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第三王女は見過ごさない  作者: 若草 玻璃
エピソード2

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第20話 大神殿にて

「つまり……子爵は聖女を探していたということ?」


 ジュイエの疑問にアロンツォは少し焦ったように否定する。


「いえ、そこまでは言い切れませんが……。ただ、子爵は近頃、星のあざを持つ少女の他にもうひとつ、探し物をしているようで。貴族御用達から下町まで、子爵の使いが古物商を聞き回っています」

「探しもの?」

「夫人の家に代々伝わる古文書が、数十年前に何者かに盗まれています。何度か古物商でそれと思われるものが売買されていたようですが、今現在は所在不明とのこと。おそらく子爵が探しているのは、その古文書でしょう」


 星のあざを持つ少女と、聖女を輩出した家門に伝わる古文書。

 いよいよオカルトチックになってきた。聖女ですって?


「子爵について調べがついてるのはここまでです」

「うーん……。これだけじゃなんとも言えないわね」


 ジュイエはまたティーカップを持ち上げて一口すすった。

 市井の噂も貴族社会の内情も、アロンツォの調査で事足りる。けれど、彼が手を出せないのは……。

 

「アロンツォはカンタスと一緒に、夫人の両親の事故の再調査と古文書の行方を追って。私はとりあえず……大神殿へ行くわ」


 *


 ジュイエを乗せた馬車が大神殿に到着した。馬車にぴたりと寄り添いながら騎乗して並走してきたダニエルが馬車の扉を開けると、ジュイエの前には緋色の絨毯とその左右にずらりと並んだ司祭たちが見えた。

 ジュイエが馬車を降りると先頭にはジョヴァーネ枢機卿が待っていた。


「第三王女殿下。お待ちしておりました」

「ジョヴァーネ枢機卿。出迎えありがとう」

「先日の謁見から早速の来訪、感謝いたします。まずは聖堂にて、神の祝福をお受けください」


 枢機卿について大神殿の門をくぐる。

 大神殿は東西南北に細い回廊があり、門を一歩入ればその中央に楽園のような中庭が作られている。

 女神や天使の彫像が並び、鳥の声が朗らかに聞こえてきた。午前中の柔らかい光の中、やはり大神殿はどこか神聖さを感じる。


 東の回廊を進み、枢機卿はジュイエを中聖堂へと案内した。

 先日の成人の儀に使用された大聖堂より小規模な聖堂ではあるが、それでも果てなく高い天井と壁の三方に施された重厚なフレスコ画は贅を尽くして作られている。

 教会とは、王宮以上に権威主義なのである。


 中央通路を通り、女神の像の前に立つ。像の両側には縦に細長い窓が設けられ、暗い聖堂の中で女神だけが明るく照らされていた。


 ジュイエが女神の足元に膝をつくと、枢機卿が厳かにジュイエの頭上に手を掲げる。


「この者に神の加護をお与えください。いかなるときも神の御名のもとに健やかな光があらんことを」


 ……不思議なものだ。こうしていると、本当に神の祝福を受けたような心地がする。枢機卿も、この教会に仕える人々も、一歩外に出ればただの人間であるというのに、なぜここにいるだけで敬虔な気持ちになるのか。

 ジュイエはこの大神殿が好きだった。


 中聖堂を出ると、次は主にジョヴァーネ枢機卿が使っている応接間に案内された。

 北に向かって建物は複雑になっていく。迷わないように枢機卿にくっついて歩いていくと、反対の回廊を歩いていく人影が見えた。

  

 あれは……大司祭カエリアン・アルベリク。


「今日は、カエリアン大司祭は来客ですか」

「え? ああ……」


 唐突なジュイエの質問に、枢機卿はジュイエの視線の先を見た。

 カエリアン・アルベリク。大神殿の大司祭は正式な式典を取り仕切る役目を持つ。

 ジョヴァーネ枢機卿と同じクラスの高位聖職者であるが、三十八という若さであった。広い肩幅と高い背、それに未だ保たれた美しい容貌で熱心な女性ファンがついている。


「ご挨拶もせずに申し訳ありません。本日は何組かの寄付と相談があるようでして」

「構いません。姿が見えたものですから」

「ああ……王女殿下も、彼のファンでしたか」


 ジュイエは何気ない枢機卿の言葉に、目にグッと力を入れた。


「……誰が、誰のファンですって?」


 心外である。いくら外見がよくても、よく知らない相手のファンになどいちいちなりはしない。ファンになられることはあっても。

 こちとら一国の王女であるぞ。


「……あ、ち、違いましたか。これは失礼」

「滅多なことはおっしゃらない方が身のためですよ、ジョヴァーネ



 枢機卿。寄付先はいくらでもあるのですから」

「いや、申し訳ございません。なにせ市民だけでなく、貴族のご令嬢方もこぞってカエリアンに会いにくるものでして……。年頃の女性であれば皆、お好きであるかと」

「まあ、美しいお顔だけでなく、歳を重ねた落ち着きもあって魅力的な方ですものね」

「やはり殿下もお分かりですか。いやはや、美しいものは魔力をもっておりますな。ベルティーニ卿ももちろんそうですが」


 汗を拭き拭き、枢機卿はペラペラと言葉を重ねて話をずらそうとしている。

 カエリアンの美しさはたしかに桁外れであった。灰金の髪と灰色の瞳。シミひとつない肌。儚げで常に真顔。そして、何よりも黙っているのに漏れ出る大人の色気。

 彼の前ではジュイエも圧倒され、つい口を開くのを躊躇ってしまうほどに。


「ふふ、ダニエルなんてまだまだです。男性はやはり経験がものを言いますわ。美貌よりも。そうは思いませんか、ジョヴァーネ枢機卿。枢機卿のご経験の方がきっと私の役に立つことでしょう。さ、参りましょ」

 

 変なところで立ち止まってしまったので、ジュイエは枢機卿を促す。

 枢機卿が前を向いた瞬間、回廊の外にこそりと控えていた鴉にカエリアンの後を追うよう身振りで指示を出してから、ジュイエは枢機卿のあとを追った。

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