第19話 星のあざの血筋
その晩。茶会を終えたジュイエはアロンツォを呼び出し情報を整理させていた。
部屋着用のドレスに着替えソファに座ると、茶会ではほとんど喉に通らなかった軽食を口に運ぶ。先ほどのヴィオレッタを思い出しながら。
わたくしが公爵家の人間になったら――父を殺します。
ヴィオレッタは物騒な物言いのあとに、態度を和らげた。
「先日、公爵邸に訪問したとき、公爵夫人が母の傷に気が付かれたのですね」
「……公爵は私の叔父ですから。あなた方のことをとても心配されていました」
「レオナルドさまは、流されやすく、自分に都合のいいことしか耳に入れないだけで、性根から悪い人ではありません。公爵夫妻とお話しして、そう思いました。でも、助けてほしいなんて思ってはいません。これはわたくしの問題です」
「助けになれませんか? 放ってはおけません」
ヴィオレッタは首を横に振った。
「殿下にお話ししたのも、助力を願いたいわけではないのです。わたくしにはなんの力もありませんが、これだけは、わたくしがしなければならないことなのだと思います。でも、誰かに聞いてほしかったのですわ、決意を」
「もし本当にあなたが子爵を害したとき、私があなたを犯人だと証言するとは思いませんか?」
「こんな貴族の端くれの家庭事情に、殿下ほどの方が関わることはありません。それに、もしそうなったとしても、それでいいのです。……レオナルドさまに婚約を破棄されそうになったとき、殿下が助けてくださったでしょう。とても、嬉しかったのです。殿下になら、わたくしの罪を断罪されても構いません」
そこまで思い詰めていたヴィオレッタに、ジュイエは簡単な慰めは言えなかった。けれど、何か、引き留めなければ。それが人の良心である。
「……他の方法を、考えませんか。きっと他にやり方があります」
ヴィオレッタはまた、緩く首を振る。そのたびに、束ねられた銀の髪のおくれ毛がふわふわと揺れた。妖精の粉がふりまかれているように、少し傾いてきた日差しにきらきらと反射する。
「殿下。二週間後に、結婚式を挙げます。次にお会いするときは、ぜひ親族として仲良くしてくださいませ」
そう言って、ヴィオレッタはジュイエに礼をして去っていった。
「思っていたよりずっと冷静で、肝の座ったレディだったわ」
ジュイエはイチジクのタルトを口にしながらヴィオレッタが話した内容をアロンツォに打ち明けた。それはなかなかに衝撃的なものであった。
「ベルナール子爵は家の中ではかなり好き勝手やっているようよ。子爵が持っていた鉱山も元々は子爵夫人の実家が持っていたものだった。夫人との結婚の持参金として子爵家に譲渡されたものだけれど、そこから得られる莫大な収益がどこに消えているのかは謎。夫人の両親が亡くなってからは、夫人はほとんど屋敷に幽閉されていて、子爵からの暴力も絶えない。そもそも夫人の両親の死因も急な馬車の事故によるもので、本当にただの事故だったのかはかなり怪しい。夫人には兄弟がおらず、資産はそのまま子爵が引き継ぐことになった。ヴィオレッタ嬢も暴力の対象ではあったものの、レオナルドとの婚約により傷がつけられなくなったために軽減している」
ジュイエの説明に、アロンツォは呆れたように口を開けて、息を吐き出した。
「これだけのことを、ヴィオレッタ嬢はよくお話になりましたね。しかも、殿下に」
「本当よね」
ジュイエは目の前のタルトの残りを口に入れてお茶をぐいっと飲み干した。ダニエルが何か言いたげに、けれど何も言わずにお替わりを入れる。
「……ヴィオレッタ嬢がことを起こす前に、子爵を引っ張らないといけないわ」
「ヴィオレッタ嬢に恨まれるんじゃないですか」
アロンツォが不穏なことを言う。
……たしかに、怨恨なら自分の手でことを成し遂げたいと思うだろうし、その前にジュイエが動いてしまえばその矛先はこちらに向くのかもしれない。けれど。
「そんなこと言ってる場合? それでなくても、ヴィオレッタ嬢が思ってるより子爵はまずいことをしている。簡単に殺されたらこっちが困るのよ」
「それもそうですが」
アロンツォは手帳を取り出した。
先日の事件のあと、ベルナール子爵の周辺を探ってもらっている。
「家庭内のことは置いておいて。まあ社交界ではヴィオレッタ嬢の婚約で一目置かれるようになっていますね。交友関係もかなり多岐に渡っていますが……特徴的なのがふたつ。まずは警察組織長官セルジオ・カヴァッリ。彼は前子爵、つまり子爵のお父上の支援を受けて大学に進学。その繋がりで警察を押さえていたのでしょうね。もうひとつは、大司祭カエリアン・ルシウス・アルベリク。子爵の昨年の教会への寄付額は、陛下、王女さまに続いてなんと第三位。さきほどおっしゃった鉱山収益はほとんどここに流れていると考えて間違いないでしょう」
「そんなに?!」
「とはいえ、一昨年はランキング下位。カエリアン大司祭とお近づきになって寄付を増額したのか、寄付を増額したから大司祭と親密になったのかは不明です」
ジュイエが顎に指を当てた。
「それともうひとつ気になることがありまして。王女さまがおっしゃった鉱山が元は夫人の実家の持ち物だった、ということは俺の方でも掴んでいまして。で、ちょっと夫人の家系を調べてみたんです。そうしたら、出ました。《星のあざ》」
「分かったの?」
「夫人の実家は、数代前に聖女を出しています。その聖女の額にあったのが、星のあざでした」
「つまり……子爵は聖女を探していたということ?」




