第23話 足りない証拠
馬車が走り出した。ジュイエはカーテンの閉め切られた箱の中で大きくため息をついた。
――カエリアンと子爵の関係。新たな神殿の計画。
今日の収穫はそれだけだった。子爵の狙いも、家庭内暴力の片鱗も掴めていない。
今、ジュイエにできることはここまでだった。
*
夜。
ジュイエは湯浴みを済ませて一人で着替えをしようと、届いたばかりの箱を開けた。
ルクレツィアからの成人祝いとして届いたのは、寝間着とドレスの二箱であった。寝間着の箱を開けると、シルクで編まれた純白の、繊細なレース飾りが美しい寝間着が入っていた。光沢があり、肌触りが最高だった。
寝間着をこだわろう、という意識がなかったジュイエは、こんなに贅沢な寝間着がこの世にあることを初めて知った。もちろん、これまでだってデザイナーが作ったものを着ていたけれど。
表面を撫でて手触りを楽しんでから、そっと寝間着を持ち上げた。
「……ん?」
透けている。部屋の向こう側が見事に、貫通しているのだ。胸元から足元まで、すべて。
「……んっ?」
ジュイエは寝間着(?)をベッドに置いた。ドレスの上に重ねる何かだろうか。おっしゃれ〜。箱の中を覗くが、ジュイエが探している透けないドレスなど、入っていない。
……寝間着じゃなかったのか。
そこまで考えていると、ドアがノックされた。
「姫さま、お着替えはお済みですか」
ダニエルの声だった。ダニエルはいつも通りそのままドアを開けようとした。
「だっ!! だめ!!!」
「……すみません、まだでしたか」
ジュイエの叫びにダニエルはすぐに開けかけた扉を止めた。ジュイエは扉に駆け寄った。扉越しにダニエルに声を掛ける。
「メイドに、いつもの寝間着を持ってくるように伝えて」
「……ルクレツィアさまのプレゼントはお気に召しませんでしたか」
「ううん、違うの。寝間着だと思ってたんだけど、なんだか違ったみたい。薄いシルクのレースのカーテンか何かだったの」
「……カーテン……」
「うん。向こうが透けてて、着るものじゃないみたい」
「……すぐに持って来させます」
ダニエルの足音が去ったのをドア越しに聞いて、ジュイエは改めてベッドの上のそれを持ち上げた。形は、胸元が大きく空いてはいるが、寝間着だ。
ジュイエは大きくため息をついた。
「……嵌めたわね、ルー姉さま」
いや、ルクレツィアにはジュイエを嵌めようなんて思惑は一切ないのかもしれない。おそらく彼女自身は当たり前に着ているのだろう。
ジュイエはバスローブの前をはだけて自分の身体を見下ろした。華奢な身体を脳内でルクレツィアと比較して憮然とした。
いや、比較対象がすごいだけ。ジュイエだって、そこまで貧相な身体はしていない。はず。たぶん。
ジュイエは箱にそれを仕舞って、メイドにクローゼットの奥に隠してもらおうと心に決めたのだった。
*
いつもの寝間着に着替えたあと、ジュイエはダニエルを寝室に招いた。
年頃の女性の寝室に騎士が出入りするのは、本来ならあり得ないことだ。けれど、専属のメイドもいなかった幼いジュイエの身の回りの世話をダニエルが最初に始めたから、誰も何も言えないまま、ここまで来てしまった。
今、この宮で働いている使用人は、ダニエルがすべて整えたものだった。
「鴉から今日の報告がきています」
ダニエルがメモをジュイエに渡し、ハーブティーを注ぐ。ジュイエはハーブティーが少し苦手だ。
でも、口に出したことはない。好き嫌いを言うのは贅沢なことだと知っているから。
「……進展はなし、か」
「子爵は慎重に事を進めてきたのでしょう。すぐに成果は出ません。しばらくはアロンツォたちの調査結果を待ちましょう」
「そうね。焦っても仕方ない」
受け取ったカップを少し眺めて、ジュイエはまたため息をつく。
「子爵からは新しい情報をほとんど得られなかった。少女たちが誘拐された事件のことを話題に出してみたけど、まったく動揺しなかった」
「自信があるのでしょう。ルチアーノ・コルヴィとの繋がりに関する捜査も、あの後は近衛ではなく警察権限になりました。もちろん、そちらへ権限が渡れば子爵との繋がりは偶然である、という結論になりましたし」
「子爵と警察庁長官は同時に叩かないといけないわね」
ダニエルが頷く。
「そこまでやるには元老院に動いてもらう必要があります。ですが、元老院を動かすための材料がまだありません」
それはジュイエも考えていたことだった。子爵が尻尾を掴ませないように慎重に動いているなら、ジュイエの方から何か仕掛けられないか……。
ヴィオレッタの結婚までに、決定的な証拠を掴まなければ。




