第27話 罪は陽の光に照らされる
「ごきげんよう、ベルナール子爵」
ジュイエが朗らかに挨拶をすると、子爵は一瞬呆気に取られた。
「……だ、第三王女殿下。これは一体、どういう? ああ、もしかして、ジョークですか。ここまでやるのは少々趣味がよろしくないかと」
「ご趣味がいいのは子爵の方では。まさか屋敷の地下に牢屋を設けるほどとは」
子爵の取り繕った表情の中に、僅かに苦味が混じる。
油断したのは子爵の方だ。これまで巧妙に尻尾を出さず、捜査の手を躱していたのに。
そういえば、前の事件でも関係者が捕まった途端に焦って失敗していた。
慎重なわりに、重圧に弱いタイプか。
ジュイエは表情を崩さないまま、会話を先ほどの話に戻す。
「そうそう。王宮で見つかった魔法の痕跡がどのようなものだったのか。子爵はご存知ありませんよね」
「え、ええ。もちろん。一体どのような……? 娘が魔法を使うなど、到底信じられません」
「そう。では、お見せしよう」
ジュイエが右手のひらを子爵に向けた。黙ってジュイエを見ている子爵に向けて、ジュイエの手のひらが熱を放出した。
先刻、宮で見せた黒い靄と、靄が光の粒になって消える様子が再現された。
ジュイエの後ろで見ていたグレゴリオがヒュー、と口笛を吹いた。
「これは追跡魔法です。メイドが持ってきたモノに仕掛けられていました。つまり、それを探していた人がかけたもの」
「……それは」
「それは。なんだかもうわかるね。そして、それを王宮に届けさせたのはあなたの娘であるヴィオレッタ嬢。つまり、魔法をかけたのはヴィオレッタ嬢ではない」
「なぜ……なぜ、殿下がそれを」
ジュイエはにこりと口角を上げた。子爵が情報統制をしていたなら、ジュイエだって当然、情報は渡していない。バレていなくてホッとした。
「先日、下町で星のあざを額に持つ少女を探している人物がいた。その人物は、自分の人脈を使って、あろうことか公務員に徴税と偽らせて市民を調べさせていた。ある日、下っ端公務員がヘマをして捕まった。その人物は、自身に捜査網が伸びるのを恐れて、下っ端公務員を殺害――」
「…………」
「さて、ここで問題だ。その下っ端公務員を捕まえたのは、誰だったでしょう」
「……は……? そ、そんなこと、わかるわけが……」
ジュイエは子爵に近付いた。
「焦ったその人物は、それまでに収集してた情報を元に、条件に該当する少女たちを拉致監禁。少女たちは家族によって行方不明届が出されたけれど、警察は動かなかった。それは、なぜでしょう」
「……何を言ってるんです、殿下は」
「子爵は私に言ったね。警察庁長官は、子爵と縁のある方だ、と」
「それは……」
「まだ終わりじゃない。最初の話に戻しましょう。メイドが王宮に持ってきたモノはなんだったのか。それは――」
「殿下!!!」
子爵が声を荒げた。ジュイエの前では必死に抑えていた激情が迸る。ジュイエはくるりと向きを変えた。
「よかった。それが何か、子爵がおわかりのようで。……モンテッキ次官、後ほどお渡ししますわ。それも証拠のひとつになるでしょう」
「それはなんなんです?」
「聖女に関する古文書、ですわ」
そのとき、二階を調べていた兵士たちが数名ホールに降りてきた。
「次官。二階の奥の部屋から魔法の痕跡を発見しました」
「魔法使いは」
「いません」
同時に、今度は厨房の奥から声が届いた。
「次官! 地下へ続く階段を発見しました。捜索します」
この家の隅々まで暴かれていく。子爵がどれほど口を閉ざそうと、もう隠し通せはしない。
子爵を囲っていた近衛兵が、いよいよ子爵を拘束する力を強める。ジュイエは青ざめていく子爵に向き直る。
「さて、ベルナール子爵。あなたは私の民を殺し、拉致し、痛めつけ、警察組織を私兵のように使い信頼を貶めた。私の国を愚弄した。その罪はどう償う?」
「……あの日神殿で、知っていて私に近付いたな」
「わからないところがあったから会いに行ったのよ。あなたは実に巧妙だった。私が知っている以上の情報を私に漏らすことがなかったから」
「……はは! 面白いお姫さまだ」
「あなたはつまらない人。ヴィオレッタや夫人にしたことも、私は知っている。全てを白日の下に晒す。牢の鍵はどこ?」
ジュイエを睨みつけたまま答えない子爵の首筋に、ピタリと白刃が突き付けられた。ジュイエの後ろに控えていたダニエルがいつの間にか剣を抜いていた。
ジュイエが鋭く、けれど威厳に満ちた声で、子爵に命令する。
「答えなさい、エドモンド・ベルナール。鍵はどこ?」
ヒタヒタと刃が触れている。子爵は呻くように、書斎の抽斗にあることを告白した。
アロンツォが鍵を取りに行き、夫人とヴィオレッタはようやく牢から解放された。
二人が玄関ホールに上がってくる。ジュイエは二人に近付いた。
夫人は特に、布切れみたいなドレスを纏い、異臭がしていた。体の傷からにじみ出る分泌液で、ドレスはところどころ染みになっている。
ヴィオレッタと兵士に抱えられ、足はもう体を一人で支えることはできていない。
「……第三王女さま」
ヴィオレッタが言った。壁掛けのランプが輝く暖色の明かりの下、ヴィオレッタの腫れあがった頬が痛々しくて、ジュイエは拳を握りしめた。
「もうひとつ、聞きたいことがあるわ」
ジュイエはヴィオレッタに訊ねた。
「十二年前のサルヴィ家の馬車事故を、あなたはなぜ子爵の仕業だと?」
「……それは」
急に聞かれたヴィオレッタは、戸惑った。その隣で、俯いていた夫人が髪の間からジュイエを見た。
「……両親があの日乗った馬車は、夫が用意したものでした。プレゼントだと言って。その当時の厩番はまだ存命です。第一報では後輪が外れて崖から落ちた、と聞きましたが、事故後の報告では飛び出してきた動物に驚いて馬が暴れたことになっていました」
掠れた声で、けれど明瞭に夫人は言った。
「夫と警察長官に再調査を何度も願いました。でも、受け入れてはもらえませんでした」
枯れ切った葉のような夫人の瞳から、一筋、涙が零れた。
「誰も……誰も、ちゃんと両親の死を見てくれなかった……!」
ジュイエは夫人の目を見た。夫人もジュイエを見上げる。夫人の瞳は紫色。とてもきれいな、ヴィオレッタと同じ色。
「モンテッキ次官。サルヴィ家の馬車事故の再調査は貴族院で可能ですね」
「……ええ、まあ」
「それじゃあ、夫人を部屋に連れていってください。医者が間もなく来るはずです。ヴィオレッタも一緒に行って構わない」
ジュイエが兵士に夫人を頼んだ。ヴィオレッタは母親を支えていた手を放すと、ジュイエの隣に立つ。
「いいえ。わたくしはここにいる」
そうして、両脇を捕まえられた子爵を見た。




