第26話 一筋の希望
突然現れたジュイエに、ヴィオレッタは自分で思った以上に狼狽した。
こんなところに、この人がいるはずない。けれど、ジュイエは確かにそこにいた。
ヴィオレッタが格子の中に囚われているのを見て、ジュイエが表情を固くする。
「……殴られたの」
ジュイエが翳したランプに照らされ、ヴィオレッタは初めて頬が熱を持っていることに気がついた。
「ああ……問題ありません。それより、どうして殿下がここに」
「それはあとで。お母さまはご無事?」
「……熱があります。食事はとっていますが、数日間鞭で打たれていて」
「医者を手配するわ。カンタス、一応ここを見ていて。ダニエル、行くわよ」
ジュイエがそのまま背を向けたので、ヴィオレッタは思わず手を伸ばしてジュイエの外套を掴んだ。
「な……何をしているのです?! 行くって、どこに? 父に見つかればただでは済みません! 父は警察庁を掌握しています、何もできません……!」
ジュイエが振り向いた。ヴィオレッタは首を横に振る。殿下に迷惑はかけられない。
ジュイエはヴィオレッタを見つめた。あの日と同じ、青い瞳がランプに照らされている。
ぞくりとした。怒っているように見えて。
「貴族院兵にこの様子を見せるわ。あなたと、あなたのお母さまへの仕打ちを。あなたはここで待っていなさい」
「……そんな。貴族院がどうやって動くと言うのです? いくら殿下が言ったところで、証拠が」
「ヴィオレッタ。私は私の民を見捨てない」
ジュイエの言葉に、ヴィオレッタは咄嗟に言い返せなかった。
「あなたは私の国の人間よ。私はあなたを助ける」
「……どうやって」
「私を誰だと思っているの? 私は第三王女よ。誰も信じられなくなっても、私のことだけは信じなさい」
ジュイエはそう言って、今度こそ階段に消えていった。
*
ベルナール邸の玄関ホールでは、近衛兵が子爵へ尋問を始めていた。
魔法の痕跡が見つかった。出所はこの子爵邸である、と。
ジュイエはダニエルと共に、厨房の勝手口から庭に出て、邸の正面に回った。
近衛が中を検分させろと迫るのを、子爵はのらりくらりと躱している。
見られてはまずいものがあることは、誰の目にも明白だった。
ジュイエとダニエルが門前で待っていると、ほどなくして貴族院兵を引き連れたグレゴリオとアロンツォが到着した。
「またあなたですか、殿下……」
グレゴリオが馬から降りて、一応礼の形を取る。
「ごきげんよう、モンテッキ次官。アロンツォからの報せということは、私がいることも当然おわかりでしたでしょう」
「私たちはあなたの便利な小間使いじゃないんですがねぇ……」
「それより殿下。状況は」
アロンツォに訊ねられ、ダニエルが説明する。
「地下牢に夫人と令嬢が囚われているのは確認できました。魔法使いの存在は未確認です」
ダニエルの説明に、グレゴリオが頭をかいた。
「……ええ? 魔法の痕跡だけじゃないんですか? だからこんなに兵士用意しろって命令されたわけ……?」
「その通りです。貴族に対する暴行は、家族間の問題であっても、貴族院なら捜査可能ですね? 夫人はすでに亡きサルヴィ伯爵のご令嬢です」
ジュイエの補足に、グレゴリオは面倒そうに頷く。
「ああ……この前調べてたアレ」
「さあ次官、行きますよ」
「…………」
ジュイエとアロンツォに促され、グレゴリオは仕方なく兵に合図をした。門から入ると、開け放たれた扉の前で揉めていた近衛兵と子爵の姿があった。
アロンツォが一歩前に出る。
「ベルナール子爵ですね。この方はグレゴリオ・モンテッキ元老院内務次官です。魔法の痕跡を発見した王宮からの要請を受け、これより貴族院の調査を行います」
「貴族院の調査だと? 令状はあるのか。何を根拠に我が家へ踏み込むつもりだ」
「令状ならここに。根拠については先ほどお伝えした通り。本日十七時五十二分、ベルナール子爵家のメイド、ハンナ・グレイが王宮の正門に不法侵入。その際、魔法の痕跡が発見されました」
アロンツォが令状を手に子爵に一歩迫ると、子爵も一歩後ずさった。その両脇を近衛兵が確保する。
「勝手に入るのは許可しない。おい、警察庁の長官を呼んでくれ。捜査は警察に依頼する」
「魔法に関する捜査は貴族院の仕事です。警察庁は管轄ではありません」
「王宮に入り込んだのは娘のメイドだ。魔法の痕跡だと? 俺の預かり知らぬところで起きた件だ。この家には関係ないだろう」
「そんな言い訳が通用するとでも? まあいいでしょう。では、ご令嬢はどちらに? 魔法の使用は大罪です。お若い令嬢であっても、それは変わりません」
子爵が黙ったのを肯定と受け取り、グレゴリオが兵に手で合図した。兵士たちが邸の中へ乗り込んでいく。
「ま、待て! 魔法など知らんと言っているだろう……!」
「今回観測された魔法が、どんな魔法だったかはご存知ですか?」
叫んだ子爵の前で、愛らしい声がした。この男だらけの現場に似つかわしくない、少女の声だった。
子爵はこの声を知っていた。
「ごきけんよう、ベルナール子爵」
そこにいたのは、第三王女だった。




