でいる努力をしなくてはならないね」
「そうなりますね」
ヴィオレッタは顔を上げてにこりと笑った。ジュイエは肩を竦めて剣を持ち上げた。
もう一度頭を下げたヴィオレッタの両肩に、順番に剣の腹を置く。
「ヴィオレッタ・ディ・モンテヴェルデ。あなたの忠誠を生涯この私、ジュイエ・アレッサンドラ・ディ・ヴァレリアに誓うか?」
「誓います」
ヴィオレッタは、胸の前で手を組んでジュイエを見上げた。
ジュイエの微笑みに、ヴィオレッタもまた、微笑み返した。




