第21話 大神殿の密談
応接間に入りソファを勧められると、ジュイエはダニエルを促した。ダニエルはテーブルの上に重量のある革の鞄を置く。
「これが今回の寄付分です。事前に提出いただいた使途計画表に沿って私が賛同したものに予算をつけています。使途明細は追って報告ください」
「いつもありがとうございます」
「それから、本格的に冬が来る前にチャリティイベントを開きましょう。場所の選定は可能ですか?」
「もちろん、お任せください。どのようなイベントをお考えで?」
ジュイエは革の鞄を開けて、中から丸めた羊皮紙を取り出した。
「バザーにしようかと。不要品を集めて近隣の市民に安価に提供するのです。不要品は貴族だけでなく中産階級の人々からも広く募りましょう。収益は冬支度に使えますし、そこで炊き出しもできるといいですね」
「であれば、ある程度広い土地が必要ですね。もしくは公園などで開催できるか、警察庁か王都庁の市民課に掛け合いましょう」
枢機卿は早速控えていた司祭の一人にメモを取らせ、簡単な計画を練っていく。
「バザーのノウハウは神殿側にありますので、そこはお任せを。場所と日時が決定したらお知らせいたします。あとは神殿の運営する学術機関の学生たちにも奉仕活動として参加を要請しておいてくれ」
ジョヴァーネ枢機卿はかなり実務主義だ。権力欲はあるが、ただ力を欲するだけの人ではない。そこがジュイエも気に入っている。
簡単に話をまとめたところで、ジュイエはやっと出されたお茶に手をつけた。
「ところで……。先日、昨年の寄付額ランキングを拝見しました」
「ああ! さすが王女殿下。ここ数年は、陛下と殿下がトップツーに君臨されることが当たり前になってきましたな」
「王族として当然のことをしているまでです。そういえば、三位は見慣れないお名前でしたね。たしか……ベルナール子爵、でしたっけ」
ちらりとジュイエが枢機卿を見る。枢機卿は頷いた。
「ええ、そのようで。私も急にトップスリーに子爵が躍り出たものですから、驚いております。カエリアンは主に祭祀を取り仕切る方を優先して寄付金集めにはあまり積極的でなかったものですから、子爵から巨額の寄付を受けたと聞いた時にはいささか天地がひっくり返るかと」
「……大司祭が、子爵から寄付を受けたのですか?」
「ええ」
「巨額の寄付金ですもの。何か大きな事業でもお考えなのでしょうか?」
「ええ。カエリアンは新たな神殿の建設を計画したいのだとか」
「……新たな神殿を」
「近いうち、計画書が上申されるかと思いますよ」
ジュイエはそうですか、と穏やかに頷いてから立ち上がった。
「それでは、今日はここで。あ、見送りは結構です。また日を改めて来ますわ」
「エッ? あ、いいえ殿下、そんなわけには。門までお見送りを」
慌てて立ち上がった枢機卿をジュイエは片手で制した。そして、声を落として少し上目遣いをした。
「美しい神殿を少し散歩したいのです。枢機卿のお時間を取らせるわけにはまいりません。気の済むまで見学しましたら失礼しますわ」
「……そうでしたか。でしたら、心ゆくまでご見学ください」
枢機卿はちらりとダニエルを見て、ジュイエに頷いた。皆まで言わなくてもわかっていますよ、とでも言いたげな視線に、ダニエルは無表情を貫いた。
*
「こちらです」
ジュイエとダニエルが回廊に出ると、カエリアンにつけた鴉が中庭に現れた。
鴉について二人は回廊を進む。
「子爵が大司祭と会談しています」
「予定通りね」
この日、神殿にベルナール子爵が現れることは鴉に調べをつけさせていた。
「ただ、会談している部屋が広く、会話までは聞き取れません」
「……じゃあ、偶然を装って出てきた子爵と鉢合わせるわ」
回廊から中庭を横切り、中庭に面した建物を壁伝いに通ると鴉はひとつの窓の前で止まった。窓はジュイエの頭の上の高さに設けられている。
耳を澄ませてみるが、鴉の言った通り、やはり建物の中の話し声は聞き取れない。
「入り口はこちらです」
さらに建物の外壁に沿って進むと、回廊に復帰できるようになっている。回廊に戻り、先ほどの建物の方へ進むと部屋の入り口があった。
「私が中を見張っていますので、お二人は中庭で待機を。子爵が部屋を出ようとしたら合図します。回廊に出ていただけましたら、あちらから子爵が出てくると考えられますので」
鴉が姿を消すと、ジュイエはダニエルと共に中庭に出た。まるで本当に散策をしているかの如く、のどかな小鳥の囀りに耳を傾ける。
冬が始まる前の気持ちのいい陽気だったが、ジュイエはやはり先ほどの枢機卿からの情報に気を取られていた。
「新しい神殿……ね。でも、たった一人の寄付で神殿を建てられるわけないから、ここからさらに寄付金集めが必要になるでしょうね。今日はその相談かしら。でも、新しい神殿を建てたいだなんて、大司祭にしては大それた野望のような気もする……ね、ダニエル?」
すぐ隣にいるダニエルを降り仰ぐと、ダニエルはジュイエにだけわかる程度に、不機嫌を纏っていた。
「さあ。俺にはわかりません。まだ経験の浅い青二才ですから」
「…………」
たまに。ときたま。ダニエルはこうやってジュイエの気が付かないうちに感情を吐露することがあった。
「……そんなこと言ってないけど」
「姫さまが若さより経験を重視しているのは腑に落ちました。成人の儀のとき、やけに口数が少ないと思っていたら、まさか大司祭の目を気にしていたとは」
「誤解だって。あれは別に」
「先ほども大司祭に見惚れていたじゃないですか」
「あのね、別にそんなんじゃ」
「俺はまだまだだ、と」
たしかにそれは言ったけれども。
それは方便ではないか。ジュイエが本心からそう言ったわけではない。
ジュイエはダニエルの顔を見上げた。ティレニアの海のようなブルーの瞳が拗ねている。
「……ごめん。怒らないで。本心じゃないの」
「わかってます」
「私が一番頼りにしてるのはダニエルだって、知ってるでしょ」
ジュイエが手を伸ばして指先でダニエルの頬に触れてみると、ダニエルは瞼を閉じた。指先で頬を辿ると昔を思い出す。
出会った頃、ダニエルがよくこうしてジュイエの頬を撫でてくれたことを。
「……許してくれる?」
「あなたに俺の許しは必要ないはずです」
ダニエルは目をあけて、ジュイエを見つめ返した。
そのとき。
「姫さま、ベルティーニ卿」
鴉が二人を呼んだ。




